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死から始まるエピローグ

ここまで読んで頂いた読者の方々へ。

この物語を捧げます。


 






 *





 蒼い月の昇る空を見上げながら、彼女は思う。

 後宮に炎が上がったあの日から、もう随分と長い歳月が経ったのだと。




「……ギル兄さま、ようやく姉さまと再会できたのでしょうね……」



 先程、前宰相 ギルバート・フレイメアの臨終に立ち会って来た際。

 病を経て死を迎えた事など、到底感じさせない穏やかな表情を目にした。

 それを思い出し、思わず呟いて出たものである。



 カタリナ・オーディス。

 オーディス家の三女にして、現宰相補佐を務める彼女。

 当時はオーディス家の末娘として知られていた彼女も、今年で二十九を数えようとしている。

 周囲が彼女をオーディス伯令嬢と呼ぶことはあまり無い。

 だから今、オーディス伯令嬢と呼ばれるのは彼女の下の世代に当たる。

 彼女の妹であるフィリアか、もしくはディル兄さまの娘たちということになるだろう。



 そう、随分と歳月は流れた。

 ふ、とカタリナは嘗て姉と約束した言葉を思い出す。

 そして彼女は、それを果たせているのだろうかと記憶を巡らせた。

 今夜は月も明るい。

 あの優しい風合いは、どこか姉に似ていると思う。





 メリア姉さまが後宮で殺され、舞い戻ってからのあの数日間。

 オーディス家において奇跡の日々として語られることとなったあの日々を。

 私は、今も鮮明に思い出せる。



 後宮に火の手が上がり、月の宮を含む全てが焼き払われた後。

 当時は幼かった自分が、その時に理解出来た情報は限られていた。

 数十年後に王宮で当時の資料を目にした時、彼女の記憶はようやく正確な状況を掴んだのである。



 姉さまが刺された直後、捕縛された王弟殿下。

 彼は、自らの手で姉さまを刺したことで精神を病みました。

 あれ以降、彼がまともに言葉を発することは最期まで無かった。

 思いだすに、愚かな人です。


 また、自ら後宮へ炎を放ったエルトリア侯爵令嬢は結局その遺体すら見つからず。

 ほぼ全焼となった後宮も、とうとう再興の目途も立たずに廃止されました。

 これには当時の王と宰相様のお二人が、密かに絡んでいたと思われます。


 かのエルトリア侯爵家はその名前すら、もはや残ってはいません。

 粛清され、製造拠点も徹底的に焼き払われました。

 後宮と同じ運命を辿ることになったのも、思えば皮肉な話です。



 そう、後一人残っていましたね。

 グレイス・エルトリア侯爵令嬢は存命しています。

 彼女は今、ある家の侍女として仕えているのです。

 彼女は家の終焉を聞き、一度は自死を図った。

 けれども、それを許さなかったとある侍女の手によって自身の罪を認めました。

 彼女は今、その嘗ての侍女の下で仕えているのです。

 彼女たちが元々は母違いの姉妹であることを知る者は、今や限られた数しかいません。



 取り敢えずは、そんなところでしょうか。

 ここから先は、我が家の変遷について語っていくこととしましょう。



 まずは私の父でもあるエルダー・オーディス辺境伯。

 父は暫くの間、再び殺された娘の最期に沈みがちになっていたことは否めません。

 これを助け、支えたのは他でもない母ミルドレッド・オーディスとその父グイード・リーベンブルグ侯爵の二人。

 叔父も時折戻っては、父を叱咤する姿が見えました。

 けれどもこの三人の中で、父を立ち直らせるきっかけを作ったのはやはり祖父リーベンブルグ候であったことは間違いありません。


 孫娘である、メリア姉さまとの約束を祖父はけして忘れることは無かったのです。


 時に殺気立ちながらも、徐々に立ち直った父。

 その後は、二度と父は倒れませんでした。

 死を迎えるその時まで、まさに不屈の精神で領地改革へ取り組み、オーディス伯爵領は周囲とは一画を引く存在となっていったのです。

 次代の領主となった長子のディル兄さまを、死の間際まで母と共に支え続けたその姿に家族だけではなく領民の多くが涙したと言われているほどです。


 その時期領主となったディル兄さまは、やはり父と同じく当初は底辺まで沈み切っていました。幾度も王宮の幽閉塔に収容された王弟の暗殺を謀りかけては、その都度エレナ姉さまに諌められておりました。

