動き始める歯車と、もうひとつの歯車と。
お待たせ致しましたヽ(´o`;
続編をお届けします。
*
私、生前も死後も含めたこれまでの生涯でこんなに見詰められた経験はありません。
それが例え一欠けらも恋愛に纏わる色を含むもので無いことを知っていても。
なんでしょう、何処かむず痒いこの気持ちは。
死んで尚もむず痒いという感覚が失われていない事に驚く所なのでしょうか……?
**
熱視線とは意味合いのずれた、その視線に晒されながらも状況は忘れていません。
周囲を勢ぞろいした家族に囲まれて、その輪の中にいる宰相様の顔色が中々戻らない現状で。
同情しか覚えないその光景に、思わずペンを手にしていた私。
家族の目には、ひとりでに立ったペンが文字を綴るという不可思議事象として映るであろうこれも、どうやら宰相様の目にはただ私がペンを使って文字を書いているという極自然な光景に変換されている様なんですね。
今も、その目はじっとこちらへ向けられたままですが。
「あ、ねえさま今はそこにいるんだね」
「カタリナ、ペンにじゃれちゃ駄目だよ」
「そうだよ、今の姉さまは非力なんだから。今の姉さまはね」
こら、双子二人。そこはあえて強調する必要はないでしょう?
ロイズには教育的指導の意味合いも込めて、デコピンを贈ります。
「痛っ、地味な痛さだ……」
そんな声を背景に、何とか書き終えた文面。
覗きこんだ兄が苦笑する一方で、姉が再び涙目になっているのが気になる私。
……姉さま? 私の筆致を見るたび涙ぐむ涙腺を、貴女の妹は内心はハラハラしながら見ています。
再び紙が姉の涙でしわしわになる前に、そっと位置をずらす私。
愛すべき私の家族たちへ。
初めに約束して下さい。
強制は駄目です。
協力を仰ぐのは良いのですが、協力を取り付ける手段が強制と判断できるものに関しては徹底して妨害に回る点には留意しておいて下さい。
「分かっているよ、メリア。本来は脅してでも協力を取り付ける貴族的手腕も、君は生前からとりわけ嫌っていたしねぇ。君が天に昇る前でなかったら使っていただろうけれど。君が僕らをこうして見ていてくれる間は使わないと約束する」
兄の言葉に、ほっとする私。
兄が貴族的手腕とされている話術にとりわけ長けているだけに、正直なところ不安はあったのです。
本来であれば躊躇い無く使ったであろうそれを、私の為に収めてくれる兄。
言葉にした事は守ってくれる兄であるからこそ、その言葉がもらえた今は安心して任せる事が出来るのです。
……それはそうと、やはりペンで文字を綴る作業は今の私には重労働。
兄の言葉に安堵したのも手伝って、思わず床にへたり込んでしまった私の元へ駆け寄って来る足音が一つ。
「……どうした、メリア嬢? 体調が悪いのか……?」
勿論これは、宰相様です。
今の私の状態を見ただけで把握できる人は、この場では唯一この方だけですから。
「大丈夫です、というより……ふと気になったのですが、死んでもなお疲れを覚えるって矛盾してますわね。どういう仕組みなんでしょう……?」
「いや、それを私に聞かれても………」
尤もな宰相様の返答に、それもそうだと頷く私。
これを堂々巡りというのでしょうか?
