第二十一章:決戦!【黒毛和牛】仁義無き篭球
鋼の茨が生い茂る森の中、まるで藪を突き破るかのようにそびえるポセイドン像の目の前に、3つの小さな光が灯った。
その光はみるみるその大きさを変え、4mほどの大きさまで膨れ上がった時点で、そのうちの一つが大きな人影を吐き出した。
いや、人……ではない。
ドサリと大きな音を立てて地面に投げ出されたその大きな影は、金色の毛並みに覆われた、人と牛を掛け合わせたような姿をした生き物だった。
続いて、他の2つの光も、その中から同じような生き物を吐き出し、虚空の中にかき消える。
「くはっ……ハァ、ハァ……セルギオス! レアンドロス! い、生きてるか?」
金毛のミノタウロスが体を起こしてそう声をかけると、青みを帯びた漆黒の毛に包まれたミノタウロスが地面に大の字になったまま返事を返した。
「あぁ、生きてる。 こんなところじゃ死ねないからな」
「セルギオス。 返事が無いが、寝てるのか?」
「起きてるよ、アルクマイオン。 ちょっとショックだったから……なぁ、俺たち、勝てるのか? あのバケモノ共に」
そんな弱気な発言を返すのは、ホルスタイン柄のやや細身のミノタウロスだった。
よほど怖かったのだろう。
その体は小刻みに震えている。
だが、彼が臆病というわけでは無い事は、このりの二人も骨身に染みて理解していた。
先ほどまで相対していた男達は、それほどに実力差がある相手だったのだから。
「勝てる勝てないじゃない。 勝つしかないんだ!」
項垂れる仲間を叱責するアルクマイオンだが、その言葉にはありありと焦りが滲む。
それは仲間の闘志を掻き立てるのではなく、絶望を押し付けて自棄と変わらない蛮勇に駆り立てることしか出来ないことに、まだ若い彼は気付かない。
「そうだったな、すまん。 アルクマイオン。 そうだな、俺たちには勝つしか道が無い」
間違った選択ではあるものの、アルクマイオンの言葉はとりあえず仲間に行動するだけの力を与える事には成功したようだ。
セルギオスの目にほんのわずかな光が生まれる。
「だが、状況は不利だぞ。 あの猿共、確実に俺たちよりも強い」
「それは理解している。 悔しいが、俺たちがまともに戦っても勝ち目は無い」
「つまり、策が必要ということか」
「そう言うことだ」
とるべき方針が決まり頷きあう二人だが、残念な事にそれは彼らが得意とする分野ではなかった。
その見た目どおり、ミノタウロスは策を練ることが得意ではない。
全てのミノタロウスがそうだというわけではないが、少なくともアルクマイオンとセルギオスは考える事が苦手なタイプの男たちであった。
そして、ミノタロウスの残り一人。
黒毛のレアンドロスはと言うと……
「アルクマイオン、俺に考えがある……聞いてもらえるか?」
「どうした、レアンドロス? 何かあるなら言ってくれ!」
この面子の中で、唯一頭脳派に分類されるのが彼、レアンドロス。
元々がガチガチの戦士系であるアルクマイオンとセルギオスでは心とも無いと感じたグラウコスが、この二人の参謀としてつけたのが彼であった。
ミノタウロスとしては異例なほどに頭が回り、腕力を振るうよりも魔術を行使するほうが得意という、一族きっての異端児であるが、こんなときは誰よりも心強い。
そんな彼の言葉に、アルクマイオンとセルギオスは縋るような目を向けた。
「あいつらを見て気付いたんだがな……」
レアンドロスが二人に自らの策を打ち明けると、このり二人の顔がみるみる希望に満ち溢れる。
「すげぇ! さすがレアンドロス!!」
セルギオスの歓喜の叫びに、レアンドロスは手を振って落ち着くように促した。
「いや、謙遜するな、レアンドロス。 お前の言っている事はおそらく正しいだろう。 だが、それで勝率はどれほどになる?」
指揮官として冷静に問いかけるアルクマイオンだが、レアンドロスは神妙な顔をしたまま頭を横に振る。
「そうだな、勝利できる確率は限りなく0だ。 だが、相打ちには持ってゆけるやもしれん」
「やはりそんなところか」
希望の光が見えていただけに、この言葉は正直辛い。
セルギオスなど、レアンドロスの台詞を耳にした瞬間に塩をかけたナメクジのように萎れ、今は涙目で体育座りをしている。
「どうする? 今すぐ降参すれば痛い目には遭わずに済むぞ」
皮肉気な笑みを浮かべるレアンドロス。
そんな事が出来るならばどれだけ楽なことか。
