第十七章:挑戦者は【黒毛和牛】訳あり品
「団体様のご到着だな」
「……ブチコロス」
双眼鏡を降ろしてラメシュワールが呟くと、ミノルはその凶暴な面相の鼻面に皺をよせて低く唸った。
……あぁ、これは全員生きて帰す気は無いな。
ただでさえ凶暴なミノルだが、身内に手を出すとさらに烈火のごとく怒り狂う。
シアナの前では慈悲深いフリをしているが、結局のところミノルにとってこの世界の住人などゲームの中の登場人物とさほど変わりはしない。
止める者がいなければ、侵入者はおそらく髪の毛一本残さず無に還されるであろう。
「わざわざ待つまでも無ぇだろ。 ……いっそ、ここから雷を落として一気に殲滅するか」
「「よさんか!」」
案の定、船の姿を確認するなり問答無用で雷撃を放とうとし、その三叉の矛を振り上げたのだが、ドミニオとラメシュワールの二人がかりで説得し、なんとか最初は話し合いでと言う形に持ち込んだ。
とは言え、本人はいまだヤル気マンマンである。
その体のあちこちには時折小さく雷の蛇が走り回り、パチパチとはじけるような音を立てていた。
この島に近づいてきた船は、全部で6隻。
その全てが1隻で100人近く乗れそうなほど巨大な帆船である。
白い帆を波の荒い海の上に翻してやってくるその姿は、まるで白い巨鳥が翼を広げているかのようだ。
だが、その姿が近づくにつれ、その船のあちこちが砲撃を受けたように崩れ、あるいは黒く焦げついていることが目に入る。
ここにいたるまでに激しい戦いがあったのだろうか?
やがて大きな船では入り込めない浅瀬にまで近づくと、彼らは上陸用のボートが降ろし、意外なことにたった一隻の小船でこの島に近寄ってきた。
「なぁ、あの姿って……」
ドミニオが目を凝らして呟くと、ミノルもまた大きく頷いてその疑問を肯定する。
「ミノタウロスの集団だな」
油断なく矛を構えながら、緊張をはらんで呟き返す。
近づいてきた男達は、全員が牛の頭をしていた。
「去れ! この島はお前達を歓迎しない!!」
屈強なミノタウロスの一団が砂浜にたどり着くなり、ミノルは彼等を牽制するために矛を突きつけて、居丈高に拒絶の言葉をたたきつけた。
だが、彼等はミノルの威圧にも怯むことなく、片膝をついてその場に跪くと、
「我はミノタウロス族が長グラウコス。 我らが神ポセイドンのお導きにより、また我らが祖たるアステリオスの名においてこの地を貰い受けに参った。 そもそも、我等をこの地に招いたのは、ポセイドンの御使いたる貴方さまではないのか?」
その一団の中でもひときわ立派な体格をしたミノタウロスが、顔を上げて堂々とその来訪の目的を告げた。
「たしかにお前達をここに招いたのはポセイドンの意思である。 この島の主たらんと望むならば、ポセイドンより遣わされし雄牛と戦い、これを生贄として捧げるべし……とな」
「ならば、我らはその雄牛に挑み………」
頭を垂れたまま返事を返すその台詞を、ミノルは広げた手を前に突き出して遮る。
「ただし、その代理人である俺はお前達を認めない。 異論があるなら、力で押し通すが良い」
その言葉を受け、グラウコスと名乗ったミノタウロスは、その伝統的な武器である三日月斧を手に立ち上がった。
「我が神がお望みならば、このグラウコス、謹んで貴殿のお相手を仕る!」
そう答えるなり、グラウコスはその巨体からは想像もつかないスピードで斧を横なぎに振り払う。
だが、ミノルはその一撃をさらに上回るスピードで距離をとると、その手にした三叉の矛に魔力を込めて振り下ろす。
「滅びよ!」
その瞬間、直視もままならぬほどの光と共に、心臓が止まりそうなほどの怒号が大気を埋め尽くした。
――神の怒りの象徴である雷の一撃である。
本来なら天帝ゼウスの得意な攻撃だが、使いやすさからあえてミノルはこの攻撃方法を選んだ。
津波などを使えば、周囲の被害が甚大になるからである。
そして閃光が消えた後、大気を焦がすオゾンの臭いに、誰しもが哀れなミノタウロスが消し炭になっている光景を思い浮かべた。
だが……
「すさまじい魔力ではあるが、このグラウコス、恐れ多くも雷光様の御霊をこの身に宿す者。 いかな神の雷といえど、やすやすと倒せるとは思われぬことだ」
そこには、多少の火傷を負っただけで、ほぼ無傷のミノタウロスが仁王立ちになっていた。
「おまえ……巫師だったのか」
ミノルが眉間に皺を寄せながら忌々しげに呟く。
巫師とは召喚師から派生したような魔術師であり、召喚師が素体に奉仕者の魂と神の魄を降ろすのに対し、彼らは自らの体に直接神の魄を降ろす。
自分の肉体に召喚を行う行為は肉体的にも多大な負荷がかかり、さらに精神に異常をきたす恐れがあるため、彼らの寿命はおおむね短い。
さらに、自分の守護者として契約を結んだ神ただ一柱しかその身に宿すことは出来ないため、召喚師と比べて応用範囲も非常に狭くなる。
ちなみにアステリオスとは、ポセイドンの血を引く牛頭の魔神、すなわち神話に登場するミノタウロスの本当の名前である。
ミノタロウスとは、『ミノス王の牛』と言う意味の俗称に過ぎないのだ。
雷光の名の通り、雷をその眷属するアトテリオスの化身に対し、いくらミノルの魔力が強大といえども雷撃を与えたところで有効打になるはずも無い。
そう。
通常ならば。
「でもやっぱり雷撃」
ズドォォォォォォォン!