 そんな兄がある日を境に、領から姿を消した時。

 あの時は、とうとう死出の旅へ立ったかと家族は一度は諦めかけたものです。

 けれども、そこへ思いがけない人物が訪れてその心配は無いと断言したのでした。


 それが、『黒猫』と名を名乗る放浪の情報屋。

 つまり、私たちにとっては大伯母にあたるその方だったのです。



「見識を広げたいと言って、各領地の情報を洗い浚い買っていったよ。ふふ、あれもようやく己の矮小さを自覚したと見える。なあ、オーディス伯よ。そなた良い娘に限らず、良い息子たちを持ったな?」



 一晩酒を酌み交わした後は、再びどこかへと旅立って行かれました。

 改めて見ても、あの方は化け物級の童顔でした。

 あれ以来、その行方は知れません。

 今もその恐るべき若さを保ったまま、情報屋を続けているとするならば。

 世界というものは永遠に謎と言わざるを得ません。



 さて、大伯母様の宣言通り。

 それから数年後にディル兄さまはふらりと帰って来ました。

 どこか逞しさを備えた姿に、微妙に複雑な顔をして出迎えたミスティ兄さまの顔が今も忘れられません。


 以来、父さまの下で領地管理に携わることとなったディル兄さま。

 帰還して四年後には、隣の領から花嫁を迎えることになりました。

 父とは予てより懇意にしている、パクス領のフレデリカ・パクス伯令嬢です。

 とても実直で美しい義姉さまをもう一人得ることになったオーディス家。

 ディル兄さまとはああ言えば、こう言うと言った感じに大変仲が良い夫婦となりました。

 この二人の間には、三人の娘と一人の息子が生まれました。

 長女のエルリ、次女のミレーユ、三女のシャルロット、末のコルヴィンです。

 末のコルヴィンがどれくらい苦労して育ったかについては、言わずと知れます。

 彼はミスティ兄さまと似た性質を持って生まれたようで、それについては当のミスティ兄さまからも時折同情の籠った眼差しを受けていたことからも明らかでした。

 だから、この二人が実の父子のように仲が良かったのもそれがあってのことでしょう。

 この環境が、後のコルヴィンに多大な影響を与えたことは言うまでもありません。



 さて、本来ならば次に語るのはエレナ姉さまのことになるのでしょう。

 ですが。

 敢えてここでは先に、ミスティ兄さまのその後について触れておきましょう。



 結論から言うと、ミスティ兄さまは王宮監査として辺境の次男としては異例の出世を遂げるに至りました。

 これを当人に伝えると、お前にだけは言われたくないと零される事の方が多かったので。

 今はあまり言いません。


 ミスティ兄さまもまた、メリア姉さまの死を前にして思いを決めた一人だった事は確かです。

 後宮という閉ざされた闇の中で、様々な悪意に晒されて死に追いやられることになった姉さまのように。

 権力の集まる場所には、絶えず薄暗い闇があり。

 機会があればその腹を肥やそうと狙っている。

 その牙に、弱い立場のものが傷つけられる不条理。

 それに真っ向から立ち向かえるだけの立場。

 ある意味で誰よりも真っ直ぐに、姉の死を受け止めたミスティ兄さまは登用試験を三度の挑戦の末に掴み取り、そこからは下積みを経てどんどん出世を重ねていきました。

 正式な王宮監査になったのは、王宮に入ってから三年後。

 その早さには、周囲を絶句させるものがあったようです。


 数カ月おきにオーディス領へ戻っては、少しだけ身体を休めて王宮へと戻る日々。

 時には非公式に各領地への視察に入る事もあるらしく、荒事にも対応できるようにと改めて叔父様から武術の指南を受ける姿も目にしました。

 ミスティ兄さまは、努力の人です。