「笑わせるな、レアンドロス。 もとより我等に撤退と言う選択肢は無い」
「それもそうだな」
苦い笑みを浮かべるレアンドロスに、アルクマイオンも苦笑を返す。
「それに……」
「それに?」
言葉を切るアルクマイオンに、レアンドロスは首をかしげた。
これ以上何か言う事がるのかと。
「俺にも策の一つぐらいはある。 そうだな、勝利の確立は1%ぐらいに修正しておけ」
そういって微笑むと、意外そうに目を見開く残りの二人に、アルクマイオンはテキパキと指示を出した。
その数分後、彼らは三手に分かれて行動を開始する。
全ては一族の存続のために。
レアンドロスの占断によれば、敵はかならずこの場所を通過する。
その敵を倒さねば、我らミノタロウスに未来は無い。
セルギオスは、鋼の薔薇の繁茂する森の中で、ともすれば一瞬で崩れ落ちそうになる自分自身を懸命に奮い立たせていた。
今まで、いくつもの戦場を渡り歩いてきた彼だが、こんなに恐怖を覚えた事は初陣以来である。
――このまま敵が来なければいいのに。
心の中で、戦士の一族であるミノタロウスとしてはあるまじき台詞を呟く。
こんな話は、同じく一族の異端児であるレアンドロスや、彼のもっとも信頼する兄貴分であるアルクマイオンぐらいにしか話した事が無いが、セルギオスはもともと争いがあまり好きではない。
どちらかといえば、歌ったり踊ったり、畑を耕して収穫を喜んだりするのが好きなのである。
だが、運命の神は彼に一族有数の身体能力と、闘いの才能をあたえた。
なんとも皮肉な話である。
「……いた!」
鉄条網の茂みの向こうから、人影が小さく見えてくる。
――やはりボールは持っていないか。
ボールを持った状態で襲撃をうければ、どうしてもドリブルをしつづけている分攻め手が不利になる。
ならば、残る二人が先行して敵の戦力を削る必要がある。
予想外だったのは、敵が二人揃っているわけではなく、たった一人で行動していたことだ。
だが、戦力を集中されるよりも、こちらのほうがやりやすい。
むしろ好都合だ。
一つ頷くと、セルギオスは、その懐から透明な石を繋げた首飾り――風信子石製の呪符を取り出すと、それを手にして跪いた。
「大いなるポセイドンの子、汝らの長にして父たるアイオロスの名において、また、我が導き手たる奉仕者ミナズキ ナギサの叡智において。 悠久なる風の神々の一柱にして南東を司りしアペリオテスに戦士セルギオスが願いあげる。 雨のをもたらす恵みの風を荒々しき疾風へ、地を洗い清める激しき嵐へと変え、その不可視にして奔放なる力と加護を我に与えたまえ!」
――ゴウッ
その祈りに応えるように、北西から力強い風が吹き渡り、セルギオスの手にした首飾りに吸い込まれていった。
いったん呪符に取り込まれた魔術エネルギーは、その持ち主がイメージするだけで、一瞬にして刃にも盾にもなってくれる。
その都度呪文を詠唱する魔術と比較すると威力が落ちるものの、詠唱の時間も必要ないことと、汎用性が極めて高いことから、主に実践に身を置く術者や、魔術の心得のある戦士たちに好まれる様式の魔術だ。
むろん、魔術を使用すれば呪符の中のエネルギーはやがて枯渇し、再度祈りを捧げて呪符の中に神の力をチャージする必要があるのだが、戦闘の途中にそんな余裕が生まれる事は少ない。
呪符の中のエネルギーを使用して戦った場合の、平均的な稼働時間は約3分。
この技術をこの世界の者に伝えた奉仕者は、そのデータの報告を聞くと、なぜか一瞬目を丸くして、「まるで宇宙の平和を護る戦士だな」と言って笑ったという。
ゆえにこの術式を人々から"戦士法"と呼ばれるようになった。
そして、セルギオスはさらに自らの斧にも神のエネルギーが宿るイメージを脳裏に浮かべる。
彼の持つ斧にもまた神の名が刻まれており、呪符としての役割を果たすからだ。
「ボレアス、ノトス、エウロス、ゼビュロス大いなる四方の風と、その主にして海神ポセイドンの嫡子たるアイオロスに御願う。 季節の女神を運び、美神の誕生を言祝ぎ、イーリアスの英雄たちを支え、導きし御身の……」
さらに風の神々を讃える言葉を紡ぐと、セルギオスの手にした小ぶりの投げ斧が、風神の力を帯びて青く輝く。
……ザワリ。
この力の波動に敵も気付いたのか、一瞬風が凪いだかのように静かな殺気がセルギオスのうなじを撫でた。
フルチャージする余裕は無い! 威力はまだ足りないだろうが、この一撃で機先を制する!
