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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
第二話:荒ぶる神に大地の安らぎを
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第十章:内助の功と【黒毛和牛】ネズミ花火

挿絵(By みてみん)


「向こうは賑やかねー」

 遠くから聞こえてくるミノルたちの声に、シアナがしみじみと呟く。

 その声に、なにやら黒いものがもじっているのは気のせいではない。

「いいんですか? シアナさん。 タマキさんが先輩に張り付いてるんですけど」

 その心の内の葛藤を見透かしたように、アヤモリが薄く笑ってシアナをそそのかす。

 タマキの態度が気に入らないのはアヤモリもまた同じだった。

 もっとも、シアナをそそのかすその手口は、決して褒められたものではなかったが。


 だが、シアナはその挑発的な台詞に儚い(と見えることは計算づくの)笑みを浮かべ、

「いいのよ、アヤモリさん。 魔道工学ならともかく、物理学の話しされても付いて行けないしー そのぐらいなら、別の形でミノ君に尽くすのが妻の鑑ってものでしょ?」

 サラサラとインクで呪符(タリズマン)を記しながら、そんな風に惚気てみせる。


「誰が妻よ。 寝言は寝てからいいなさい」

 すかさずアイがシアナの台詞に毒づくと、シアナとアイの間で見えない火花がバチバチと音を立てる。

「け、ケンカはやめてください」

 さしてその空気に耐え切れず、怯えたミュシャがガクガクと震えながらアヤモリの後ろで悲鳴を上げた。


 シアナやアイがミノルから離れて何をしているかというと、他でもないアヤモリの手伝いである。

 珊瑚礁を形成する珊瑚の遺伝子を解析し、そこに魔改造を施して新種の珊瑚を作ろうと言う、頭にマッドがつくようなとんでもない作業の真っ最中なのだが、これがなかなか思うように進まない。


 原因は、ミノルに張り付くタマキなのだが、そもそもこっちのほうがメインの作業であるため、ミノルにかまって欲しいからといってフラフラ向こうに顔を出すわけには行かないし、ミノルの手伝いに回ろうにも、いかなシアナといえどもミノルのバケモノじみた魔道工学の研究に付き合えるような知識はもっていない。


 ちなみにここに顔を出していないドミニオは、タマキの契約者が剣を主体とする魔剣士タイプだったことをいいことに、修行をつけてやるという名目で、彼をズリズリと引きずりながら早々にこの場から逃げ出していた。

 感覚的に使う魔術には無類の才能を発揮する男だが、この手の理論的な作業にはまったくむいていない男なので、むしろいないほうが暑苦しくなくて精神衛生上好ましいと、かなり酷い理由で現在その行動は黙認されている。


 ちなみに、ヤツは肉体言語が母国語なんだよとは、同じく肉体言語の得意なミノルの弁である。


「で、アイさん。 そっちのゲノム解析のほうはどうです?」

 シアナの作ったタリスマンからエネルギーを照射し、その珊瑚への影響を分析魔法で解析すると言う作業を続けながら、アヤモリは何とはなしにアイに作業の進展を尋ねた。


「申し訳ないけど、まだ全作業の50%程度よ。 役に立ちそうな部分だけピックアップしたから、あとで確認しておいてくれる?」

 レポート作成済み部分を記録媒体用のクリスタルの中にアップロードしながら、アイはペチペチとノートパソコンに似た機材に入力を始めた。

 万能章と呼ばれるこの機材は、魔術をベースにノートパソコンと同じような機能を実現したものであり、もはや現代の魔術師必携のアイテムになっている便利な魔道具だ。

 さらに最近では、本物のパソコンと互換機能さえ備わっているのだから、魔術の進歩は本当に速い。


 ちなみにパソコンのOSにあたる部分は各魔術師の所属する宗教によって異なっており、アイが好んで使用しているソフトは国津神と呼ばれる神々が開発したもので、KAKASHIという名前がついており、平行して情報処理を行うことに非常に優れていた。


「了解です。 シアナさんの方で作った霊波の固有震動の性質と照らし合わせて出来るだけはやく成果をだしますね。 あと、調査船の作成作業は、今後ラメシュワールさんが中心になると思うので、先輩の手が空いたらこっちに拉致ってきましょう」

 結局のところ、ミノルあっての人間ばかりがそろったチームである。

 彼を連れてこなければやがて不満が生まれてしまうことは目に見えていた。

 なにより、ミノルが持つ魔法薬学の知識もこの研究には必要だ。


「いいわね、それ」

 すかさずアイが賛同を示すと、

「アヤモリさん頼りになるわー」

 シアナもまた嬉しげに微笑みを返す。


 ただ一人、兎少女のミュシャだけが、

「う、牛さん怖い……」

 ミノルの顔が怖いと部屋の隅で震えていた。


挿絵(By みてみん)


「まさか、こんなもんが半日で出来上がるとはな…… やっぱお前ら人間ちゃうわ」

 日も暮れかかった浜辺にたたずみ、アンソニーは感心というよりあきれ返った声を上げて、その銀色の機体を見上げ呟く。

 そろそろ領地に帰らなくてはならないので、その背中には持たされたお土産がてんこもりになっていた。

 傍から見たら、とても大神官の職にあるとは見えないだろう。


 そしてラメシュワールが加わったことで加速した探査船の開発であるが、なんとその日の夕方までには実際に人が乗ることを前提にした小型の試作機まで出来上がっていた。


「まぁ、俺もこれは予想外だった」

 額に冷や汗を掻きながら、ミノルもまたぼそりと呟く。

 その視線の先には、宅配ピザのスクーターからタイヤを取り外したかのような四角い機体が、夕日を赤く照り返しながら、砂浜の上にドンと鎮座していた。

 どうやったらこんなものが一日で出来るのか、常人にはまったく理解できない領域であるが、製作者が二人揃って常識の外にいる人達なので、周りの人間もいまさら突っ込もうとは思わない。