 それは度々、宰相様も零していたことです。

 父に似ている、とひっそり呟いた際にどこか懐かしいものを見る目をしていました。



 さて、次はエレナ姉さまについて語ることとしましょう。


 エレナ姉さまも、あの月の宮の炎上から数カ月は抜け殻のようになっていました。

 前のように、ディル兄さまがその背中を押せなかったその時。

 果たして誰が、エレナ姉さまを浮上させたか。

 それは勿論、婚約者であったカミル・グーテランド次期候でした。

 当初は婚約自体、もはや儘ならないと相手方から断られても仕方がない程の有様でした。


 父はまだ立っておらず。

 兄は鬱々とした日々を過ごし。

 絶えず母と祖父による、荒療治が繰り広げられていたオーディス領内。


 けれどもお義兄さまは、エレナ姉さまを愛していたのです。

 貴族同士の婚姻に、愛が伴わないのはそれほど珍しくは無い事です。

 けれども二人の間には、幸いにも父さま、母さまのように互いを思いあう絆がありました。


 幾度もオーディス領を訪ね、扉を叩き続けたお義兄さまの熱意が実を結び、とうとうその年の暮にはエレナ姉さまも立ち直り、無事に婚儀を終える事が出来たのです。



 そうそう。

 ここでもう一人を加えておかなければなりません。

 その年の暮に、生まれたオーディス領の新たな家族。

 フィリア・オーディスと名付けられたその赤子。

 彼女こそが私の妹であり、後にオーディス家の珠玉と呼ばれる程の末子です。

 その時以来、ずっと私は姉の言葉を胸に日々を暮らしてきました。

 その約束を、私はけして破ってはならないと心にそう決めていたのです。



 エレナ姉さまがグーテランド領に嫁いで、数ヵ月後。

 ディル兄さまの放浪の旅が始まりました。

 オーディス領に残っていたのは、ミスティ兄さまと双子のロイズ兄さま、クリス兄さまと私、そして幼いフィリアの五人。


 ミスティ兄さまはそれから数年後、登用試験に見事合格して暫くは王都で暮らすこととなりましたし、ディル兄さまが戻られるまでの数年間。

 ミスティ兄さまを覗いた四人がオーディス領に残っていました。



 さて、そしてとうとう語る順番になった双子の兄たちのその後についてですが。

 こちらもまずは、結論から。

 彼らは二人で、商会を設立するに至りました。

 彼らの半生を語り始めると、丸々一冊の本になってしまう予感がするので潔く省略。

 素人がまさか一から商会を設立できるほど、現実は甘くはありません。

 従って二人はまず、ランドゥール家に奉公へ上がったのです。

 そうです、ランドゥールといえばかの宰相補佐フォルテ・ランドゥール様の生家に当たります。

 宰相様の口利きを受け、ランドゥール商会で研鑽を詰んだ二人は着々とその商才を伸ばしていきました。

 元々はクリス兄さまの方が冷静であった部分も、年齢を重ねるにつれてロイズ兄さまが追い越していくようになっていた二人。

 最終的には、幼少の頃の二人を知るものが見れば驚いたほどに。

 いずれも冷静沈着で、物静かな青年たちへ成長していきました。

 数年後には、彼ら二人でランドゥール商会の一角を任せられるほどの成長をみせた兄たち。


 さて、それに併せて。

 嘗て姉さまの侍女であったとある侍女のその後についても補足しておきます。


 嘗ての名をクリスタ・エルトリア。

 今をクリスタ・ランドゥールと名乗る彼女について。


 どのような紆余曲折があったのかは当人同士にしか語れない話にはなりますが。

 嘗て後宮の侍女として、様々な闇をその目に映して来たクリスタ。

 彼女は後宮が焼け落ちた後、暫くの間はリーベンブルグ家で侍女を務めておりました。