「君は、指先だけを実体化している状態だというのは見聞きして理解した。……ペンに触れて、文字を書くというのはそんなに消耗するものなのか?」
「ええ、どうやら突発的な馬鹿力は例外的な括りにあたる様です。ただ、その反動は翌日まで持ち越される事も含めると。……今の私はかなり非力です。ペンより重いものは普段は持ち上げるのもやっとな位ですから。数日間で色々と試してみましたの」
「因みにどんな物を持ち上げてみたんだ……?」
「そうですね…。たとえば、初日は自分の遺体を持ち上げてみようとしました。全然歯が立たなかったので今も複雑な思いです。……私、そんなに重かったんでしょうか?」
「………それは答えようがないが、私はまず君が自分の遺体を選んだことに驚きを隠せないな。もっと他に持ち上げてみようと思えるものは無かったのか?」
「……そう言えば、衛兵の一人に髪の違和感を覚えて……」
「いや、いい。聞いた私が悪かった。止めてあげてくれ。とにかく実名は出すな」
「……分かりましたわ」
実名は出すな、の件に周囲で見守っていた家族が首を傾げているのが見える。
それもその筈。
宰相様以外には、私の受け答えの内容は伝わらないから。
本心を言えば、伝えたい。
筆談では伝わらない部分も、伝えられたなら。
……きっと今よりもずっと家族に歯痒い思いをさせずに済む。
「……思ったんだが、私が君と家族の通訳になれば君ももっと多くを家族に伝えられるのではないだろうか?」
そんな思いを、まるでそのまま汲み取った様な宰相様の発言に私が目を丸くしたのは無理も無い話で。
その宰相様からの提案に、私が返事をするよりも早く。
「それは良い案だ。だが、メリアの筆致を見れなくなるのは寂しくなるな……だが、それが無理をしてまで書かれたものなのだとしたら、それを望むのは間違いなのだろう」
父さまの声に、滲み出る思いを感じ取った時に指先は自然とペンを走らせていました。
ふらつく体を内心で叱咤して、私自身の思いの丈をそこに込めます。
親愛なる父さま。
確かに私は生前に比べ、たった数行の文字を綴る事すら大変なのは事実です。
けれども、その数行が生と死の垣根をほんの僅かでも忘れさせてくれる。
その為に、代償が必要だというのなら私はそれを辛いとは思いません。
愛する家族を前にして、何も伝えられずに後悔をするほうがずっと辛いと思うからです。
「……メリア、私の愛する娘。お前の気持ちはこうしている今も、確実に伝わっているよ。君の様な娘を持てた事を私は誇りに思う。……状況はこうしている今も良い方へ変わっている。だからこそ、それが自ずから提言した通訳案には乗ってみるべきだろう。今後の計画を詰めていく為にも、それの協力は不可欠になる。意見のすり合わせの面でも早い段階から意思の疎通を図ることは大きな意味を持ってくる筈だ」
「……オーディス伯? 仮にも国の宰相にそれ呼びは勘弁してほしいのだが……。いや、いい。私が悪かった。そんな空気読めよお前的な視線を寄越すな。…察したから」
疲れ切った様子の宰相様へ、同情を隠せない私です。
「とーさま、カッコいい?」
「うん、いつもに比べたら二割増しくらいかな」
「……どうせならもっと盛ってあげれば良いのに」
カタリナと双子たちの茶々が入ったのは、さて置き。
宰相様が、通訳として仲立ちする案はこうして無事に採用されました。
これが意味するのは、後に私たちオーディス家が計画する後宮大掃除とそれに纏わる顛末。
これに宰相様が本格的に巻き込まれていく切っ掛けになったということです。
「そうそう、メリア? 母からも良い知らせを持って来ましたよ。リーベンブルグ家は全面的な協力を約束しました。貴女の死を知ったあの人の表情と言ったら、まあ……あの家に生まれてこの方、初めて私があの人の血を引いているのだと実感した瞬間でした。マイナスだった評価も今となっては大分回復しましたよ。リーベンブルグ侯爵家の眠れる獅子を起した以上、もはや後には引けないことをあなたも覚悟して臨むのですよ?」
………眠れる獅子って。
自分の父親をそう称する母の感性には、脱帽します。
それにしても、母がマイナス評価を改めるほどの表情とはいったいどのようなものだったのでしょう……?
