ふゆの はじまり
楡の森は、冬支度の最中だった。
五百年を数える古木の根元に棲む熊の独り者は、みっちりと隙間なく並べられた蜂蜜の壷に家から押し出されて、思案投げ首。
秋も早いうちからせっせと胡桃を集めていた赤毛の栗鼠夫婦は、もったいないからと余った分を足りない近所に配っている。
冬の間は寝て過ごすと決めているらしいヤマネのおじさんは、鴨の一家からふかふかの下羽根をたくさん貰い受けて、楽しい寝支度に余念がない。
屋根のないヒタキの年寄りを、気の毒がった狐の若者が温かい部屋に招き入れていた。この冬は、どちらも話し相手に不自由しないことだろう。
みんなが忙しく働いているけれど、あわただしい音は全部雪に吸い込まれて、耳が変にしんとしている。
春先に蓮華で花冠を作った野原も、夏祭りにみんなで踊った森の広場も、昨日降った薄雪に覆われて、もう真っ白だ。その上に、ついさっき舞い出したぼたん雪がまた積もり始めている。
雪に鼻先をくすぐられて、ヨーンはひとつくしゃみをした。
雪こもりの前にと大忙しで母さんが編んだ、たくさんのストールやセーターを、注文先に届けてまわった、帰り道だった。
後ろに引いている橇には、お届け先で貰ったジャムやマーマレードや燻製がいっぱい載っている。肝心の御代はオーバーコートの内ポケットにちゃんと入っているから、後ろの荷物はヨーンの働き賃だ。
母さんに教えられたご挨拶もお届け先も、一つも間違わなかった。
まだ小さいヨーンだけれど、一人前のお仕事が出来たからと、みんながそれぞれくれたご褒美だ。
オコジョのおばさんなどは、どっしりと重いバターの包みをくれた。
おかげで来たときよりも橇が重くなってしまったけれど、それも母さんが喜ぶだろうな、と考えれば、ちっとも気にならない。
秋の終わりに母さんがくれた手編みの赤いマフラーを、鼻先まで引き上げる。
楡の森を抜ければ、家のある丘はもうすぐそこだ。
乾いて傾いた大きな切り株が目印の土壁に、「あなぐま・あみもの」と看板が掛けてある。
その斜め上の煙突からは、煙と共にいい香りが漂ってきた。
じゃがいものたくさん入った、熱いミルクのシチュー。
夕飯の匂いを嗅ぎあてて、ヨーンは駆け足になった。