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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
第二話:荒ぶる神に大地の安らぎを
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第十五章:海神さま【黒毛和牛】降臨中

挿絵(By みてみん)


 およそ、海鳥という生き物はいつもこんな光景の中で暮らしているのだろうか?

 ミノルは、その紺色の髪(・・・・)を撫でる潮風の冷たさに目を細めて心の中で呟いた。

 彼の立つ、空中要塞のごときラボの窓から下に広がるのは、見渡す限りの青い海。

 緑を帯びた南の海は波のつむぎだす白のストライプに彩られ、エナメル彩光の絵皿よりも煌びやかに日の光を照り返す。

 なんとも美しい……この海原こそが、彼――ポセイドンと化したミノルの統べる世界であった。


 ミノルが喚起魔術でクレタの雄牛を呼び出し、アネルと名づけてからはや二日。

 物質を任意の金属に変える力を持つ精霊モルディーナを呼び出したミノルは、海の砂を黄金とオリハルコンに変え、たった一日でポセイドンを呼び出すための神像を作り上げた。


 そしてその翌日にシアナの協力の下、ミノルはその神像を媒体として海神ポセイドンをこの世界に召喚し、現在はこの海を治める神として君臨している。

 故に今のミノルは、いつものTシャツに黒の皮パンツといったラフな姿ではなく、濃紺色の髪と瞳、堂々たる体躯を夜空のような深い青の衣装に身を包み、その上から漆黒の鎧を身につけた、まさに海の皇帝と言うべき姿だ。

 いつもにもまして威厳漂うその姿を見れば、大抵の者は地面に擦り付けてひれ伏すであろう。

 ……主に恐怖感から。


 もっとも、同化しているポセイドンの気配に気を配れば、実に御機嫌な波動が返ってくるあたりかなり満足しているようだ。

 ただ、ポセイドンからのリクエストである"顎鬚"は、シアナの強固な反対によって実現していない。

 泣く子も地頭も敵では無いが、シアナにだけは勝てないミノルである。


「ぶもぉー」

 そのミノルの後ろから彼の養子(?)アネルが甘えたような声を出すと、ミノルはその頭を引き寄せ、優しく撫でながら眼下の海を指差した。

「見えるか? アネル。 あの海が、もうすぐお前が暮らす島になるんだぞ?」

 だが、アネルはミノルの示した海原には興味を示さず、ただひたすらにミノルの背中に頭を摺り寄せる。

 ゴツい外見にも似合わず、すっかりお父さん子だ。

 ちなみに母親役はシアナが引き受けているが、下手に甘えると怪我をさせてしまいそうなのか、甘えるアネルの動きはぎこちない。


「先輩。 ちょっとこれ見てくれません?」

 親子の語らいに水を刺すようなことをしたのは、このラボでサンゴの研究を行っているミノルの後輩アヤモリである。

 