寧ろ、そちらが気になる私です。
「母さまの今の知らせは考え得る限り、最善の流れで来ているように聞こえます。ただ、これから先の計画について後宮内で詰めていくのは無理がありますわね?」
母の知らせを受けて口火を切った姉。
初めに頷いたのは兄でした。
「エレナの言うとおりだ。これ以上、後宮内で計画を話し合うのは危過ぎる。ただ、問題は僕らが今後何処に拠点を置いて話し合うかという事だよ。このまま領地に戻る事は問題外。けれどもあの畜生共は僕らがメリアの遺体と共に領地へ戻るまでは、警戒の目を緩めないだろう。出来る事なら、偽の情報を流して油断を誘いたいところだけれど。……後宮の情報網を誤魔化すのは並大抵のことじゃないだろうね。ああ、何処かに良い案は転がっていないものだろうか……?」
遂に兄までが畜生呼びに固定化した現在に、軽い眩暈を覚えておりますの。
更に兄が言葉の終わりに向けた視線は、もの凄く分かりやすい意図をもって向けられていました。
それは当人である宰相様が、苦笑するほどにあからさまなものです。
「相変わらずだな、ディル次期伯? ………いいだろう、そちらは私が対処する。ただし、いくら私でも君たち全員の隠匿は不可能だ。分かったら現実的な案を出せ、オーディス伯」
さすが宰相様です。
さらりと対処すると言い切りましたけれど、これを実際に実現できる人はおそらくこの城内でも宰相様と陛下を含めた数名に限られるでしょう。
それほどに、後宮の情報網は広範囲に渡って根深く張り巡らされているのです。
「ふ、相変わらずはお前もだろう。ギルバート・フレイメア宰相殿? 貴方に提言しよう。今後は計画の最終日までオーディス家は人員を分けて行動する。私と妻は、妻の生家であるリーベンブルグ家へ身を潜め、リーベンブルグ候と共に計画を纏めよう。長女のエレナには双子と末娘と共に王都を出て、領地への帰路の半ばまで目晦ましを。長男のディルと次男のミスティ、お前たちにはあの畜生共の生家、エルトリア侯爵家に纏わる情報を洗いざらい拾い出してきて貰いたい。
………けして安全は保証しきれない道のりになるだろう。それでも行ってくれるか?」
父の提言に、思わずペンを握ろうとした私。
けれども、いつの間にか近くに来ていた宰相様に視線だけで静かに諭されます。
その真剣な眼差しに、いつの間にか手を止めて視線を戻します。
父が、母が、兄が、姉が、弟が、双子たちが、そして末のカタリナさえ。
その目には欠片の迷いも、悲観も無く。
兄に至っては微笑みさえ浮かべて。
領主たる父の言葉に喜んで、と全員が声を揃えたのでした。
そんな家族たちの決意を前にして、それを止める術など無い事を知った私。
ここに来て、とうとう腹を括りました。
想像してみましたの。
もし、生前の私が同じ立場に立たされたとしたら。
きっと同じ表情を浮かべて行動していたであろうことが容易に思い浮かんだからです。
だからもう、後は最後まで共に歩むだけです。
死者である私が、この先いつ消えるとも知れなくとも。
それでも叶うなら、家族がその悲願を果たすその瞬間までを共に。
叶うなら、この目で見届けたいと思うのです。
殺されて四日目の夕刻。
夕明りに包まれながら、其々に旅立つ家族を見送った私。
その傍らには宰相様。
共に見送ってくれた後、周囲には聞こえない声量で宰相様は私に告げました。
「メリア・オーディス、改めて君に誓う。君の無念を晴らす為、私は成し得る限りの協力を約束しよう。……そして後宮の闇を白日の下に晒す、その道筋を君の家族と共に歩こう」
それはとても真摯で、まるで告白の様な誠実さを伴った誓いでした。
生前の私なら、愚かにも旨い話には裏がある的に思考を斜め上に展開させていたことでしょう。
けれども、今は違います。
素直に受け入れる事が出来るのです。
死後であるからこそ、目を曇らせることなく在るがままを見詰める事。
生前では恐ろしくて踏み出せないことも、生の境界をとうに過ぎた私の足枷にはなりません。
俯瞰で私自身を見詰めたあの瞬間から私は少しずつ、けれども確実に変わって来ているのです。
