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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
第一話:生贄の乙女と消えた守護神
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第四章:美少女による【黒毛和牛】R18男の受難

 モルディーナが目を覚ますと、そこにはシアナのほかに二人の男性がいた。


 一人は、袖が広くて全体的にゆったりとした見慣れないデザインの衣服を身に纏い、頭には細長い黒の帽子を被っている。

 年のころは三十手前ぐらいだろうか?

 スラリとした長い手足、春の空のような淡いブルーの瞳と、肩で切り揃えた茶色の緩い癖毛。

 面長でほっそりとした端正な顔立ちは、いつも穏やかな表情を浮かべている。

 実に優美で爽やかな男性だが、残念なことにあまりその衣装が似合っているとは思えなかった。


 ……なぜなら、彼は直立歩行するアフガン・ハウンドだったから。

 この世界には、人と獣を混ぜ合わせたような獣人(ル・ガル)と呼ばれる種族が存在する。


 もう一人は小山のような巨躯を誇る筋肉質な男性だった。

 黒い前袷せの上着と、ややゆったりしたズボンに身を包み、なぜか頭には可愛い牛のヌイグルミをスッポリと被っている。

 そのため、その表情は全く見えない。


 とりあえずもっとよく観察しようと体を起こした拍子に、額に乗せられていた濡れタオルが、掛け布団の上に落ちてポスリと音を立てた。


「あ、起きた?」

 横に控えていたシアナが、額からずれた濡れタオルを拾いながら、熱を測るためにモルディーナの額に手を当てる。

「あ、あの、シアナさん? 顔が……その……近いです」

 ふわり。

 その髪の毛から漂ってくるなんとも甘い香りに、同性でありながらもモルディーナの鼓動が早くなる。


「ん? ちょっと熱があるね。 もう少し寝ていたほうが良いかな?」

 顔の赤いモルディーナの顔を覗き込みながら、シアナは心配げに小首を傾げた。


 その拍子に、フードの隙間からシアナの瞳が覗く。

 ほんの一瞬だっただろう。

 意識が飛んだ。

 陶酔……そのときの感覚を一言で表すならそれしかないだろう。

 その夜明け前の空のような深い紫の瞳は、美しいと言う段階ではなくて人の心を吸い込む奈落の穴だ。

 あと数秒目を合わせていたら、モルディーナの意識は二度とこの世に戻ってこなかったかもしれない。

 だが、そうなる前に彼女の視界を褐色の何かが覆いつくし、彼女を現実に引き戻す。


 彼女を救ったのは、牛のヌイグルミをかぶった巨漢の掌だった。


「シアナ、フードがずれてる。 モルディーナを廃人にする気か?」

 その巨漢はもう片方の手でシアナのフードの位置を直しながら、感情のこもらない低い声で注意を促す。


「あの、なにやらミノルさんの声が聞こえるんですけど、どこにいらっしゃるんでしょう?」

 その声の正体に気づきながらも、あえて確認するモルディーナ。

「……目の前にいるだろ」

 返事は、目の前の巨漢から返ってきた。


「なんで人みたいな姿してるんですか? ミノルさん」

 あなたは黒い牛さんでしょう?