近づいてくる人影に向かって、セルギオスは祈りの声と共に全力で斧を投げつけた!
「……風神よ、我に力を!!」
パアァァァァァン!
投げつけた斧が音速を超え、大気の壁を突き破る音を残して飛んでゆく。
恐ろしい事に、敵はその超音速の攻撃にすら反応し、回避を試みようとするが……風神の導きを受けた投げ斧はけっして狙いを外さない。
一瞬でその進路を変更し、過たず敵影に直撃する。
「……やった!」
思わず歓声が口をつくが、まだ終わったわけではない。
おそらく敵はあの一撃を受けてもまだ動けるはずだ。
ならば、敵にダメージが残っている間にケリをつける!!
セルギオスは即座に敵の落下地点に駆け出し……
――ゾクッ
一瞬感じた殺気に、反射的に横へ飛ぶ。
ザクッ!
つい先ほどまでセルギオスのいた場所に、先ほどセルギオスの投げた斧が突き刺さった。
「ほほう。 鈍牛の癖におもったより反応良いのな」
声の主を探して横に振り向くと、そこにはいつのまにか細身の青年が佇んでおり、触れれば切れそうなほど鋭い視線をセルゲイオスに向けている。
その胸はザックリと大きな刃物で切り裂かれた跡があり、まだ赤く血が滲んでいるのだが……。
「な、なんで生きてるんだよ! 化け物め!」
わかっていたことだが、実際にこの目で見ると衝撃が隠せない。
アレは本来、並みの戦士ならダース単位で真っ二つに出来る威力があったのだ。
それを皮一枚切れただけでピンピンしているなど、常識的にありえない。
「ったく、マジ痛ェわこれ。 黒毛和牛に殴られたときと比べれば1/100ぐらいだけどさぁ? こんな雑魚に傷つけられたってのが俺のプライドを刺激するわけよ。 まぁ、この椎山 竜彦様にここまでの傷を与えた事はだけ評価してやんよ。 だがな……」
椎山と名乗る男は破れた服を引きちぎるようにして脱ぎ捨てると、まるで夜空が溶け出したかのような藍色のオーラを全身から滲ませ、無造作に両腕を構えた。
「お前、マジ殺す。 1000倍返しだ! 覚悟しやがれ!!」
その瞬間、椎山の姿がセルギオスの視界から掻き消える。
いや、消えたのではない。 むしろ今も視界には映っているのだが……。
ただ、その気配は目の前に居ても認識できないぐらい希薄であり、まるで風が吹き付けてきたようにしか感じられない。
これをいったいどのように表現してよいのだろうか。
ただ、ひとつ言える事は、椎山はその動きに気づかないほど滑らかに、そして目で捉えられないほどの速さで踏み込んできたのだ。
ここにミノルが居たならば、それが古武術と呼ばれる武術の歩法であり、摺り足という地面を擦るような足捌きを極限まで極めた結果である事を語ったであろう。
人の目は、それがあまりにも滑らかに動きすぎると、それが大きな変化であっても見落としてしまうのだ。
そこに隠形の術を併用するという……頭が二つあっても無理な離れ業こそが、椎山の得意とする術である。
人呼んで"隠流"
「――がッ!?」
気がつくと、その藍色の風はセルギオスの懐に深くもぐりこみ、その襟首を掴むと、彼の足を蹴り飛ばした。
気がつけば、位置の間にか天地はさかさまになっており、天頂に激しい痛みを感じてセルギオスの長身が地面に仰向けのままひっくり返っていた。
おそらく投げ飛ばされたのだろうが、あまりにも技が高度すぎて何が起こったのかサッパリわからない。
意識が混濁する中、相手の追撃を避けるためにとりあえず横に転がろうとするが……
がっ!
