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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
第二話:荒ぶる神に大地の安らぎを
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第二十三章:神々の【黒毛和牛】内緒なお話

「そうか、セルギオスがやられたか……」

 現実世界に戻ってきたレアンドロスを待っていたのは、心配げなアルクマイオンの顔と芳しくない戦況報告だった。


「あぁ、なんとか相打ちに持ち込んだらしく、とりあえず敵の方も戦闘不能の状態らしいが、状況としてはあまりよくない」

「この闘いが終わったら、せめて墓だけでも立ててやりたいな」

 感情を押し殺したままレアンドロスが呟くと、アルクマイオンはその首を横に振り、

「いや、どうやらトドメはさされなかったらしい」

 レアンドロスの勘違いに訂正を入れる。


「なんとも甘い奴らだな」

 思わず口から出た台詞は、意外なほど敬意に欠けていた。

 いや、別に感謝の念が無いわけではない。

 セルギオスはアルクマイオンにとってだけでなく、レアンドロスにとっても弟のような存在だ。

 見逃してもらえた事がありがたいことには間違いのだが……

 弟分が無事である事に安堵するものの、敵の認識の甘さに軽い侮蔑を覚えたのは否めない。


 ……もっとも、敵にそれだけの余裕があるのは間違いないのだが。


「まぁ、いい。 こっちは交渉成立したぞ。 我が神として迎えるにはなんとも甘い方だが、今回はそれで助かった」

「そうか! では、早速……」


「そう焦るな」

 先を急ぐアルクマイオンを手で制すると、レアンドロスは広げた荷物の中から香炉を取り出し、そこに古代より聖なる香として伝わる没薬(ミルラ)を入れて火をつけた。


 そしてその馥郁(ふくいく)たる香を胸いっぱいに吸い込み、手にした杖で自分の周囲に円を描く。


 その間に、アルクマイオンは円の中で跪き、その魔術に使用する道具を取り出す準備をしていた。

 

「……我が胸には(アプ=ク) 喜びが溢れる(アーウ)

 準備が整うと、レアンドロスは衣服を脱ぎ去り、儀式の最初の言葉を厳かに唱えた。

 その逞しい背中には白く翼のような模様が浮き上がっており、彼がただの黒毛のミノタウロスではなく、エジプトの聖獣アピスの属性を生まれながらに持っていることを示している。


 そして彼が唱えたのも、古代エジプトの神々に祈る際に使われる古代言語……これもまた、奉仕者たちがこの世界の住人に与えた魔術の一つである。

 ギリシャ神話の住人であるミノタウロスがなぜこんな魔術を使うのかといえば、もともとエジプトとギリシャは地理的にも近いため、その神話にもいくつか混同した部分が存在しているほどなのでそうおかしな話でも無い。


 さらに、レアンドロスは生粋のミノタウロスではなく、その母親は古代エジプトの母神ハトホルの化身の一つ、メヘトウェレト女神の力を纏った召喚獣であった。


膏薬(ウルフ)身に塗りたれば(ヘケンヌ) 我が内に力満ちたり(マ=アー=クア)

 そしてアルクマイオンから香油の瓶を受け取ると、その蓋を開き、額と筋肉の浮き上がった太い手首、そしてそそり立つ陰部に香油を塗る。


我、汝(アル=ナー)奉らん(エン ティエン)

 次にレアンドロスは片膝をつき、両腕をまっすぐ前に伸ばすと、肘を曲げて何かを持ち上げるような形に固定する。


あらん限りの敬意(アーネト=ヘラー=ク)モントゥ神に(モントゥ)

 その瞬間、魔法円の上で赤い光が輝き、その周囲に竜巻のような暴風が吹き荒れた。


挿絵(By みてみん)