 その間に、宰相様の使いとして王宮と邸を往復していたフォルテ・ランドゥール様と何がしかの交流があったようです。


 二人は、出会いから二年後のとある春の日に婚儀を行いました。

 ランドゥール家は豪商一家。

 身分よりか、その経営才覚を重視する家柄に当たります。

 しかし、フォルテ・ランドゥール様は商会ではなく王宮にその籍を置いている時点で家からも離れていた身です。

 二人の婚姻に、異を唱える様な物好きはいません。

 晴れて夫婦として、それなりに平穏な日々を送っていた彼らの下に飛び込んできた最大の波風と言えば、精々かのオーディス家の双子位なものだったのでしょう。


 フォルテ・ランドゥール様は、それから数十年の後。

 名宰相と呼ばれたギルバート・フレイメア様の次代として宰相の座を得ることとなります。

 その折には、ランドゥール家にて商才を磨いた双子の兄たちはすでに一つの商会を立ち上げておりました。


 今や、ランドゥールに次ぐ商会として名を馳せるロズ・クス商会の始まりとなります。



 さて、とうとう私の番が回って来ました。


 私の展望が開けたのは、宰相様の尽力が大きかった事をまずは初めに言い置いておきます。

 私は言わずと知れた女です。

 王宮で主要な官職に付く事自体が叶った背景には、次代の流れが大きいのです。

 確かに、知識はそれなりに付けて臨んだことは否定しません。

 それでも、私が王宮登用試験を突破して宰相補佐へ登り詰めたその経緯にしても。

 私だけの力では、まず以て叶わない事でした。


 どれほどの風聞にも、耐えてこられたのは。

 総ては姉の事が、私を支えてくれていたからです。

 姉のように、逃れられない闇に押しつぶされて命を散らす誰か。

 そんな誰かを、二度と出さずに済むように。


 私の心の芯となってくれたのは、メリア姉さまその人です。

 それを支えてくれたのは、父や母を含む家族全員です。

 私一人では、到底登れない壁も。

 宰相様と、宰相補佐であった彼ら二人が引き揚げてくれました。


 総ては、メリア姉さまが複数の悪意に巻き込まれてその命を奪われた経緯を見たからこそ。

 その悪意を生む環境を変えるべく、オーディス家の子供たちはひたすらに心血を注ぐ事を躊躇わなかったのです。


 王宮が次代の王へ変わっても、それは変わらない。


 宰相補佐として登り詰めた私。

 王宮監査に昇りつめたミスティ兄さま。

 私たち二人は、王宮を変えるべくこの生涯を捧げ続けるでしょう。

 メリア姉さまが愛したオーディス領。

 父の代を引き継いで、ディル兄さまが引き継いだ後も。

 他領に嫁いだエレナ姉さま。

 商会を築き上げたロイズ兄さま、クリス兄さま。

 そして末のフィリア。

 全員が、力を合わせて守り続けています。


 兄弟姉妹、全員が力を合わせながら。

 共に、メリア姉さまに誇れる仕事をと心掛けて来たことに変わりは無いのです。





 歳月は、容赦なく過ぎていきます。

 その中で私は祖父、父、母、そしてディル兄さまを見送ることになりました。



 けれども、彼らが揃って死を前にして穏やかであったのは。

 理由は明らかです。



 オーディス家の人間が、死を忌避しない理由。




 最後にそれを語って、幕引きと致しましょう。




 祖父のリーベンブルグ候が、臨終に際した時。

 母を含め、オーディス家の面々が揃って枕元に揃っていました。

 後年は心の臓を悪くしていた祖父。

 薄らと目を開け、浅い呼吸を繰り返していた祖父が唐突に目を開き、どこか一点を見詰めたのに真っ先に反応したのは一家の後方、扉の脇に立っていた宰相様でした。


