第二十章:ジャンピングボール【黒毛和牛】始動せず
協議の結果、パンツの着用が義務付けられたミノタロウス達は、えらく不機嫌だった。
「なぜだ! なぜ、神に捧げる神聖なる闘いに、着衣が義務づけられねばならんのだ!!」
文化と言うものの恐ろしさを、これでもかと感じさせる台詞である。
「お前ら家畜は裸でよくても、人間様はよくネェんだよ!」
相手チームの代表らしき金髪のミノタロウスに、嫌悪感も露に侮蔑の言葉を浴びせかけるのは神人C。
「貴様……族長グラウコスの長子にして、我が部族最強の戦士であるあるこのアクルマイオンを愚弄するか!」
「お前を愚弄しているんじゃない。 お前らの文化自体が変だといっているのだ」
……ザワッ
今度は神人Bの舌鋒が容赦なく放たれると、ミノタロウスの間から殺気を帯びたざわめきがあふれ出す。
まぁ、いくらそういう文化であるとはいえ、相手の流儀に巻き込まれて公衆の面前で全裸になるなど、日本人の感覚としてはたまったものではないだろう。
とはいえ、それを考えもなしに口にすれば自ずと角が立つ。
「貴様、五体満足で明日の朝日を拝めると思うなよ」
物騒な台詞を吐くアルクマイオンに、神人たちは台詞を返すことなく、冷ややかな笑みを向けるだけだった。
その態度が、さらにミノタウロスたちの神経を逆撫でる。
「このっ……」
「よせ!」
ミノタロウスの一人が、周囲が止める間もなく前に出て、その拳を振り上げた。
パシン!
だが、その人の頭よりも大きな拳が、軽い音を立てて受け止められる。
「お前ら、何を考えているのかは知らんが、神聖なる競技場で喧嘩なんぞと言う低俗な行いは許さんぞ」
その拳を受け止めたのは、開会宣言のために地上に降りてきたミノルだった。
「それぞれ横一列に並べ。 開会の宣言とルールについて説明をする」
ドスの聞いた低い声でそう告げられると、神人とミノタロウスたちは大人しく横一列に並び、ミノルを挟んで親の敵を見るように睨みあう。
そんな両者を他所に、ミノルは懐から一巻の巻物を取り出した。
巻物の題名を見た瞬間、ミノタウロスは表情を引き締め、神人たちは……
口をポカンとあたけまま、顔に青い縦線が入って『大丈夫か? これ』とでも言いたそうな顔になる。
「この聖典によれば、そもそもバスケットとは西域に住んでいた遊牧民族、栖斗莉威人が、己の持つ馬を放牧するための土地を賭けて行った祭典、馬主決闘であったと記されている」
彼の手にある経典には、次のような題名が記されていた。
民冥漢書房秘伝書第一巻『栖斗莉威人 馬守決闘暴留お留め書き』。
記されている文字が、アヤモリの手書きの文字に非常に似ているのはきっと気のせいだ。
「本来は、討ち取った相手の首を自軍に設置された籠に投げ入れ、その数を競うものであったとされるが、観世音菩薩の導きにより到来した三蔵法師に諭され、首のかわりに鞠を投げ入れるようになった」
ンな訳ネェだろ!
……と神人たちは思うのだが、残念な事に、ここにツッコミを入れるような勇者は存在しない。
ミノルはこの上も無く大真面目だし、ミノタロウスも神妙な顔でウンウンと頷くのみ。
無論、この放送を聴いている現代人間社会出身の召喚獣達は、のきなみ呼吸困難の大惨事だ。
「攻め手は鞠をつきながら敵陣を突破し、神像のもつ籠の中に鞠を納めよ!」
その力強い声に、大地が震える。
「そして、守り手は攻め手を阻み、鞠を奪え」
地の底から響くような声が、闘志をかきたてた。
そして神人たちは、これをまともなスポーツ競技として考える事を諦めた。
「攻め手が鞠を籠に入れるか、守り手が攻め手から鞠を奪った場合は、即座に攻守が交代し、それぞれが定められた場所へ転移させられる」
こんなところだけは妙にバスケットボールであるが、もはや原型はどこにも残っていない。
「なお、手段は選ぶな。 勝利が欲しければ、殺してでも相手から鞠を奪い去れ。 そして、邪魔する者を全てなぎ払い、神に鞠に捧げるのだ!!」
はっきり言って、スポーツの名を借りたヤ●ザの出入り前の演説のように聞こえるのは、神人たちの錯覚だろうか?