 しかも、そのヌイグルミ変です。

 遠慮の無いモルディーナの言葉に、

「こっちが本来の姿だ!」

 叫びながら、その牛の被り物を頭からとる。

 出てきたのは、先ほどモルディーナを失神に追い込んだ鬼神の顔だった。


「……ひっ」

 その威圧感に当てられて思わずのけぞるモルデイーナ。

 それを見たシアナが、すかさずミノルの頭に牛の被り物をかぶせなおす。


「はい、ちゃんとR18な存在は隔離しましょうねー」

「誰の顔がR18だ! 俺の顔をいかがわしいものと一緒にするな!! 鏡で自分の顔を見るのも犯罪かよ!!」

 視界が悪いのか、ゴソゴソとヌイグルミの具合を調節するミノル。


「ほんと、その顔で15歳って信じられないわよねー どう見ても二十歳過ぎてるわよ」

「お前だけには言われたくないぞ、万年幼女! そっちこそ、その見た目で15歳なんて詐欺もいい所だ!」

「よ、よくも言ったわね、この老け顔! 顔面凶器!! 冬になったら素顔でナマハゲのバイトすりゃいいのよ!!」

 ふと明かされる二人の意外な年齢。

 どちらも15歳に見えないというなら良い勝負だ。


「なんや、相談事がある言ぅから来たんやけど、夫婦漫才の新しいネタ披露やったん?」

 頭から湯気の出そうな勢いで喚く二人に口を挟んだのは、それまで黙っていた犬男だった。


「誰が夫婦だ!」

 吼えるミノル。

「やだ、アンソニーさん。 まだ私達、婚約までしかしてないのに夫婦だなんて」

 惚気るシアナ。

「ほらあかんわー 子供でけるまえに早よ結婚し」

「婚約も子供のできるような事もしてないっ!!」

 その叫びは全員にスルーされた。


 アンソニーと呼ばれた犬男は、長い毛に覆われた顔に穏やかな笑みを浮かべて

「ま、ミノルの顔がR15なのは間違いないわなぁ。 ワレのツラ見たら、そこらのジャリ共みんな発狂すんで?」

 と、傷口に塩を塗り込むようなことを冷静な口調で口にした。

「は、発狂!? そんな……ばかな……俺の顔はそこまで怖くない……と思いたい」

 否定しきれない実績を持つだけに、ミノルはヌイグルミの頭を抱えてうめき声をあげる。


「シアナも、もうちょっと成長しいやー 一緒に手を繋いで歩いとったら、ミノルが通報されんで?」

「つ、通報……」

 こちらもショックをうけるあたり、なにやら覚えがあるらしい。


「ミノ君。 私達って、一緒にデートすることもままならない悲劇のカップルなのね!」

「目を覚ませボケナス。 俺達はただの雇用関係だろ」

 シアナが自分のウエストほどもあるミノルの太い腕に抱きつくと、ミノルはさらに疲れた様子で吐き捨てた。

 だが、シアナを振り払わないあたりまんざらでもないらしい。


「……今日はそういうオチに持ってきたか。 な、見てると飽きんやろ? あの二人見た目はとんでもないけど、案外可愛い奴らやねん。 あれでこの神社の祭神と、その祭神をこの世界に繋ぎとめる巫女の筆頭なんやから、世の中おもろいわ。 あ、ワシ、ここの神主でアンソニーな。 よろしゅう」

「あなたも案外いい性格してますね。 モルディーナ・オチューです」

 笑いながら同意を求めるアンソニーに、モルディーナはジト目でそう切り返した。


「ったく。 おい、こんな事している場合じゃねぇだろ! ここに来てもらったのは他でもない。 隣の教区で起きている疫病の被害についてだ」

 シアナを腕からぶら下げたまま、ミノルが用件を切り出した。


「その件に関してやけど……ワシとしては賛成はできんなぁ。 かわいそうやけど隣の教区の解決せにゃならん事やさかい、手を出したら誰かが責任とらにゃならん」

 明言はしないが、その誰かがこの教区を預かる責任者……アンソニーである事は、部外者であるモルディーナにもなんとなく理解できた。


「その時は俺を切り捨てればいいだろ。 俺の独断にしておけば、お前の責任問題は軽い」

 キッパリと言い切るミノルだが、返ってきたのは呆れた視線とため息だった。


「まぁ、確かにワシの責任は微々たる物になるやろけど、問題の解決にはならんわな。 それにだ、解決したとしても、お前がどっか辺鄙(へんぴ)な場所に左遷(させん)されっで?」

「かまわん」

 憮然とした表情でそう答えるミノルだが、

「そらミノルはどこに行ってもしぶとく生きてゆけるやろなぁ。 せやけど、シアナの嬢ちゃんまでそんな場所へ連れてゆく気なんか? お前の専属召喚師なんやから、一緒に行くしかないやろ。 マジで言うとんのやったら、ワシ軽蔑するで?」

