主人公補正という概念が存在しないこの世界で
主人公補正が存在しないと言っても、物語を進める以上どうしても必要になる部分もあります。
その時はどうか、ご了承ください。
ケースⅠ
ここは異世界、ヴィリアドラ。
魔物がはびこり、カオスと化した世界。
そこに一人、この世界を矯正するためにやってきた勇者がいた。
彼の名は洋太。人は彼を、勇者と呼んだ。
ここは魔王のすむ居城の最深部。
魔王が玉座に悠然と座っている。
勇者は剣を構え、じっと、その時を待っていた。
魔王がコントラバスのような声音で、語った。
「よくきたな勇者よ。ここまできたことをまず褒めてやろう。
だが、お前はここで死ぬ。この私にの手によってな!」
テンプレートで固めたようなセリフだ。
しかしそのセリフが、場の緊張を最高潮にする。
魔王がゆっくりと右手を掲げる。
その時、戦いの火蓋が切って落とされーーーー
ピロリロリン♪ピロリロリン♪
なかった。
「電話だ」
二人の間に微妙な空気が流れる。
勇者が申し訳なさそうに口を開いた。
「あのー、出てもいいですか?」
「あ、ああ。構わない。早めに済ませろ」
魔王は意外と優しかった。
ピッ。
「もしもし?」
『あっ、洋太?今日の夜飯なんだけど、酢豚と、鮎の塩焼きとどっちがいい?』
「じゃあ、酢豚で」
『りょーかい』ピッ。
「終わったか?」
「ああ。終わった。さあ、魔王よ、もう一度始めようじゃないか」
勇者が再び剣を抜く。
「そうだな、始めよう」
魔王ももう一度右手を掲げる。
魔王の右手に魔力が集中していく。
洋太の頬に、一筋の汗が流れた。
その汗は顎を伝い、落ちる。
それを合図にしたかのように、魔王は魔力の球を放ち、洋太は剣を構え突進をー---
ピロリロリン♪ピロリロリン♪
できなかった。
集中がきれたことにより、魔力の球が消滅し、洋太はこけた。
何だかいたたまれない空気が流れた。
「早めに終わらせてくれ」
魔王が言った。
「…………」
洋太はもう一度携帯を耳に当てた。
ピッ「もしもし……」
『あ!洋太?早く帰ってきて!!』
「……なぜに?」
『酢豚作ろうとしたら家が家事になっちゃって!俺水魔法使えないから火が消せないんだよ!』
「近くに使えそうな人いるだろ。そっちの方でなんとかしてくれよ。今魔王と戦ってるんだから」
『そんなことどうでもいいから!』
「どうっ!?」
洋太も、聞き耳を立てていた魔王も、ある意味戦慄を覚えた。
だって魔王退治をどうでもいいっていう人は、この世界ではまずいない。
魔王を倒さないと世界が滅亡してしまうから。
『しかもお前ぐらいの水魔法使える人がいないんだもん!使える人って言っても水鉄砲レベルなんだもん!』
「もんとかいうな、もんとか」
『とりあえず帰ってきて!』ブツッ……ツーツーツー。
切りやがった。
とりあえず、魔王に言った。
「あのー、今日は帰らせてください」
「わかったまた来い。素の時に、決着をつけよう」
魔王はとても優しかった。
「ありがとうございます。それでは、また」
この日、勇者は帰って行った。
さあ、決着のつく日は、いつになるのだろうか。
ケースⅡ
ピピピピッピピピピッピピピピッピピピピ!
目覚ましの音が鳴り響く。
眠い。とてつもなく眠い。
「ん、んう……」
寝返りを打ち、二度寝に移行する。
今はただ眠かった。
しかし時間は確認しておきたい。薄目を開けて、枕元の時計をみる。
ただいまの時間。
午前八時十五分。
何だまだ寝れるじゃないか。遅刻のタイムリミットまであと五分もある。
……五分?……………………五分!!?
がばぁ!とバネじかけの人形よろしく私、美咲は跳ね起きた。
やばい、とてつもなくやばい。
速くいかないと、遅刻まであと五分!
ドタドタと、一回までの階段を駆け下り、リビングに顔を出す。
「おはよう!今日は朝ごはんいらないから!いってきます!!」
そこで台所で料理を作っていた母が振り返り言った。
「ちょっと!お弁当持って行きなさい!あと、パンの一枚ぐらい食べてから行きなさいよ!」
お弁当忘れてた。
急いでリビングに行き、弁当をひったくる。そしてパンを一枚拝借して、もう一度靴を履きにいく。この間三十秒。
「いってきまーす!」
その掛け声と共に、スタートを切る。
幸い、私の家から学校までは、走れば三分もかからない場所にある。
なので、一気に走り抜ける!
走り続けていると、交差点の死角からうちの制服をきた男の子が走ってきた。
危うくぶつかりそうになる。しかし陸上部ならではの瞬発力で、華麗によける。
走りつつパンをかじる。
マーガリンを塗るの忘れてた。
美味しくない。
次の交差点で今度は死角からバイクに乗ったあんちゃんが飛び出してきた。
綺麗の宙返りを決め、バイクの上を通り、交差点の先にすたっと着地。完璧。
その先の直線で、猛犬で有名な、牧田さんちのペロちゃんが出てきた。
こちらに一直線で走ってくる。
わたしはそのペロちゃんをライダーキックのようなもので気絶させ、一気に駆け抜ける。
目の前に学校が見えてきた。
ラストスパートをかける。
みるみるうちに学校が近づいてくる。
しかし、校門の前に誰かいる。
よくよく目を凝らすと、腕章のようなものが見える。
そこに書かれているのは、風紀委員の四文字。
さっと身体中の血の気が引く。
その風紀委員は、無情にも、その一言を告げた。
「……遅刻ですよ」
さて、今回、ケースⅠでは、「魔王と勇者の壮絶な戦い」が始まらないという風に。
ケースⅡでは、「気うさ店から飛び出してきたか彼との恋」が始まらないという風に。
その、物語の出発点というものを抜いてみました。
いかがでしたでしょうか?
もしかしたら続編やるかも……しれません。
また、誤字、脱字などがあった場合は、ご一報お願いします。
でわぁ!