だから今までの、生前抱いていた知人への印象も変わって見えるようになったのでしょうね…。
「……宰相様、私は生前貴方の事をとても冷静で、若干冷血寄りで、他者に特別な興味のない方だと漠然と思っていたのですけれど……私、大きな思い違いをしていました」
「………君があのオーディス伯の娘だと今の発言で改めて確認できた気がする………」
「宰相様? 貴方はとても優しい方です。誠実で、素敵な方ですわ。……生前に気付けなかった自分の愚かさに今は溜息が出るばかりですが、例え死後であっても気付けただけ私の判断力も馬鹿にならないという風に考えていいと思われますか……?」
「……ふ、それを寄りにも依って当事者に振るのか君は?」
「ええ、寄りにも依って当人に振るのです。今の私には、宰相様以外にこうしてお話しできる方がいないのですから。 やはりご迷惑ですわね?」
「君は見た目以外は、オーディス伯と似通った部分が多いな。君の父上も、私と話す時にはそうして問い掛けに問い掛けで返してくるようなスタンスをとる事が多かった」
「……父と私が似ていますか? 初めて言われたのでピンとは来ないのですが……」
正直なところを返せば、まじまじと見られた。
宰相様にまじまじと見られる事に、だんだん慣れ始めました私。
人は大抵の事には慣れられるといいますが、死後もそれは例外ではないのですね。
また一つ、学びました。
***
私と宰相様が、旅立つ家族を見送っていた頃と時を同じくして。
回り始めたもう一つの歯車の存在を、この時はまだ知る由も無く。
安置所からは遠く離れたとある一室の扉の前。
一人の侍女がその双眸に怜悧な色を灯して立ったことを、この時点ではまだ誰一人気付いていない。
侍女の名はクリスタという。
三日前までは、故メリア・オーディス令嬢の侍女を勤めていた彼女である。
主を失って以来、彼女は一日たりともその決意を鈍らせることなく今日この日を迎えた。
クリスタは、これからその手を血に染める。
けして綺麗ではないこの両手。けれども血に染めた事は無いその手を。
双眸に決意を滲ませながらも、震えなど欠片も覚えない。
それに気付いたクリスタは、薄らとした苦笑をその口元に浮かべて。
そして振り返る。今に至る生涯を。
薄暗くて、どうしようもない自身の過去を。
彼女の主であるオーディス伯令嬢が察していたように、クリスタはこの後宮内で常日頃からかなりの量の情報を得ている。
彼女の主はとうとう知ることはなかったが、クリスタは嘗てとある侯爵家の落胤として生まれおちた経歴をもつ。
引き取られたのは愛ゆえなどという理由ではけして無く。
純然たる血筋を引く侯爵令嬢が後宮に上がったその暁に、陰ながらそれを支える為の手数として教育を施されたのである。
支える、と言えば良い意味合いとも取られかねないがその実は全く異なるもので。
侯爵令嬢自身を盛りたてるのではなく、周囲を貶め、秀でたものは排除していくあり方。
内心を吐露すれば、それこそ反吐が出る過去の所業。
しかし、そんな私もまた同類なのだ。
過ちだと知りながら、過去に何人もの令嬢を後宮から排除する計画に加担して来たのだから。
すでに引き返す事など出来ないほどに、クリスタの手は汚れてしまった。
自分では外す事の出来ない手枷に、本来の意思を押し殺して流れ着いた先。
もはや、自分一人の意思では後戻りのできない仄暗いその場所で。
クリスタは、諦めていた。
希望など、そこには欠片も残されてなどいなかった。
落胤として生まれおちた、これが自分の定めなのだとずっと長い間諦め続けてきた。
彼女は今、生まれて初めてその手枷を引き千切る事を選択しようとしている。
彼女がようやく出会えた主。
その主を殺した『元凶たち』への報復の為に。
メリア・オーディス伯爵令嬢。
彼女はクリスタがようやく見つけた希望だった。
彼女が少しでも心安らかであれと、唯一それだけを願い。
後宮で得る情報も、いつからか彼女の為に役立てる意味を持った。
クリスタは、彼女に救われたのだ。
当初は距離を置いていた。それはクリスタが今まで教育されていた事に忠実であったから。
それも次第に意味を失くしていった日々の中。