手にした槍から、再び雷が――今度は圧縮してレーザー光線のように指向性を強めた一撃を放つ。
「む、無駄なことを……」
ミノルの雷撃で吹っ飛ばされ、近くの岩山に叩きつけられたグラウコスが、破片を撒き散らしながらフラフラと立ち上がる。
「ほら、もういっちょ雷撃だ」
「ちょっとま……ぷごっ!?」
立ち上がったグラウコスに向かい、ミノルはさらに雷を圧縮したプラズマの塊、極太の荷電粒子束を叩きつける。
たしかに雷撃自体には耐性があるものの、圧縮したプラズマを叩きつけられればただでは済まない。
一瞬で吹き飛ばされて、硬い岩盤に叩きつけられ、グラウコスの姿がみるみるボロ雑巾のようになって行く。
「あれ、そろそろ止めた方が良くないか?」
防音の結界の中、ドミニオが横で見物している飼い主を横目で睨むと、彼女は髪を軽くかきあげて思案した後、にっこり笑ってこう言った。
「最近ストレス溜まっているから、ちょうどいいんじゃない?」
「まぁ、あれでもまだ手加減はしてるっスね。 調子に乗りすぎて世界地図を描きかえる必要が出るようなことしなきゃいいんですけど」
シアナのさらに隣で、アヤモリもまた肩をすくめる。
今のミノルが本気になれば、たとえ相手が雷神を身に宿していたところで敵ではないのだ。
「おらおらおら、雷の耐性には自信があるんだろ? まだまだ頑張れるよな?」
「なぁっ!? まて、やめ……」
「ん? もしかして出力が物足りないのか? いいぜ、思いっきりサービスしてやる。 なにせ、契約がポセイドンだからなぁ。 出力を今の1000倍にしても、まだまだ余裕あるぞ?」
ミノルがニヤニヤと笑いながら手を上げると、その周囲に巨大なプラズマ塊がいくつも生み出される。
「同じ手法というのも面白くないな。 次はレールガンの理論を応用してその辺の岩でもぶつけてみるか?」
一発がミサイルの直撃に匹敵するような攻撃を片手で繰り出しながら、ミノルはもの片方の手を顎に添えてそんなことを呟いた。
「はいはい、その辺にしておこうね、ミノ君。 ほら、相手はすでに戦闘不能だし」
「なんだ、もう終わりなのか?」
眉を八の字にしたミノルが残念そうにつぶやいて向こうを見れば、体中からプスプスと煙を上げたグラウコスは地面に大の字になって転がっており、指先一つ動かない。
「ま……まだ、負けては……ござらん。 しょ……勝負……」
シアナの声に反応して途切れ途切れにそんな強がりを呟くものの、すでに立ち上がることすら出来ない状態だ。
「はいはい。 それだけ派手にやられておいてまだそんな事を言える根性だけは認めてあげる。 でも、これ以上やったら死ぬよ?」
「……」
心配でも諭すでもない、ただ現実を突きつけるだけのシアナの言葉に、グラウコスはがっくりと膝をつく。
「……というわけで、決着は次回ね。 今回はルール無しだったけど、次回は制限をつけましょ」
「……は?」
だが、シアナの口から飛びだしたのは、思いも寄らぬ提案だった。
「な、なんでそんなことになるんだよ!」
決着がついたとばかりに項垂れていたグラウコスや、帰り支度を考えていたミノルから間の抜けた声があがる。
だが、シアナは腰に手を当てると当然のことだといわんばかりに、
「見てて面白くないから。 主に私とポセイドンが」
と言い放った。
「……俺は見世物じゃねぇぞ」
「何とでもおっしゃい。 だいたい、ミノ君がポセイドン降ろした状態でガチにやりあって勝てる相手なんて、この世界に存在しない事はわかりきっているでしょ? それじゃ試練にならないのよ。 ほら、ポセイドンもご不満みたいよ?」
万能章を操作し、ポセイドンからのメールをミノルの鼻面に突きつける。
そこには一言、『当たり前すぎてツマラン』と記されていた。
「叔父貴ぃぃぃぃぃぃっ!!」