 アンソニーは耳の後ろを脚で掻きながら、問題点を突きつける。

「……うっ」

 言葉に詰まるミノルに、アンソニーは目を伏せながら、追い討ちの言葉を投げつけた。

「それとも、シアナちゃんと別れて他所の召喚師と契約結ぶか? お前ほどの力ある奴なら引く手数多やろ……力に飢えた馬鹿共が狂喜するでー」

「冗談じゃない!!」

 よほど嫌なのか、ミノルの褐色の肌にぶつぶつと鳥肌が立つ。


「で、どうする気や? 何もかも嫌や言うて通るほど世の中は(あも)ないで? シアナちゃんが可愛いんやったら、この話はきっぱりと断り」

 アンソニーが冷たく言い放つと、ミノルはしばし奥歯をギリギリと鳴らしながら沈黙し、何かを言おうと口を開いて……その言葉を飲み込んだ。


 そして、傍らで見守っているシアナに視線を向ける。


「お前はどうなんだ? シアナ」

「わざわざ確認するの?」

 呆れた声でそう返事すると、ミノルはシアナに体ごと向き直り、

「これはお前の問題でもある。 文句があるなら今のうちに言え」

 苦々しい声でそう告げる。


「私が『左遷は嫌』といったらモルディーナちゃん見捨てるつもりー? 隣の教区だからといって、病に苦しむ人を見捨てるなんて情け無い真似は許さないよ? あと、別れるなんて言ったら」

 声のトーンが1つ下がる。

「その日の晩御飯を鍋の中で迎えると覚悟してね」

 そう言い放つシアナに、ミノルはしばらく何もいえず押し黙った。


「つまり、お前ら何を言うてもやめる気は無いっちゅー事やな」

 アンソニーの冷めた声がその沈黙を破る。


「はっきり言うと、左遷程度では済まん問題や。 お前らが前例を作れば、今度はこっちが同じことされる。 わかっとるんやろうな? 因果の解消もせずに陰の気を散らされたら、次の災害は倍の規模になるんやで? お前らは、この地区の人間はどうなってもいいっちゅーんか?」

 言葉も無い二人に、淡々と感情を押し殺した声で批難を浴びせる。


「ひ、ひどいよアンソニー! あたしたち、何もこの街の人々のことをそんな風に思ってない!」

 すこし芝居のかかった仕草でシアナが詰め寄ろうとしたが、

「やめとけシアナ。 アンソニーの言うことが正しい。 俺達の選択は、そういうことだ。 いや、救済を理由に、この教区で他の派閥が布教活動してくる可能性も高い事を考えると、派閥そのものを裏切ったことになるな」

 うろたえるシアナの声を遮って、ミノルが沈痛な声でそう言い聞かせる。


 その様子を醒めた目で見つめながら、アンソニーはこの神殿の主として宣言した。

「クビや。 お前ら二人してこの教区から出てき」

 もこもこと長い毛に覆われた肉球つきの指を、部屋の出口へ向ける。

「わかった」

 そのままシアナの肩を抱くようにして、ミノルが部屋から出てゆこうとする……が。


「待ってください!!」

 呼び止めたのは、ずっと事の推移を見守っていたモルディーナだった。


「私達の村を救うことで、どうしてこんなことに……ひどすぎます!!」

「頭悪いやっちゃなー 今までの話聞いていたんやろ? ワシらがあんたの村に干渉する時点で大事だっちゅーのがわからんのか? お前の無理な願いが、どれだけこの二人を苦しめたかわかっとるんか? 自分のした事で後悔する位なら……最初から身の程をわきまえろ!!」

 穏やかな口調から一変しての大喝に、モルディーナは身の置き場も無いほど深い後悔を覚えた。


「解りました…… 私、自分の教区に戻って、疫病をなんとかしてくださるよう、司祭さまにもう一度お願いしてみます」

 無駄であることは知っている。

 だが、少なくとも、このまま何もせずにいられるような気分ではなかった。

 何でも良いから動いていなければ、何か大事なものが自分の中から消えてしまう気がした。


 布団から起き上がると、モルデイーナは深々と頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしてすいませんでした」

 そして、そのまま部屋を出てゆこうとするモルディーナ。


「まって。 まだ結論を出すのには早いと思うの」

 その手を掴む者がいた。


「シアナ……さん?」

 その優しい言葉にモルディーナの視界が涙で曇る。


「でも、これ以上ご迷惑をかけるわけには……」

「一つ思いついたことがあるんだけど、聞いてくれる?」

 モルディーナの言葉を遮って、シアナが微笑みながらモルディーナの顔を見上げる。

 教会に描かれた天使のようだと、モルディーナは心の中で呟いた。

 ?