彼女はこちらが呆気にとられるほどに、良識的な令嬢だった。
後宮にいる令嬢に、まともなものはいないと冗談のように例えられることがある。
これは強ち間違いではない。
事実、半数以上は良識の欠け落ちたままに成長した少女たちだとクリスタは諦めと共に認めている。
例外中の例外。
そんな主は、自分の本心を笑って受け入れてくれた初めての人で。
優しくて、大らかな心根は真昼の温もりの様で。
いつからか、儚くも願うようになっていた。
彼女を守るその為にこの先の生涯を捧げたいと。
彼女と共に、生きたいと。
それが絶たれた瞬間を、彼女は今も鮮明に覚えている。
普段以上に殺伐とした背景で開かれた合同のお茶会。
他の令嬢たちが戻る時間になっても私室へ戻らぬ主に違和感を覚え、探しに出たその先で。
駆け回る衛兵たちの合間から見えた、布を被せられたその輪郭。
布の間から地面に零れ落ちていた、亜麻色の髪。
駆け寄った先で、衛兵に止められながらも伸ばした指先。
しかしそれは掠める事も無かった。
無残にも断たれた主の命を思い、クリスタは生涯で初めて慟哭した。
彼女の主を謀殺しながら、何事も無かったようにのさばる毒花。
その根を断つ為に、彼女は今ドアノブに手を掛ける。
躊躇い無く踏み込んだ先で、目を瞠るグレイス・エルトリアの姿と二人の侍女を視界に捉える。
とうとうこの時を迎えられた。
花開くように微笑し、彼女は目標へ向けて優雅に踏み出す。
彼女は事前に入念な調査を行い、あえてこの時間帯を選んだのだ。
衛兵の巡回から外れる、唯一のこの時を。
「………な、入室の問い掛けもせずに入って来るなんて、何を考えているの?!!」
クリスタは腹違いの妹へ対し、初めて素顔で向き合った。
ずっと長い間、彼女にとって特別な興味もあらゆる感情も伴わない対象であったそれが今は違う。
クリスタは明らかな殺意をもって、嘗ての主へ刃を向けて微笑んでみせる。
それは周囲を凍りつかせるほどの純粋な憎しみの目。
あまりに滑らかな所作は、一種の美しさを感じさせるほど。
それに恐怖を覚えた侯爵令嬢は、ひっと引き攣れるような声を出して思わず後方へ後ずさっていた。
これが後一瞬でも遅れていたら、今頃彼女は生きてはいなかっただろう。
銀の軌跡と、掠める様に飛ぶ血飛沫。
頬を浅く切られた侯爵令嬢は死の恐怖を目前にしながら、徐々に壁際まで追い詰められていく。
因みに部屋にいた二人の侍女たちはこの間に悲鳴を上げて部屋を飛び出している。
主の身を守ることなど二の次で、彼女たちは我が身可愛さに逃げ出したのである。
それを半ば呆れて見送ったクリスタ。
思わず、目の前の毒花へ哀れみの目を向ける。
「い、あ……あな、た自分が何をしているか分かっていて……?」
「それほど愚かではありません。分かっていますよ、自分がこれから取る行動の意味も、その結末も、私自身の両手が血に塗れることも、これが終わったら私は死ぬ事も。……ええ、覚悟の上です。当然でしょう?」
「馬鹿げているわ!!! 私は貴女に殺される理由など、何も無いのよ……?!!」
「それを本気で言っている貴女だからこそ、私自ら足を運んだんです。……ねえ、それを彼女にも言えますか? 貴女たちが差し向けた刺客に殺させた、メリア・オーディス伯爵令嬢に。貴女は彼女にも同じことを同じ口で言えますか……?」
まるで感情を失くした目。
その目に射すくめられ、問い詰められた事実に声を失くしたグレイス・エルトリア。
それに無慈悲な銀が振り落とされ、そして壁に真紅の花が散る。
その、確実であろう未来。
けれどもそれは、背後からの風と何者かの制止によって実現に至らなかった。
止めたのは他の誰でもない。
ただ唯一、クリスタがその主と認めた少女。
「諦めなさい、クリスタ・エルトリア。 その手が血に塗れる事を、他でもない貴女の主が許していない。……今触れているその指先が何よりの証しだ」
茫然と見開かれた二人の少女の視線の先で、そう言いながら入室して来たのはこの国の次席。
宰相 ギルバート・フレイメアその人であった。
ここまで読んで頂いた方々へ、改めて感謝申し上げます(*´ー`*)