「うわぁ、あの牛……自分の体の中にモントゥ神なんて呼びやがったぞ! 制御できんのか!?」

 モニターを食い入るように見ていた召喚獣たちの中から、そんな驚きの声がいくつも上がる。

 モントゥ神といえば、アメン神が頭角を現す前にエジブトでもっとも信仰されていた神である。

 その姿は二枚の羽を冠に頂く隼頭の逞しい男性。

 『力強い腕持つもの』の二つ名の通り、極めて強力な軍神であるその神を宿せば、数千人規模の集団戦闘でもあっけなくひっくり返せるだろう。


 はっきり言えば、その辺にいる下級の奉仕者では降ろせない主神クラスの大物だ。

 中級とみなされている奉仕者でも、かなり上位の術者でないとその身に降ろす事は出来ないだろう。


 ……実際には、ミノルの加護があるからこそできる大技であり、普段はレアンドロスもその配下である聖獣を降ろすか、加護による魔術をいくつか使用できるに過ぎないのではあるが。


「いいなぁ、アレ。 ウチに欲しい……誘ったら俺のところの神官になってくんないかな?」

 おそらく守護神クラスであろう獅子頭の召喚獣の口からそんな台詞が呟かれるが、隣にいた鴇頭の召喚獣がその脇腹を肘でつつく。


「やめとけ、メアイ=ヘサの。 あれだけの力を持ってるなら、自分のところの召喚師として修行させたくなるのはわかるけど……ほら、あいつら、この間の戦争で……」

「あぁ、あいつらがそうなのか!」

「そうそう。 いくら有能でも……ちょっと、なぁ」

「そうだな、ジェフゥティの。 いくらなんでも、怒らせた相手がまずすぎる」

 そう結論付けて、二柱の神が溜息をついたその瞬間……


 ガシッ


 微妙に重い音をたてて、二柱の神々の肩に太い腕がまわされた。


「よぉ、メアイ=ヘサとジェフゥティの。 楽しんでもらえているか?」

 腕の主に顔を向けると、そこには瞳が点にしか見えないほどの目つきの悪い藍色の髪をした男の顔が鎮座している。

 その顔に浮かんでいる物騒な笑みに、思わず二柱の神が仰け反ったのは言うまでも無い。


「な、なんだよ、ポセイドンの。 なんでそんな殺気立ってるんだよっ! 怖いだろ!!」

 獅子頭の守護神の頭をがっちりホールドしているのは、言わずと知れたミノルである。

 古代エジプトの軍神であるメアイ=ヘサの具現した召喚獣をここまでビビらせるのは、この男ぐらいのものであろう。


「いやぁ、悪ぃなぁ。 ちょいと気になる話が聞こえたもんでな」

「はぁ? あぁ、あのミノタウロス達の話か」

「なんだ、知らなかったのか黒毛和牛」

「俺を黒毛和牛って呼ぶな! いくら先輩でも絞め殺すぞ!!」

 ミノルの疑問に、メアイ=ヘサだけでなく鴇頭の召喚獣……ジェフゥティの化身が口を挟んできた。

 ミノルのことを黒毛和牛と呼んで殴られないあたり、なかなか親しい仲らしい。


「……で、何があったんだ?」

「あー お前、友達少ないもんな。 聞いてなかったのか」

 ジェフゥティは溜息をつくと、隣に座るようにミノルを促し、自らはその細くて長い足を優雅な仕草で組みなおした。


「余計なお世話だ! 友達が少ないんじゃなくて、付き合う人間を選んでんだよつ! それに……友人なんてお前らがいれば十分じゃねぇか」

「はいはい。 そこは友人じゃなくて先輩って言おうな? いくらお前でも礼節はまもれよ」

 目を反らしながら椅子に腰をかけるミノルに、メアイ=ヘサが踏ん反りかえって説教を挟む。


「わかったよ、弱っちぃ先輩」

「誰が"弱っちぃ"だ! そりゃ、お前と喧嘩して勝てるとは思わんが、これでも俺、けっこう強いんだぞ? それに立場的にお前より偉いんだけど、そこんところ解ってる!?」

 強くも無い人間が、一国の守護神……それも軍神の化身として選ばれる事はありえない。

 そんな事はミノルも十分承知の上だ。

 ……だが。

「……シラネ」

 小指で耳の穴をほじりながら聞き流すそぶりを見せているが、その口元は微かに笑っている。


「あったまきた! ……歯ぁ食いしばれ! この馬鹿後輩!!」

 軍神メアイ=ヘサの腰ののった右ストレートがミノルの顔面を捉えた。

 耳が痛いほどの音を立ててミノルの巨体が壁の向こうまで吹っ飛ぶ。


 ……まずい!