 なぜかミノルが小さく舌打ちしたような気がしたが、その理由に全く見当がつかない。


「ねぇ、アンソニー。 隣の教区に干渉することは禁じられているけど、自分の派閥の信者を助けるのに教区は関係ないよね?」

 朗らかな声でそう問いかけるシアナ。

「せやな。 信仰の自由という奴は神殿の法で保障されとるし、他の教区においても自分の信者の救済は認められちょる」

 どことなく悪戯を思いついた子供のような声で肯定するアンソニー。

 なぜかミノルが一歩後退りした気がするが、たぶん気のせいだろう。


「つまり、モルディーナちゃんが改宗すれば問題ないって事よね?」

「か、改宗!?」

 突然降って沸いた単語に、モルディーナは気を失うかと思うほどの衝撃を受けた。

 無理も無い。

 それは、『わたし、人間やめまーす♪』と宣言するのに等しい行為である。

 改宗なんてした日には、村において自分の居場所は確実に無くなるだろう。


「そう、改宗。 村を犠牲にしてのうのうと暮らす腐ったやつらよりも、ミノ君のほうがずっといいわよー?」

 優しい口調だが、言っていることは信仰の否定である。

 実に清々しい悪魔の誘惑もあったものだ。


「うぅっ……そうかもしれませんけど、改宗……考えたこともなかったので、ちょっと……」

「そんな事ぁ無いで? 自分の教区の神に頼らず、ウチらの宗派を頼ってきた時点で、そら改宗しているんと同じなんちゃうか?」

 うろたえるモルディーナを更なる深みに叩き落すべく、アンソニーが笑顔でそっとささやく。


「い、言われてみればたしかに……でも」

 まだ奈落に飛び込む勇気が無いのか、崖っぷちで踏みとどまるモルディーナ。


「すぐに結論を出せとは言わないわ。 とりあえずしばらく考えてみて。 でも、その間にも病に苦しむ人は……」

「ひ、一晩だけ時間をください」

 身の危険を感じたモルディーナは、シアナの台詞を遮って決断までの猶予を申し出る。


「わかった。 とりあえず今日はこの部屋を使うとええ。 しばらく一人で考えや」

 そう告げると、アンソニーはシアナとミノルを伴って部屋の外に出た。


挿絵(By みてみん)


 廊下に出るなり、ミノルは被っていた牛のマスクをすぽーんと脱ぎ捨てて、アンソニーをジロリと睨みつけた。

「この、腹黒ども! 最初から狙ってたな!?」


 吼え猛るミノルを鼻で笑い飛ばしながら、アンソニーがふふんと胸を張る。

「当たり前や。 お前ら二人はワシのお気に入りやで? そう簡単に手放してたまるかい。 シアナは最初からわかっとったやろけど、ミノルは思ったとおりの反応でオモロかったわー」


「悪かったな、単細胞で! どうせ俺は脳筋だよ!!」

「何怒ってるのミノ君? モルディーナちゃんも救われて、ミノ君の信者も増えて、何からなにまで万々歳じゃない? 不満があるなら今夜風呂場か寝室でゆっくり聞いてあげるわ」

 (ひが)むミノルを、今度は怪しい笑みを浮かべたシアナが(たしな)める。

「なんで風呂場か寝室なんだよ!?」

「やだ……私の口から言わせるの? ミノ君のエッチ。 でも、一杯サービスしてあげるね?」

 顔を両手で隠して体をくねらせるが、その両手の指の隙間からは、プププと吹き出すような笑い声が漏れている。


「付き合ってられん! とにかく、俺はそういうやり方は好かんからな!!」

 憤懣(ふんまん)やるかたないと言った様子で、ミノルはドカドカと乱暴な足音を立てながら自分の部屋に帰っていった。


「あーあ、怒っちゃった」

「ま、アレはそういう奴ちゃから気にしたらあかん」


 そう慰めようとしたアンソニーだが、シアナの方はケロリとした表情で、

「あぁ言う生真面目なところがすきなんだけどねー」

 などとほざく始末である。


「はいはい、惚気はもぅええわ。 少々気にかかることはあるけど、とりあえず、事務手続きのほうはまかしとき」

 苦笑しながら、アンソニーもまた奥の部屋へと歩み去っていった。


「さてと、私はミノ君のご機嫌伺いでもするかな」

 懐から、煎餅(せんべい)の袋を取り出すと、ミノルの部屋へとうきうきした足取りで歩き出す。


 ……だが、その煎餅(せんべい)もまたミノルの隠しておいた彼の所持品である。

 その夜、小腹のすいた彼が枕を濡らしたのは言うまでも無い。

【アフガンハウンド】……犬の種類。 詳細は下記アドレス参照

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89

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