第十八章:信じてる?【黒毛和牛】信じろよ
あーあー マイクのテスト中。
この放送を聴いている三バカに告ぐ。
30秒以内に俺のところまで出頭せよ。
こない場合は、天罰として台所の怪奇生物Gを、千匹ほど毎晩寝ているところにけしかける。
「「お前は鬼かぁぁぁぁぁぁっ!」」
ミノルの野太い声が島中に響いたその瞬間、それまで島にボールを持ち込んで遊んでいた男三人が異口同音に絶叫した。
「急げ! あのクソガキは本気でやるぞ!」
焦った口調でそう叫ぶのは、三馬鹿のリーダーこと神人A。
「だが、ヤツがどこにいるかわかるのか? 術で探知するにも、あの根性曲がりの事だから探知防止の結界の中だと思うぞ」
そう言って首を傾げるのは、三馬鹿の中でも不動のイエローと名高い神人C。
「ふっ、任せておけ。 向こうの居場所がわからないならば、向こうから来てもらえばいいじゃないか」
冷静に鼻で笑うのは、頭脳担当だけど所詮は三馬鹿と評判の神人B。
三人は揃って深く頷き、そして息を大きく吸い込む。
「「皆さん、聞いてください。 どこぞの黒毛和牛は身長199㎝と自称していますが、実は……」」
ブンッ……
「俺はまだ200㎝には届いてないっ!」
いったいどこから飛んできたのか知らないが、気が付くとミノルの巨体が三人の目の前に現れ、次の瞬間その豪腕がボーリングのピンのように哀れな三馬鹿を弾き飛ばした……かのように見えたが、三馬鹿と呼ばれようともミノルの側近を務める実力者である。
「……と言うことにはなっているよな」
神人Aはその手にした剣でミノルの拳を受け止め、
「まぁ、ソレが仮に本当でも時間の問題だと思いますよ」
神人Bは神力を帯びた無数の糸でその身を守り、
「だって、一族の男子の平均身長が210㎝だしな」
神人Cは近くの岩を身代わりにしてその攻撃をやり過ごしていた。
もっとも、次の瞬間にはミノルの華麗なハイキックで三人仲良く宙を舞うのだが。
『本当は身長2mを超えてます』は、ミノルの前では口にしてはいけない禁句その1である。
まぁ、地獄耳なのでどこで言っても聞こえてしまうのではあるが。
「ほんとに言葉に遠慮がねぇな。 お前ら、ほんとに俺の侍従か!」
「はっ、俺ら以外にお前の侍従なんぞ務まるかよ」
「そうそう。 未だ逃げずに残っているだけありがたく思ってほしいですね!」
「ついでに縁結びと給料アップを要求する!」
2tトラックを軽々と宙を舞いあげるような蹴りを喰らっても平然としているあたり、彼の侍従と言うか眷属以外の何物でも無い。
「黙れ、三馬鹿。 何が給料だ! 何が縁結びだ! そう言うのはきっちり仕事してから言いやがれ!」
「「仕事しろと言うなら、きっちり給料払ってから言いやがれ!」」
ちなみに彼らの給料の源は、その大半が藍が売り払ったミノルのコレクションである。
「誰の稼ぎでメシ食ってられると思ってやがる!」
ミノルから美術品を強奪するアイの手腕でみんな食わせてもらっているのだが、本人の認識はどうも違うようだ。
「……いい加減キレたぞ。 お前らにはこれで十分だ」
「「うわ、いきなりキレやがった! 器が狭っ!!」」
いつもの如く三馬鹿のふてぶてしい物言いにキレたミノルが三叉の矛を呼び出す。
三馬鹿がやりすぎた事に気付く前に、その矛の先端に雷が生まれた。
「くたばれ! この三馬鹿が!!」
チュドーン! チュドーン! チュドーン!