 穏やかに目を閉じ、臨終を迎えた祖父の横を疾風のごとく駆けていった宰相様。


 茫然とするオーディス家の面々が後を追って駆けつけてみれば、リーベンブルグ邸で最も古い樫の木の前で上を見上げたまま溜息を零す宰相様の姿がありました。



「………逃げられた。まるで猫みたいだ。あの頃と全く変わらん………」


 詳細については何も言わずとも、宰相様が追い駆けていたのが誰であったかはオーディス家の面々であれば誰でも分かる呟きでした。



 祖父が逝去して、六年後。

 オーディス伯である父は最愛の妻である母に見守られつつ、その時を迎えようとしていました。

 この際も、扉の脇に宰相様の姿はありました。

 全員が枕元を凝視し、ミスティ兄さまに至っては窓の配置を抑える徹底ぶり。

 父はやはり穏やかに微笑んで、その息をひっそり手放したと同時。

 ばたん、ばたんと扉と窓が閉められて張り詰めた室内。

 じりじりと間合いを詰める宰相様に、見えずとも追い詰められていく姿は見えるようでした。

 矛盾していますが、そうとしか言い表せないのです。


 さて、この時はグーテランド領から駆けつけていたエレナ姉さまの仲介によって事なきを得ました。

 諦めた様子で、宙に浮くペンを久方ぶりに目にして懐かしさに頬を緩めたのも今は昔の話です。


 母さまは父さまが逝去して、半年後に静かに目を閉じました。

 その時は先の様な騒動は起こらず、残されたのは母の安らいだ表情のみでした。



 父さまと母さまを同じ年に亡くし、領地管理は全てディル兄さまの手に委ねられることとなりました。

 それから約十年。

 オーディス領は安定期を迎え、ディル兄さまもようやく肩の荷を少し下ろせるかと思い始めた頃。

 病魔が、兄さまの命を削って行きました。

 姉さまが他領まで足を運び、得た薬草も功を奏せず。

 日に日に体力を失っていったディル兄さま。

 愛する妻と、四人の子供たちに見送られながらひっそりとその目を閉じる間際。


 その口元から、零れ出た名に誰もがその姿を探します。

 けれども、私たちにはとうとうその姿を捉えることは叶わないのでした。




 ディル兄さまが逝去されてから、更に四年の歳月が過ぎました。

 とうとう今年、嘗ての宰相に当たるギルバート・フレイメア宰相が臨終の時を迎えたのが先程のことです。




 彼の人は、ずっと姉を愛し続けました。

 とうとう、その生涯を独り身で貫き通した宰相様。

 姉に捧げたその誓いを、己の身で体現して見せたのです。

 姉が、それを見ていたなら。

 きっと複雑な思いを、隠す事も無かったと思います。

 けれども、仕事を通して関わり続けた上官として。

 姉を生涯にわたって愛し続けた一人の人間として。

 私は、宰相 ギルバート・フレイメア様に敬意を示したい。


 月の宮が焼け落ち、全てを終えてオーディス領へ帰って来た家族がまず行ったこと。

 それはメリア姉さまの墓標を、全員の手で丘の上に作る事でした。

 オーディス領では、死者の墓標を丘の上に作るのが習わしなのです。

 丘の上から、領を見守ってもらえるように。

 白い雛菊が斜面に揺れる小高い丘に、真白の墓標を立てた家族は再び泣きました。

 輪を囲み、喪われたものを思って。

 それは静かで、限りなく穏やかな時間でした。




 それから半年以上が経った頃。

 エルトリア粛清に関わる様々な処理や後宮の廃止等、昼夜の境もなく対応に追われていた宰相様がオーディス領を訪れた際。

 ようやく彼は、墓前を訪れる事が出来たのです。

 その日は快晴で、青々と晴れ渡った空。

 それはまるで、メリア姉さまの双眸を思い出させる色を湛えていました。