 彼が差し出したのは、海水の入った小さな金魚鉢だった。

 緑を帯びた水の中には、なにやら黄色い色をした木の枝のようなものが聳え立っている。

「もう出来上がったのか? さすがに早いな」

 その黄色い枝のようなもの――珊瑚の苗を見たミノルは、感心したように言葉を漏らす。

「時間があまりなかったからキツかったっスよ。 でも、先輩が海神の姿になってからはほんとに早かったっスね。 むろん、シアナさんとアイちゃんの協力も大きかったけど」

 珊瑚ともっとも相性の良い神格がメドゥーサだと突き止めた二人は、それまで育てた珊瑚を媒体にして、アイをメドゥーサとして再召喚したのである。

 そして、気難しいメドューサと契約することが出来た背景には、やはりミノルがポセイドンと契約を結んでいたという背景が大きい。

 その後は、女神の力を分析したラメシュワールの協力もあり、珊瑚の改良は恐ろしいまでにスピードアップを果たしていた。


「しかし、六方サンゴじゃなくて、八方サンゴをベースにするのか?」

 珊瑚の苗をしげしげと眺めながら、ミノルが呆れたように疑問を口にする。

 珊瑚にはいくつか種類があり、珊瑚礁を形成するのは六方サンゴと呼ばれる種類だ。

 一方の八方サンゴとは深海に住むサンゴであり、形成する骨格が硬質であるため、宝石として利用できるものを含む種類である。

 ただ、こちらは成長が非常に遅く、1cm成長するのに50年かかるものもあると言う。


「どうせ魔術で増殖させるなら、宝石サンゴで作ったほうが面白いでしょ?」

「アホ。 形成する骨格の形やらなにやら色々と違いすぎてどうにもならんわ。 まぁ、そのあたりはどうにかしよう」

 笑いながら金魚蜂を手に取ると、ミノルは軽く術の親和性を確かめた後に、アヤモリを振り返って顎をしゃくった。

「アヤモリ、他の珊瑚も持ってきてくれ。 海底の設置ポイントに珊瑚の苗を投下してくる」

 風水に対応した島を作るため、ミノルは複数の色を持つ珊瑚を使うと方針を示していた。

 その中でも最も開発が遅れていたのが、ここにある黄色の珊瑚だったと聞いているから、おそらく他の珊瑚についてはすでに出来上がっているのだろう。


「せっかちですねー まぁ、そう言うと思ってましたけど」

 アヤモリは、後ろから赤、白、青、黒の珊瑚の入った金魚鉢をミノルに差し出すと、

「はい、これGPSです。 とりあえず上からだと細かい着床地点をコントロールできないので、アネル君のお散歩ついでに目標地点に固定してきてくださいね」

 必要な機材を防水仕様のリュックにいれてミノルの横にドカっと並べた。


「最初から俺に設置させるつもりでいたのか……」

 その手回しのよさに、ミノルの顔が憮然としたものに変わる。

「ま、付き合い長いですから。 言うことぐらは予測つきますので」

 ミノルの微妙な視線を平然と受け流し、アヤモリは腰に手を当てると、胸を張ってそう答えた。


「ったく、人使いの荒い奴だ。 おい、アネル。 散歩にゆくぞ。 アヤモリ、ラボの高度を下げるようにラメシュワールに伝えてくれ」

 義理の息子の背中に荷物を積み込むと、ミノルはラボが十分に高度を下げたのを見計らい、アネルと共に海の中に飛び込んだ。


挿絵(By みてみん)


「(このあたりかな?)」

 GPSのモニターを確認しながら、ミノルは最初に黄色い珊瑚を海底に設置した。

 潮で流されないようにオリハルコン製の添え木を深く突き刺し、珊瑚を糸で固定する。

 まったくもって簡単な作業だ。 ここが水深300mの海域である事を考えなければの話だが。


 それにしても、海神の姿になったからは、何もかもが順調である。

 たった一つ気に入らないことがあるとすれば、なぜか海神の姿を手に入れて、身体能力かせ格段に上がったというのに、未だ素手の戦いではドミニオに勝てないことだろうか?