三馬鹿の悲鳴を合図に、命がけの鬼ごっこが始まる。
彼らの愉快なお遊びが終結するまで数時間……すっかり夕日が沈んだ頃になり、形が変わってしまった入り江の片隅で、黒焦げになった三馬鹿を踏みつけたまま、ミノルはようやく用件を切り出した。
「……と言う訳で、お前ら、俺の代わりに試練の相手役になれ」
「何が"と言う訳で"だよ! 何も説明して無いだろ! と言うか、大事な事にかぎって説明を省くな!! ついでにお前の私事に俺らを使うな!」
「やかましわっ! 俺がやるとハンデやら何やらで鬱陶しい事になるんだよっ! お前ら俺の下僕なら、主のために粉骨砕身働け!! 基本的に死ぬ気で!」
「そうだな。 お前が命をかけるに足りる主ならやってやるよ」
ミノルの足の下に這い蹲りながら、神人Aが唇を歪めて嘲笑う。
「つまり、お前ら命はいらないって事だな」
間髪をいれずにミノルの足に力がこもり、神人たちの肋骨がミシミシと嫌な音を立てた。
「……まさ……か俺らを……恐怖だけ……で……服従……させる事が……出来る……なんて思って……ない……よな?」
痛みを堪えながら、神人Cが減らず口を叩く。
すると、ミノルは一旦その足をどけ……にやりと笑った。
その瞬間、神人達の背中に悪寒が走る。
まずい! 地雷を踏んだぞ! この馬鹿Cめ、俺らを巻き込むな!
彼らの知る限り、ミノルには何かロクでもないことをする前に、決まって笑う癖があるのだ。
彼らが身の危険を感じて逃げ出すと同時に、ミノルの身に纏う威圧感が物理的な質量すら伴って周囲を等しく押しつぶし……
ペキッ……パキッ
地面に転がる珊瑚の破片が、その重圧に潰されて次々と悲鳴のような音を立てて砕け始める。
――不味い。 まさかこいつ、本気で殺す気か?
その身を蝕む恐怖と重圧に、神人たちの背中に冷たい汗が流れ始めた。
いや、それはないだろ! これでも、ミノルが生まれたときからの付き合いだぞ!?
だが、彼らは嫌と言うほど知っていた。
ミノルが冗談のつもりで力を振るっただけでも自分たちが死にかねないことを。
おそらく彼に殺意は無い。 それだけは信じられる。
だが、それが殺されないと言う保証ではないのだ。
そもそも、ミノルは破壊神である。
彼の力の本質は"死"であり、"恐怖"であり、およそ近寄りがたきモノの代表格と言って差し支えない。
今まで、彼の存在を間違えて破滅に陥った者をどれだけ見てきたことか。
……ダメだ。 死ぬ。
三人が死を覚悟したその瞬間、体を押しつぶす重圧が不意に途切れた。
「なんだよ、本気で殺すとでも思ったのか? 冗談に決まってるだろ」
……お前の冗談は、人が死にかけるレベルなんだよ。
神人達は口にしかかった言葉を慌てて飲み込んだ。
「でだ。 軽く状況を説明するとだな。 ミノタウロスの団体がここに攻め込んできたんだが……」
「お前の兄弟だろ。 話し合いで決着つけろよ」
ミノルの拳が唸りを上げ、口を挟んだ神人Cが宙に舞う。
――アホが。 神人AとBは、同僚に向けて心の中で冷ややかに呟いた。
「さっき、代表者と決闘でケリをつけたつもりだったんだが、俺が直接出てもポセイドンに認めてもらえんのだ。 楽勝過ぎて試練にならないと言われてな」
その言葉に、神人達はウンウンと頷く。
たしかにそれはそうだろう。 このバケモノを相手に試練を課すならば、それは力技ではなくて搦め手でなくてはならない。
自分が試練を課すならば、間違いなくそうするだろう。
「でも、なんで俺らなんだ? 他にも候補は色々といるだろ」
ポツリと呟いた神人Aに、ミノルはバツが悪そうに目を反らした。