 雛菊を掻き分けて、執事と共に墓前に膝を付いた宰相様。

 その横顔は、とても穏やかで。

 そして同時にとても寂しげでした。

 彼らを見守りながら、後方にいた私。

 ぽつぽつと語り合う主と執事の会話の合間には、絶えず柔らかな風が吹いていました。




 フレイメア家の忠実なる執事、アルフレイドが亡くなって数十年。

 彼の子息がその役を引き継ぎ、臨終の場に立ち会った夜半。

 窓から吹き込んで来た柔らかな風に、薄らと目を眇めるようにして。



 年老いた宰相は、その一時若々しく微笑んだ。



 頬を掠めたそれに、嘗ての指先の感触を思い出していた私は。

 長く宰相としてこの国の平穏を支えたその人が、ようやく待ち望んでいた姉に迎えに来てもらえたのであろうと。

 見えなくとも確かにそれを感じ、悲しみよりも安堵で座り込みそうになった事を思い出している。



 姉は、嘗て幼い私に一つの願いを告げた。



 オーディス家の愛する家族たち。

 そして、新たに生まれ来る私の大切な家族。

 どうか、私の分まで愛してあげてね。




 メリア姉さま?

 私たちは姉さまの夢を、少しでも叶えられたのでしょうか。


 ディル兄さまが残した家族は、末のコルヴィンを筆頭にオーディス領の存続に力を尽くし続けています。

 ミスティ兄さまは二年前に王宮監査のトップに登り詰め、現在も先鋒に立って周囲を害する悪意を減らす為に尽力を続けています。

 商会を設立した双子の兄は、ロイズが南西の領地支援を、クリスが北東の領地支援を行うと当時に各領地の状況について随時情報の収集に当たっています。

 そう、エレナ姉さまですが。

 姉さまはグーテランド領に嫁がれた後、二人の子供を産み育てました。

 彼らが独立した後は、グーテランド領内とその周辺領の上位貴族の子息、令嬢たちの教育へ携わっている最中です。

 私は、彼ら兄姉を見上げて育ちました。

 宰相位も嘗ての補佐、フォルテ・ランドゥール様へ譲渡された今。

 再び宰相補佐として、王宮内で悪戦苦闘する日々です。

 合間合間に、私は妹であるフィリアへ話をしています。

 嘗て、オーディス家に何が起きたのか。

 メリア姉さまを巡る、その軌跡を。

 フィリアは、オーディスの珠玉と呼ばれるほどに美しく育っています。

 それは、外面だけの話ではありません。

 今は亡き父さま、母さまが。

 私たち兄姉が見守り続けた結果、少し冷めた部分はありますが内面も優しい子になりました。


 佳人薄命、という言葉があります。

 けれどもきっとフィリアは私たちが守りぬいて見せます。

 嘗て、姉さまが涙を流したあの時のように。

 仄暗いその環境を、少しでも無くそうと尽力し続けた私たちの成果が実を結ぶその時が来ると。

 誰でもない、私たちオーディスの兄姉が信じているに他なりません。

 だから、どうか姉さま見守っていて下さい。

 そして私もまた、いつかその身を死に委ねるその時は。

 きっと姉さまが、その手を取ってくれる。

 それを励みに、明日もまた私は頑張ってゆけるのです。



 蒼い月が、朝の光に薄れていくその頃に。

 オーディス領を想いながら。




 愛しい姉さまへ。

 貴方の妹、カタリナ・オーディスより。













 カタリナ・オーディスの手記より*引用*


今まで読んで頂いた方々全員へ、感謝申し上げます。


皆さまのお陰で、幸せな日々を彼女と共に歩むことが叶いました。





ありがとうございました(*´ー`*)


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