 そろそろミノルも、彼が何かズルをしているのではないかと疑い始めている。


 最後の珊瑚の移植が終わったことを確認すると、今度は珊瑚に祝福を与えるためにアネルに「北に向かうぞ」と指で合図を送る。

 この、珊瑚を移植する順番や、祝福する順番もまた術式の一部であった。


 およそ儀式魔術とよばれるものの基礎に、"周行"と呼ばれる技術が存在する。

 それは、儀式を行う場所の周りを特定の法則にしたがって歩く作法で、近代魔術においては東から行うのが基本だ。

 だが、ミノルはこの術式を風水の理論と併用するために、かなりのアレンジを加えており、その儀式は北から開始する事になっていた。


 そして、なぜこの儀式が北から始まらなくてはならないかというと……

「おい、おまえら何してるんだ? 変なカツラかぶりやがって」

 ミノルの睨みつける先には、なぜか無数の蛇が絡みつくカツラを被ったシアナが、水中移動用の魔法具(アーティファクト)を装備して待機していた。

 その横には、なぜか同じような格好をしたアイも控えている。


「珊瑚って、たしかメドゥーサの血が海に落ちた時に生まれたって伝説あるのよね」

 魔法具(アーティファクト)の効果なのか、水中にもかかわらずクリアな音声でシアナが呟く。

「たしかにそうだが、そのへんなコスプレと何か関係があるのか?」

 二人に近づいたミノルは、ふと地面にワインの瓶が無数に転がっていることに気付いた。


「うふふふ……これはメドゥーサの見立てなの。 ねぇ、珊瑚に魔力を与えるならメドゥーサの血があったほうがいいよね? ついでに、何も首から流れる血でなくてもいいと思わない? ミノ兄」

 ろれつの怪しい口調でそんなことをいいながら、アイが怪しい足取りでミノルに近づき、しなだれかかる。

「ちょ、ちょっと待てやおまえらー!? 特にアイ、おまえ血の繋がった妹だろ!!」

「問答……」

「……無用!」

「よせぇぇぇぇぇっ!!」

 怪しい手付きとともににじり寄ってくる二人に、ミノルは全力で後退った。


「ぷぷぷ……やだ、ミノ君、鼻血でてる!」

「やだ、ミノ兄。 発情した? 不潔よぉ」

 どうやら、酔っ払い二人に担がれた事に気が付くと、その眉間に見事な青筋が浮き上がった。

「お前ら……お仕置きだ」

 海神と化したミノルに力で適うはずもなく……酔っ払ったシアナとアイは、二人揃ってミノルに尻を叩かれて、仲良くうずくまる羽目になった。

「ほんの冗談だったのにー」

「女の子だからもうちょっと優しく扱ってよー!」

「やっていい冗談と悪い冗談があるわい。 お前等みたいなお子様がエロネタなんぞ、バストにして20センチは早いわ」

 思いっきりセクハラ発言であるが、文句を言う前にミノルにジロリと睨まれれば反論する気力も消えうせる。


「しかし、沈没船の積荷の赤ワインか。 保存状態もよさそうだし、これは使えるな」

「えー 何に使うの? って、あー ミノ君もったいない!!」

 ミノルは、赤ワインの栓をきって海に真紅の液体を振りまいていた。

 さらに、自分の口の中にも注ぐことを忘れない。

「お……なかなかいけるな。 このまろやかなチョコレートのようなテロワールがなんとも……」

「うわ、ワイン通ぶってカッコ悪。 味がわかるほど飲んだ事もいないくせに」

「……っと、うるさいぞアイ。 お前らに酒飲ませたら色々と危険だし、確かにこいつはメドゥーサの血の見立てになる。 珊瑚を祝福するにはもってこいの媒体だ」

 ……ちょっともったいないけどな。

 そう呟く顔がただの飲兵衛であったなど、お仕置き中の二人には口が裂けてもいえなかった。

 

 ちなみにであるが、ミノルが真っ先に北を祝福した原因――それは彼が風水の四神になぞらえて四方に女神を配したとき、北に配したのが女神メドゥーサだったからだ。

 珊瑚の生みの親とされるメドゥーサを真っ先に祝福することで、術全体の珊瑚との親和性を高めることが目的だったのである。

 ちなみに東の青龍は水の女王テティス、南の朱雀はポセイドンの正妃アントリピテ、西はポセイドンの妻にしてアトランティスの開祖たる女王クレイトと言う布陣だ。


 さらに鬼門には狂える妖魔スキュラを祭る神殿を設置し、裏鬼門には渦の鬼女カリュブデスの神殿を配置して、この島を霊的に防御する計画である。


 そして島の広い平原には一杯のクローバーを植えて、そこにアネルを遊ばせてやるんだ……とひそかに誓いを立てながら、ミノルは次の珊瑚を移植すべく、アネルを率いて進路を東に取った。

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