そう、この男、これでも手駒は山ほどいるのだ。
なにも自分たちを頼らなくても、手助けしようとする人間はそれなりにいるはずである。
「嫌な事言うなよ。 ……俺が頼れるような相手って、そんなに多くないんだぜ?」
「「頼る!? お前がか!?」」
ミノルが目を反らしたまま呟いた台詞に、思わず三人の台詞が重なった。
「だって、お前らは俺の側近だろ? 信頼して何か問題あるのか?」
あまりにも意外な事実。
まさかこの男からこんな台詞が出ようとは思ってもみなかったため、三人はそれぞれ自分野頬をつねって現実である事を確かめる。
「いや……問題は無いんだけど」
「むしろ、意外と言うか」
「俺ら、結構お前に逆らうし。 てっきり信頼はされて無いなーと」
今の三人の心境を表すなら、照れるというよりは、困惑に近い。
「信頼してるに決まってるだろ? 今まで頼るような事もなかったけどな」
「地味に傷つくぞ、その台詞」
神人Aが苦笑いを浮かべた。
そう、本人の能力があまりにも突出しすぎて、今まで誰かを必要とすること事態がなかったのだから、はっきり言って信頼されているかどうかなど試さける機会も無かったのである。
「で、我が主殿。 具体的に我らはどれだけの敵を倒せばよいので?」
「はっ、ミノタウロス如き、俺一人で残らずビーフジャーキーにしてやんよ!」
心なしか嬉しそうな顔で話しかけてきた神人BとCだが、対するミノルは若干困った顔になる。
「その……な? 試練の内容なんだが……」
「何か問題でもあるのか?」
言葉を濁すミノルに、神人Aが首を傾げる。
しばしの沈黙の後、ミノルの口から出た台詞は――
「3 on 3のストリートバスケットで決着をつける事になった」
「「なにぃぃぃぃぃぃっ!?」」
三人の口から、同じタイミングで悲鳴が上がった。
「まぁ……がんばれ」
そう言って励ますミノルの目は、完全に斜めを向いている。
「おいこら! 武闘派の俺らにバスケットやらしてどうする!」
「やかましい! クジ引きで決まったんだよ! 文句は、クジの中にそんな項目を放り込んだアヤモリに言え!」
神人Aの言い草に、ミノルが額に青筋を立てたまま吼えた。
ちなみにクジを引いたのは、ミノル本人である。
中を開いたときの脱力感は、もはや言語で表現することすらおこがましい。
「もっとマシな競技を上からゴリ押しすればよかったんじゃないのか?」
「シアナが全裸レスリング大会をゴリ押ししようとしていたが、お前らそっちのほうがよかったのか? クジ引きにする事でようやく納得させたんだぞ?」
三人の中では一番皮肉っぽい神人Bも、この返答には絶句する。
そんなポロリしかない下ネタ競技、筋肉フェチのシアナの一人儲けで終わるだけだ。
「まぁ、俺らも門外漢だが、ミノタウロス共もバスケットはやったことないよな。 そもそもあいつらルール知らないんじゃないのか?」
「……まぁ、なるようになる」
神人Cの台詞に、ミノルの視線が再び斜め下を彷徨った。
かたや戦闘力だけは有り余っているのにバスケットは未経験の三神人。
かたや戦闘民族であり、バスケットなんてスポーツは聞いた事も無いであろうミノタウロス達。
「「不安だ……」」
かくして、見事にそろった戦闘集団の、ルールすらうろ覚えな戦いが、今幕を開ける。
ちなみに、現代社会とは隔絶した魔術師の孤島に生まれ育ったミノルやアイも、バスケットなど話に聞いたことしかない遠い世界のお話である。
つまり、アヤモリ以外は誰もバスケットがどんなものか知らないのだが、まさか自分も知らないとは、口が裂けてもいえない見栄っ張りなミノルであった。