第十九章:捜索願出願中【黒毛和牛】ウチの常識を知りませんか?
闘いの舞台は、島の南にある砂丘の上に造られた。
ただし、その会場を見て、バスケットを連想するものはただの一人も居ないことを断言できる。
……なぜなら。
その試合会場の大きさは……南北15km、東西14km、ゴールは全長30mの巨大なポセイドン像の差し出した手の指の先にくっついている。
ゴールの周囲は直径12.5kmの球状の結界に覆われており、さらにその周囲は人がスッポリ隠れるような塹壕や、有刺鉄線によるバリケードが縦横無尽に張り巡らされていた。
不意に、そのコートの一角に、エサである蛇の姿を見つけた鷲が舞い降り……
――カチッ。
チュドーーーーン!!
突然地面が大爆発を引き起こす。
どうやら、あちこちに地雷でも敷設されているらしい。
周囲に漂う、血と肉の焦げたキナ臭い匂い。
おそらく、風に乗って火薬の臭いとマシンガンの音が聞こえたとしてもまったく違和感が無いだろう。
どちらかといえば、マシンガンよりもレーザービームが飛び交った方が似合いそうな気がするほどのカオスっぷりだ。
そして爆煙が晴れると即座に漆黒のオーラが地上に舞い降りて、四散した鷲と蛇の肉体が一瞬で再生する。
どうやら、このフィールドにはミノルによって再生の魔術が仕掛けられているらしい。
ついでに爆散した地雷も元に戻っているあたり余計な事をするというか、えげつないというか……
命拾いをした鷹と蛇が即座にその場から逃げ去ったのは言うまでも無い。
いろんな意味で、世紀末でもここまで酷いことにはならないだろう。
いや、何よりも酷いのは、きっとここで行われる競技がバスケットと呼ばれることだろうか。
いったい誰がこんなカオスな競技をバスケットだとミノルに教えたのかは定かではないが、その荒唐無稽な妄想を褒めるべきか、ここまでやっておいてまだ騙されている事に気付かないミノルたちを笑うべきか……実に判断に悩む罪深い行いである。
「さぁ、いよいよ始まりました! ポセイドン杯3on3バスケットボール大会! 戦いを征して、この島の派遣を手に入れるのは誰なのか!?」
神々の意向により、無理やり作られた晴天の下、やたらとテンションの高い男の声が朗々とこだまする。
ちなみにこの島の半径20km圏外は、この場所を無理やり晴天にした余波で大雨、洪水、雷注意報が発令中だ。
神様の職権乱用、まさにここに極められたりと言ったところか。
「実況は、ホントは自分が参加して暴れたい、俺、肉体派天使ドミニオと!」
「ほんとは自分の部屋に篭ってゴーレム用のオートバランサーのテスト歩行をやりたいラメシュワールでお送りする。 ……それにしても面倒だ。 帰りたいのだが、代役はいないのか?」
声の主は、上空100mを飛行中の浮遊ラボのテラスから好き勝手に放送中である。
いったい誰がこんなものを見に来るかと思うのだが、現実は観客席が全て埋まって立ち見が出るほどの盛況である。
その大半は、暇をもて余した召喚獣や守護神たち、その契約者である召喚師などであったりするが。
……なぜこんな事になっているかというと。
召喚師達は異世界の出身であるためにバスケットなど聞いた事も無いし、召喚獣の元となっている奉仕者たちは、そのほとんどが現代社会とは隔絶した隠れ里の出身であるため、バスケットなど聞いたことしかない連中ばかりである。
そんな彼らに、異世界のスポーツやるから観戦に来ないか?