突然首に鉤爪のような硬い感触が走り、気がつけばセルギオスの体は椎山に首を絞められたまま持ち上げられていた。
「なんだ、弱いな。 最初の一撃がけっこうヤバゲだったから、少しは楽しめると思ったんだけどなぁ」
あまりにも傲慢な台詞と共に、セルギオスの体は地面の上に無造作に投げ捨てられた。
悔しい……自分はそんな哀れみを受けるほど弱くは無い!
そう叫びたくても、現実は残酷だ。
「ハンデをくれてやんよ。 上着ぐらい脱いでおけ。 今のままでは、締め技も投げ技もかけやすすぎて遊びにもなんねぇわ。 あ、全裸は勘弁な」
古武術と呼ばれる武術の多くは投げと締めを中心としており、相手の襟や袖といった衣を利用する技が数多く存在している。
ゆえに、彼らと相対するときは上着を脱いだ方が圧倒的に戦いやすくなるのだ。
「ふ、ふざけるなあぁぁぁぁっ!!」
セルギオスは懐からやや大きめのナイフを二本取り出すと、その切っ先に風の魔力をのせて次々と繰り出した。
「おほぉおぉぅっ!? こいつはすげぇ! おまえ、本当にミノタウロスか!?」
椎山の口から、そんな感嘆の声が飛び出す。
ミノタウロスにあるまじきスピード重視の攻撃方法と、風の魔術によるさらなる身体加速。
これこそが彼をしてミノタロウスの代表にさせた彼本来の戦闘スタイルであった。
突き出す腕が何本にもブレるほどの嵐のようなナイフ捌き。
一流と呼ばれる戦士たちでも、この怒涛の攻撃の前ではなす術もなく血達磨にされることだろう。
だが――椎山と呼ばれる男には掠りもしない。
逆に掠りさえすれば、こんどは切っ先にこめられた"平穏"の魔力によって戦う意思を奪われ、即座に血の海に沈める事が出来るのだが……
「うははは! 漲ってきたあぁぁぁぁっ!」
椎山は彼の攻撃を笑いながらスルスルと交わし、逆に彼の手をとって軽々と投げ飛ばす。
「ほら、こいよ! まだ楽しませてくれるんだろ?」
まずい……このままでは、風の魔力が切れた時点で瞬殺される!
呪符の魔力はすでに残り少なかった。
格上の相手と戦うには……まずは、自分と相手の力の差を正しく理解しなければならない。
セルギオスは椎山を睨みつけながら必死で考える。
腕力は……たぶんこちらが上。
体力は、最初の一撃を喰らってピンピンしているあたり向こうが上と考えた方が良いかもしれない。
知力はなんとなく負けてないような気がする。
精神力は……根性だけは絶対に負けない!
――どうしよう? 勝てる要素が見つからない。
こちらがどんな攻撃を仕掛けようとも、相手が軽々と避けるイメージしか浮かばないのだ。
いや、相手が想定していない戦い方をすればあるいは!
見たところ、椎山の武術は人と戦うことを想定したものだ。
関節技や投げ技が中心ということは、おそらく竜や大型獣などの体の構造の違う生き物を相手にすることを本来想定していない戦い方なのだ。
そう、相手は人で、自分はミノタウロス……両者の違いは……
「……俺は、この一撃に全てをかける!」
「御託はいいから、さっさと来いや!」
おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
雄叫びと共に、セルギオスは持てる力の全てを注ぎ、最速の一撃を繰り出した。
「なんだ、つまらんな」
凄まじいスピードで繰り出された"突き"を、椎山はくだらなそうな表情で半歩横に動いて避けると、その腕を掴み、投げようと――
……かかった!
