4、凍えそうな夜に星空を見上げながら飲む缶コーヒー。優雅な味と香りを楽しむ喫茶店のコーヒー。
4、
本当にお久しぶりになってしまいました、どうもこんばんは矢暮です。
こうやって毎日、不規則で荒れた生活を送っていると、にんともかんともニンニンニンな感じであるわけなんですが、書きたいことは山ほどあるというのに、なかなか頭の中の情報整理がつかなくて投稿するまでに至らなかった訳でございます。
そこで今日のお題は、
『エンターテイメントの本質とは何かを考えてみよう』
ということで、いつもの通り僕なりの視点で語っていってみようかと思います。
☆☆☆
エンターテイメントっていうのは、端的に言えば〝観ている人を楽しませること〟だと思うのですが、
それを演じる側と、観ている側の〝嗜好〟や〝興味〟が合わなければ、実際に観る人を楽しませることは出来ないですよね。
そういう意味で、エンタメを何か物でたとえるのなら、
〝コーヒー〟
に置き換えてみるのが良いのではないかと思ったのです。
☆☆☆
喫茶店で飲む味わい深いコーヒーがある意味文学系の物であるのなら、
今流行の〝萌え〟が前面に押し出されたコーヒーは、コンビニやスーパーなどで売られているミルクと砂糖がたくさん入った極甘な〝コーヒー飲料〟のようなもの。
インスタントコーヒーは、版権が移動した映画や舞台にも例えられるし、二次創作とも取れる。
だけど、別にそれらには人それぞれの好みという物があって、極甘のコーヒーが好きな人もあれば、インスタントしか飲まない人もいるわけで、
本格的なコーヒーを飲む人だけが最高なわけではない、って思うんです。
僕個人の好みとしては、どれも飲むんですが(※主にはレギュラーのブラック派なんだけど)、気分次第で飲み方も何も変えて楽しんでいます。
なにせ、コーヒーは嗜好品だから、好き嫌いや好みの違いがあって然りなんですね。
その本質は、エンターテイメントと共通する要素そのものだと思うんです。
☆☆☆
こう言っちゃあなんなんですが、今サブカル全体を席巻している〝異世界もの〟や〝萌え萌えアニメ〟の極甘コーヒーばかりを、今現在の僕が観たとして、
「こりゃあ面白い、最高だぜ!」
と思う確立はかなり低いと思います。
けれど案外、十代の頃の僕がそれを観た場合、それらの物語にはまってしまった可能性も否定できません。
つまり、年齢的、経験的、肉体的嗜好が合う可能性が高いということです。
☆☆☆
ところで、少し話題が変わるのですが、最近某有名〝グルメ〟漫画が、ある題材を使って物議を醸しているみたいですね。
あれについて一言も二言も書きたいのですが、
まず、
「エンターテイメントは虚構」
という不文律が微妙な時代になってきたなぁ、ということですね。
この話題は、以前のエッセイもどきにも記しましたが、これらは造る側にも受け取る側にも問題があるような気がします。
大体、虚構の人物を使い、虚構の設定に乗せて、真実を伝えようなどとおこがましいにも程がありますよ。
エンタメってのは、そんなものですかい? だんな。
風刺というか、どこかそういうものを織り込む意図があるなら、それはある意味作者の欺瞞とも受け取れるので、それもありなのですが、
〝絶対的な真実〟
という謳い文句を掲げてしまった時点で、それはエンタメとしての機能を果たしていないことになると思うんです。
☆☆☆
第二に、
「アンタ取材をしたっていうけれど、どれだけの取材をしたの?」
というところですかね。
入念な取材をしたという人がいるけど、その場所に何年も住んでみないと見えてこないものが沢山あるんですね。
それを、たった数日数時間程度の見聞で何かを得た気分になるなどと、おこがましいにも程がある。
「お前はおそ松くんのイヤミか!」
と言いたくもなる。(※赤塚不二夫原作の〝おそ松くん〟という漫画の人気キャラクター〝イヤミ〟はかなりの〝おフランスかぶれ〟なのだが、実際に滞在した期間は短時間。しかし、「ミーはおフランスに詳しいザマス」というのが彼の常套句なのザマス。てやんでいバーローちくしょい!)
それを、
『莞を以て天をうがち、蠡を以て大海を測る』
と言うんですよ。
(※意味 ストローのような細い管から空を見上げて空のすべてを知ったような気になったり、貝殻で海の水をすくって海の何たるかをすべて理解したような気になること)
☆☆☆
僕なんか、不肖ながら震災の少し前からこの某F県に住んであれこれと見てきましたが、どのマスコミもどのメディアも、核心たる部分を報道していないし、触れられないでいるような気がしますね。
実は、僕もそれをここで書けないでいます。
なぜなら、書けば不幸になる人もいれば、それによって利を伴う人もいるからです。
事象が一つあれば、それによって決定的な短所もあれば、決定的な長所もある。
そこに〝絶対性がある〟という論理で丸め込むことが悪いのであって、
その事象すべてを〝良い〟〝悪い〟と決め付けるには、時期尚早のような気がしてならないんですよ。
☆☆☆
本当に世の中には、色々な人がいます。
自分に見えている人だけが、同じ価値観を持った人だと決め付けてしまうのが、人間の性みたいなもんです。
いつも思うんですよ。
「俺はいったい、死ぬ間際までどれだけの人と知り合えるのか」
とね。