……と一声かければ、物好きな彼らの事だ。
世界の果てからでも即座に飛んでくる。
中には現代社会出身の召喚獣もいるのだが、彼らは本物のバスケットとのギャップ襲われ、会場を見るなり腹筋崩壊の憂き目に遭い、その勘違いっぷりを指摘する余力を根こそぎ奪われていた。
それに、こんな楽しい間違い、わざわざ指摘するほど彼らはやさしくは無い。
特に、ミノルの年上の友人である善きサマリア人の笑いっぷりは、周囲が大丈夫かと心配するほどであったという。
ちなみに周囲の海に元から住んでいるマーフォークの皆さんも、ミノルから招待を受けて、ラボの基底部に取り付けられた巨大水槽の底のガラスを通して観戦中である。
スポーツを通して近隣住人の好意を誘うあたり、ミノルもなかなかにやる事があざとい。
もっとも、間違いなく発案はアイかアヤモリあたりであろうが。
「さて、この戦いどちらが勝つとお思いですか? ラメシュワールさん!」
「どっちが勝っても良いから、さっさと部屋に戻りたい」
「はい、ノリの悪いひっきーな研究者はこれだから困りますね! おっと、いよいよ黒毛和牛側の選手が入場です!」
「君とは一度話しをつける必要がありそうだな、ドミニオ」
ジト目で呟くラメシュワールを他所に、センターサークルの中が光に満ちる。
そして、光の中から三人の人影が現れた。
……だが。
薄っすらと開いた口、やる気の無い上目遣い、傾いたままの頭に位置が定まらない首。
それにも増して、周囲の空気が腐りそうな気だるさが、三人を中心にドンヨリと垂れ流されている。
今の様子を、単語一つで表すならば"汚染"。
おもわず見ている方の目が腐りそうなほどの、映画監督からスカウトされそうな見事なゾンビっぷりである。
「なんか……私よりやる気が無いな」
「死んだ魚のような目をしてますねっ! いっぱつ気合のビンタを入れたい気分です!」
「やめとけ。 お前に力でやったら、首の骨が折れる。 ついでにそのわざとらしい司会者口調キモい」
「……表に出やがれ、この陰険眼鏡」
険悪な司会担当を他所に、再びセンターサークルに光が満ちる。
「つづいて、ミノタロウス側の選手、入……場……こ。これはいけませんっ!」
「あー これはまずいな」
「ミノタロウス側の選手、裸です! 全裸です! 黒毛和牛と比べるとお子様みたいなものですが、それなりにご立派なものがぶら下がってます!」
ラメシュワールが光学魔術を即座に発動し、ミノタロウスの際どい部分にモザイク処理を発動させる。
所変わって、観客席の最上段。
「おい、こら! こっちには女性の観客もいるんだぞ! なんて格好してやがる!!」
「……神に捧げる神聖な戦いだぞ? 裸で当然ではないか」
この試合の主催とも言えるミノルとグラウコスの間で意見の相違が発生していた。
「はい、ここにきて文化の違いが出たようですね。 解説をお願いします。 ラメシュワールさん」
「面倒だがしかたあるまい。 ……古代ギリシャのスポーツとは、すなわち神への捧げものだ。 そのため、何一つ隔すものがない正々堂々とした行為である事を示すために、全てのスポーツは全裸で行われる習慣があった」
「そのため、オリンピックも本来は女人禁制! 参加選手は全員が男だったと言われています!」
困惑するグラウコスの胸倉を掴んでガクガクしていたミノルだが、解説の音声を耳にして、フムと顎に手を当てる。
「……言われて見れば、この戦いはギリシャの神に捧げるモノだ。 ならば、ギリシャ式にのっとるべきか。 おい、三馬鹿。 パンツ脱げ」
頭の先から足の先までドップリ魔術に使っているだけあって、ミノルにとっての価値観は、現在社会の常識よりもまず信仰と礼拝の形が優先される。
「「いっぺん死ねや、この黒毛和牛!!」」
音声魔術の仕込まれた呪符で選手会場の三神人にそんな指示を出すと、即座に罵声が返ってきた。
どうやら、三神人のほうがミノルより常識人に近いようである。
だが。
「とりあえず、あの牛頭共もパンツぐらい履くべきね。 ミノ兄のえぐいモノを見慣れた私も、これはちょっとね」
ポツリと呟かれた妹の言葉に、ミノルが思わず目を丸くした。
「ちょっとまて! なんで見慣れてるんだよ!」
「ミノ兄は知らなくていいことよ。 それに、よく風呂に入ったときにパンツ準備するの忘れて、裸で家の中歩いていることあるでしょ」
「馬鹿な! なぜそれを知っている!? 家に誰もいない時しかやってないのに!」
牛島家の真実が暴露される中、不意にシアナがアイの腕をしっかりと掴んだ。
「アイちゃん……」
「……何よ」
「一枚いくら?」
「残念ね、非売品よ」
その時、二人の乙女の目は完全に獣の輝きを宿していたという。
「なんて会話してやがる! このナンチャッテ乙女共がぁっ! 少しは俺の幻想に気を使え!!」
「「いいのよ、ミノ君(ミノ兄)は私のだから!!」」
……俺の人権と肖像権はどこにいった。
ミノルの呟きに、答えを返す者は誰ひとりいなかったという。
「で、結局どうするんっスか?」
横で見ていたアヤモリが呆れたように声をかけると、
「とりあえず神様権限でミノタロウス共にパンツを履かせろ。 話はそれからだ」
ミノルの口から忌々しげに常識的な結論が吐き出された。
その視線の先では、顔を真っ赤にしたミュシャが鼻血を噴きながら地面に倒れている。
案外、彼女が一番まともな神経をしているのかもしれない。
【マーフォーク:Merfolk 】……そのまんま、英語で『海の人々』と言う意味。 この世界のマーフォークは、水中で呼吸が可能な亜人類と定義する。 イギリス系の海神リルが作り出した存在であり、知能は人間と同程度。 陸上での呼吸もできるが、水の無い場所ではすぐに脱水症状を引き起こすため、陸上で活動することを好まない。