 そしてその規格外の片割れであるラメシュワールはといえば……

「さぁ、遠慮なく空の旅を満喫したい人は誰かな?」

 全員が揃ったことを見計らい、実にいい笑顔で試乗の希望者を募る。

 だが、手を上げる者は誰もいない。

 全員がラメシュワールの顔を見て二の足を踏んでいる。


 全員が沈黙する中、仕方なくミノルが口を開いて苦情を申し立てた。

「おい、ラメ公。 おまえ、単に作ったものを早く飛ばしたくなっただけだろ! 安全性は二の次って顔してるぞ! だいたいその胡散臭い笑顔は何だ!」

 上目遣いで非難を飛ばすミノルに、ラメシュワールはやれやれと小馬鹿にした溜息をつくと、

「君は僕の才能が信じられないのかね? 非常に残念だ。 なら、僕自らがこの機体乗ってその成果を確かめよう」

 その薄い胸を張り、試作機のタラップに足をかけようとした。

 むろん、ミノルを試作機に乗せるためのブラフなのだが、解っていても乗せられてしまうのがミノルである。

「ま、まて! 何かあった時にお前では大怪我をしかねない」

 とは言え、彼も命は惜しい。

 てなわけで、ミノルは身代わりになるようなものを探してその視線を彷徨わせるのだが、

「ここは昼間ずっと遊んでいたドミニオに…… おい、ドミニオの奴はどこに行った?」

 きょろきょろと周囲を見回すものの、ドミニオの姿は影も形もない。


「あ、あの、さっき昼間の弟子の様子を見てくるって言って、どっか行っちゃいました」

 ミュシャがおそるおそる告げるその言葉に、全員が『逃げやがったな、あの筋肉ゴリラ』と心の中で呟いた。

 逃げ場をなくしたミノルが、周囲の仲間を見回すが、アイもアヤモリも、ミノルの顔がこちらを向いた瞬間目線を逸らす。

 ミノルの視線がやがてシアナの前に止まったが、シアナは『なんでミノ君は人の顔みてるの?』と言わんばかりの笑顔を浮かべ、ただニコニコとミノルを見つめるだけだった。

 その笑顔に耐えられず、ミノルがガックリと下を向く。

「仕方がない。 この試作機の試運転は、この俺が勤める…… お前らに何かあったら困るからな」

 どこか悲壮感の漂う笑顔に、誰もが心の中で涙し、ミノルの自己犠牲の精神に心から祈りの言葉を捧ぐ。


「念のために、全員下がっていろ。 ……慣性制御式高速移動艇、試作型ナンディン1号、発・進!!」

 ミノルが作動のキーをいれ、エンジンを始動させると、その銀色の機体に魔力の息吹が音もなく満ち溢れる。

 そして、気合と共にレバーを握ると、翼が大気をかき乱す僅かな風とともに、金属の塊がふわりと空に舞い上がった。

 そして全員の視線が見守る中、ミノルの乗った小型飛空艇はゆっくりと前に進み始める。


 人が慣性の力を制御し、理論の上で光の速さで動くことを可能にした瞬間だった。


「「おおおーーーー!!」」

 みなの驚嘆の声が静かな浜辺に響き渡る。


 ミノルは笑顔でその視線に応え、スピードの実験をすべくアクセルを深く踏み込……

「あ、ミノル。 言い忘れだがその機体、まだスピードを出すとオートバランサーの処理にバグが起きる可能性があるから、今日のところは徐行運転だけにしてくれ」

 その言葉の途中で、すでにミノルはアクセルを全開まで踏み込んでいた。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!? やめろやめろやめろ止めろ止めろ止めろ止めろ、誰か止めてくれぇぇぇっ!!」

 一瞬で秒速340mに達した試作機は、オートバランサーの変調により、その場でコマのように回転を始める。


「あー 全員、そこの岩陰に退避」

 シアナがいち早く安全な場所に移動を開始すると、残りの面子もあわててその後を追う。


 3秒後

「死にさらせボケぇぇぇぇぇっ!!」

 ミノルのブチ切れた罵声が空に響き……

 派手な爆発と共に、試作機一号は南の海に四散した。


「やはりまだオートバランスの調整に問題があったか」

 ポツリと呟くラメシュワールに、

「人工知性じゃなくて、精霊ベースにするなら手伝うわよ?」

 シアナはノホホンとした笑顔でそう台詞を付け加える。


「それ以前に、助けにゆかなくていいのか? あれ」

 そのあまりにも平然とした言葉のやりとりに、タマキが冷や汗交じりの感想を述べると、

「あの程度ならきっと掠り傷よ。 ギャグキャラ以前に、ミノ兄だし」

 アイがやってらんないといわんばかりの表情で会話を締めくくった。


 そして、実験に付き合った人間が、全員部屋に帰った頃。


 ざぱぁ……

 波をかきわけ、海から黒鬼……もとい怒り心頭のミノルが顔を出す。


「お、おい! どうした! 何か爆発音が聞こえたが?」

 そこにうかつにも顔を出したのは、さきほどミノルを見捨てて逃げ出していたドミニオ。


「どうでもいいから一発殴らせろやオルァ!!」

「何をするかこの黒い悪魔め!!」

 ミノルによるドミニオへの八つ当たりは、その夜の深夜まで続いたという。

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