セルギオスは、自らが賭けに勝ったことを確信し、"もう一つの武器"を振りかぶった。
相手の体を覆う氣の鎧を残り少ない風の魔術で突き破り、その先端を柔らかな肌へと届ける。
ザクッ
肉をえぐる感触が、何よりも増してダイレクトに伝わってきた。
――この感触だけはいつまでたっても苦手だ。
「……ぐあっ!? お、お前……」
椎山の口から、驚愕と苦痛の声が洩れる。
その胸には、セルギオスの渾身の一撃……彼の"角"が深々と突き刺さっていた。
セルギオスがその鋭い角を引き抜くと、胸から大量の血を噴出しながら椎山が仰向けに倒れる。
「……か、勝った」
その掠れた声は、空気に溶けて消えてしまいそうなほど小さく、呟いた本人以外の誰の耳に届くこともなく静寂に飲み込まれた。
いくらなんでも、これで倒せないということは無いだろう。
仮に倒せなくても、これだけの手傷を負った状態で戦いに参加する事できまい。
そうだ。 そうに違いない。
自分の役目は終わった…これで安らかに眠れる……
椎山の体が地面に沈んだのを確認すると同時に、セルギオスの意識もまた、ゆっくりと安息の淵に沈んでいった。
「勝った……じゃねぇよ。 この馬鹿ホルスタイン」
上半身を起こした椎山は、面白くもなさそうにそう呟いた。
「ま、よくがんばったよ。 油断していたのもあるけど、最後のヤツは正直やばかった」
そう語る椎山の脇腹は大きく裂け、赤い血がドクドクと噴出している。
普通なら即死の大怪我なのだが、そこは痩せても枯れても黒毛和牛の加護を受けた眷属。
神としてのミノルの御利益により、椎山の生命力は台所の怪奇生物Gも頭を垂れるレベルまで高められてある。
具体的に言えば、臓器の一つや二つが潰れたぐらいでは問題なく動き回る事もできるし、そもそも強い魔力を伴った攻撃でもなければ挽肉にされても死ぬことは無いのだ。
「お前にとっては悲しいけど、俺にも備えがあってね。 まぁ、このままでも死にはしないんだけどさ」
そう呟くと同時に、椎山は腰につけた袋から丸薬を一つ取り出して口に含んだ。
「うっわ、苦っ!」
次の瞬間、地面に撒き散らされた血が、生き物のように動いて椎山の体の中に戻ってゆく。
そして全ての血が椎山の体の中に戻った頃には、胸の傷跡さえもなくなっていた。
「はー さすが黒毛和牛特製の金丹。 よく効くわ」
やる気の無い声でそう呟き、さっさと立ち去ろうとする椎山だが、視界に倒れたままのセルギオスの姿を見つけ、ふと足を止める。
ニヤリ
彼の顔に、悪戯を思いついたワルガキのような笑みが浮かんだ。
まったくダメージを感じさせない動きでセルギオスの体をひっくり返し、窒息しないようにあお向けにすると、その懐から紙とペンを取り出してなにやら手紙を書き始める。
「あー だめだ。 俺様、もうだめ。 血を流しすぎて貧血だわ。 もー無理。 梶(神人A)、米田(神人B)、あとはまかせたー」
天に向かって思いっきり棒読みでそう叫ぶと、その手紙にフッと軽く息を拭きかけた。
次の瞬間、手紙は白い鳩となり、どこへともなく飛び去ってゆく。
そして椎山は、微笑んだまま気絶しているセルギオスの隣に大の字になって寝転びも目を閉じた。
「俺、今回働きすぎだよね。 ふぁぁあぁぁぁぁ眠ひ……」
「この……ごくつぶしが」
そのままいびきをかいて昼寝をする椎山――神人Cを上空から遠視魔法で覗き込み、ミノルは深い溜息を吐くのだった。
神人C vs セルギオス : 引き分け?