「では、ただいまより、バスケットボールによる決闘を開始する! 俺の投げあげたボールを取ったほうが最初の攻め手だ!」
やる気マンマンなミノタロウスと、辟易した表情の神人達を置いてけぼりにしたまま、ボールを手にしたミノルが吼えた。
「全力で行くぞおるあぁぁぁぁぁっ!!」
そもそも、スポーツのはずが決闘とか言ってるし!
心の中でツッコミをいれながら、付き合いの長い神人達は素早く身を伏せて頭を抱える。
一瞬、神人達の行動を理解できなかったミノタウロスが、目を見開いてポカンと口をあけた。
次の瞬間、ミノルが手加減なしでボールを上に投げ上げる……が。
ドォォオォォォォォォォン!
バスケットにはありえない大砲のような音が発生し、周囲に衝撃波を撒き散らす。
振り上げる腕はもはや影すらも映らず、投げられたボールは一瞬で掻き消え、荒れ狂う爆風になす術もなく弾き飛ばされたミノタウロス達が宙に舞い上がった。
「おーっと、なんて派手なジャンプボール! ミノタウロスは全員耐え切れずノックアウトだ!! 立てるか? 立ち上がれるのか!?」
地面に叩き落されたままピクリとも動かない三人のミノタウロスをスクリーンに映し出し、ドミニオが拳を振り上げ、唾を飛ばす。
その隣では、記録映像を覗き込みながらラメシュワールが万能章でなにやら計算を行っていた。
「ふむ、映像記録から割り出されたジャンプボールの速度は、秒速12000m前後と見られる。 実にすばらしいな!」
「すばらしいというか、すさまじいの間違いだろ。 ……一人で納得してないで、どういうことなのかもうちょい解りやすく教えてくれるか?」
その計算結果に一人感嘆の溜息をつくラメシュワール。
だが、数字だけではなにがすばらしいのかわからないため、視聴者を代表してドミニオがそう問いかけると、ラメシュワールは実に残念なモノをみるような顔して一つ溜息をついた。
「あくまでも有神世界の地球を基準とした計算だが、地球の重力を振り切って宇宙の彼方へと旅立つためには、第二宇宙速度と呼ばれる速度が必要になる。その速度は、おおよそ秒速11200m」
そこで、いつものようにくいっと指で眼鏡の位置をなおす。
「この世界においても、同じ速度を出すことが出来れば、大地の鎖を断ち切って、星の世界に旅立つことが出来るのは、100年前のトールシュタッドでの打ち上げ実験で実証されている」
「嫌な予感しかしないが、具体的に言うとどうなる?」
結果は理解しているのだが、どうにも認めたく無いモノは存在する。
今のドミニオの顔こそ、まさにそんなモノを見つけた表情だった。
「まぁ、ボールが地上に帰ってくる事は無いということだ。 月の重力も計算にいれて軌道を割り出したが、間違いない」
「まて、それ、まずくないか? ……試合はどうするんだよ!!」
そう、このままではジャンプボールがいつまでも終わらない。
まさか、ジャンプボールを追いかけて宇宙空間に飛び出すわけにも行かないし、そもそもそんな速度で投げたのならば、途中の大気摩擦でボールが粉々に粉砕されているに違いない。
「悪いが、そんな些細な事に興味はなくてね」
「だあぁぁぁっ! 誰かこいつらなんとかしてくれ!!」
その"こいつら"にミノルが含まれているかどうか、おそらく含まれているのだろうとは全員が思ったが、真実を問いただそうとするものは一人たりともいなかった。
旧い言葉に曰く。
"触らぬ神に祟り無し"
ボールの回収を諦め、気絶したミノタウロスの治療が終わり、不貞腐れるミノルを説得した後に……
彼らがふたたび競技を開始したのは、ジャンプボールが行われてから2時間後のことだった。
「はい、加減を知らないミノ君にかわって、こんどは私がジャンプボールを投げますね?」
ミノルに変わって試合会場に姿わ見せたのは、銀の髪と紫の瞳をした一人の少女だった。
フードを深めに被り、顔の下半分を布で覆っているため、その顔立ちはほとんどわからないのだが、その隙間から見えている紫水晶のような瞳だけでも心が蕩けそうなほどに美しく、彼女の容貌が並外れているのは想像に難くない。
そのフードから零れた銀髪が揺れるだけで、ミノタウロス達の目がその行方を追って右へ左へと揺れ惑う。
彼らの脂下がった表情を見る神人達の表情は苦い。
――中身と実情を知らないって事は幸せだよな。
「そこ、何か言った?」
神人の誰かがふと漏らした呟きに、シアナが首をかしげて反応する。