 周囲の召喚獣たちが、自らの相棒を抱えてそそくさと逃げだそうとする。

 守護神クラスの召喚獣同士の喧嘩。 しかも片方の奉仕者は鼻息一つで世界が塵に還ると評判の黒毛和牛だ。

 下手をすれば10分後にはこの世界がなくなっているかもしれない。


 ……ただ、ミノルのことをよく知っている召喚獣だけは、そのまま面白そうに事の成り行きを見守っていたが。


「あー 今のはポセイドンのが悪い。 いくらお前がメアイ=ヘサのと仲がよくても、限度があるぞ? ちゃんとあやまっとけ」

 だが、起き上がったミノルにジェフゥティがそう声をかけると、意外な事にミノルは素直にその頭を下げた。

「……すまん。 うっかり、いつもの癖で」

「うっかりじゃねぇよ! ……ちゃんと先輩として扱ってくれ!」


 えぇーっ!?

 逃げ出そうとしていた召喚獣たちの口から、驚きの悲鳴が迸る。

 あのメアイ=ヘサとジェフゥティの化身、何者!?

 あの黒毛和牛が頭下げたぞ?


「そこ、煩い」

 ボソボソと会話する野次馬をジェフゥティが一喝すると、野次馬達は我先にと、今度は本当に逃げ出した。


「見る目の無いやつらめ……」

 見た目が凶暴で、馬鹿みたいに戦闘力が有り余っていて、しかも言動が傲慢ではあるのだが、自分たちにとっては情に厚くて可愛い後輩である。

 憤懣やるかたないといった感じでメアイ=ヘサが席に座りなおすと、ミノルもまたその目の前の椅子に体を縮めながら腰をかけた。


「でさ、先輩。 話を戻すんだが、あのミノタウロス達、何があったんだ?」

「あぁ、そうだったな。 その話はジェフゥティのから話してやってくれ」

 メアイ=ヘサに促されると、ジェフゥティは一つ頷いて口を開いた。


「まぁ、聞いてやってくれよ。 酷い話でさぁ……」

 ジェフゥティが語りだしてから数分後、ミノルはその鬼の強面に青筋を浮き上がらせて部屋を飛び出していった。

 その後姿を見送り、すれ違ったシアナやアイが何事が起きたのかと首を捻ったが、その疑問に答える者は誰もいない。


 ただ、残された二柱の神がポツリと呟く。

「あーぁ。 アイツ、黒毛和牛を怒らせちまいやがんの。 まぁ、はっきり言って胸糞悪い話だから、可能ならば俺が潰してやりたかったぐらいだし……ま、いっか」

「なにはともあれ、あいつら終わったな。 とりあえず、本国に連絡してアイツの国が滅びた後の処置を取らせないと」

 その言葉に、周囲の召喚獣や召喚師たちがあわただしく動き始める。


 彼らは知っているのだ。

 かの破壊神の怒りに触れれば、どんな事になるのかを。


 自分たちに出来る事は、かの嵐が自らの上を何事もなく通過するのを待つだけだということを。

【メアイ=ヘサ】……一般にはマヘスの名で知られるエジプトの軍神。 雄獅子の頭を持つ男性神で、王の戦友でもあると言われている。


【ジェフゥティ】……一般にはトートと呼ばれる知識の神である。 鴇の頭を持つ姿であるとされ、今でも魔術師たちから信仰を受けている。

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