「「いいえ、滅相も無い」」
いくら見た目が美しくとも、これは黒毛和牛の相方である。
性格はかなりの肉食系でわがままで、しかも嫉妬深いし、下手に手を出せばミノルによって物理的にすりつぶされると言う特大のオマケつきだ。
……綺麗に見えても毒の花。
しかも、幹は黒い毒サボテン。
摘む事はおろか、触れようとするだけで死は免れまい。
それでも、その姿を人目見れば求めずには居られないというのだから罪深い話である。
「はい、ではジャンプボールを投げますねー てぁっ!」
碌な前置きも無くそう告げたシアナは、気の抜けるような声で一声叫ぶと、ボールを頭上に放り投げた。
――彼女の手から、およそ90cm程度上へ。
「「低っ!?」」
これでは、ミノタウロスの頭の高さにも届かない。
あっけにとられる6人の前で、ボールはただポンポンと軽い音を立てながら地面を転がっていった。
「くそっ、こんなのどこが"ジャンピングボール"だよ! 拾え! ボールを回収するんだ!」
地面を転がるボールに、厳つい男たちが殺到する。
「なによ! 一生懸命投げたのにっ!」
神人達の口から思わず洩れた台詞に、シアナの機嫌がどん底まで落下する。
慌てて口を押さえるが、もう遅い。
「さっきは高すぎて困ったが、こんどは低すぎとは……神聖なる祭典にこんな小さな少年を関わらせるからこんなことになるのだ」
トドメとばかりに、ミノタウロスからもそんな台詞が放たれた。
「……しょ、少年!?」
ミノタウロスたちが、シアナを少年と思っていたうえで欲情していた事も大いに問題だが、シアナにとっては別の意味で聞き捨てならない言葉が含まれていた。
実際には、オリンピックなどが女人禁制であったための勘違いなのだが、当の本人がそんな情報に心当たりがあるはずもなく……
「……胸? そう、胸なのね? 胸がなければ女じゃないとでもいいたいのね? よーくわかったわ」
震えながら響く暗い声に、神人達は早々にボールの奪取を諦めてわき目も降らず逃げ出した。
「エグゼビアちゃん、モルディーナちゃん、ちょっと力をかしてちょうだい!」
虚空へと呼びかけるシアナの声に応じ、彼女の傍らに二柱の精霊が忽然と現れる。
「……どうやら彼らは刺激が足りてないようよ。 私からのプレゼントとして、この試合会場を鋼の茨で覆ってあげてちょうだい」
シアナが冷たい声でそう告げると、
「御心のままに。 我が主人」
緑のドレスを纏った金髪の精霊は優雅に一礼し、
「なんか……胸だけで性別を判断するって、とっても汚らわしいと思います」
オレンジ色の髪を三つ編みにした精霊は、その清楚な顔を曇らせた。
そんな彼女の胸も、実にささやかである。
精霊たちの同意をえたシアナは、ひとつ頷いて、その両腕を大きく広げる。
パン!
そして、一つ拍手を打った瞬間、世界は激変した。
ドガアァァァァッ!
足元から千の大蛇がわきあがる如く、人の体よりも太い茨が地面から次々と顔を出す。
「に、逃げろ!」
さすがにボールを追っている場合ではないと判断したアルクマイオンが全員に撤退命令を出すが、その慌てふためく様を見てシアナが冷たく笑う。
「逃がさないで。 裸にひん向いて逆さ釣りにするのよ」
とても乙女の台詞とは思いたくない言葉が、その小さな唇から零れる。
その声に精霊たちが応え、細い金属の糸が次々とミノタウロスに襲いかかった。
「おー、無様なものだな」
シアナが暴れてから10分後。
すっかり地形が変わったセンターサークル付近に、神人達が舞い戻ってきた。
「頼む……降ろしてくれ」
「なぜだ? 我らが何をしたというのだ?」
「というより、何なのだあの子供達は! バケモノではないか!!」
そこには、三人のミノタウロスが泣きながら宙釣りになっている。
せめてもの救いは、彼らの衣服を剥ぎ取る前に、ミノルがシアナと精霊を回収したことだろうか。
「無知とは罪だな。 シアナ嬢の前で胸と身長の話をすれば、命は無いとお思え……お、椎山。 ボールあったのか?」
神人Bが無関心な口調で彼らの問いに答えていると、金属製の茨を掻き分けていた神人Cから、ボールが見つかったとの声が上がった。
「では、先行は俺たちがいただく。 お前らはせいぜいポセイドン神像の前でガタガタ震えながら祈りでも捧げているがいい」
神人Aがその台詞と共にボールを手に取ると、あらかじめフィールドにかかっていた魔術によってミノタウロスたちの姿はかき消すようにその場からなくなった。