第八章:女の子には【黒毛和牛】優しくしましょう
「見つけたわよ、黒毛和牛!! あんた、今度は何たくらんでるの!!」
うらぶれた貧民外の酒場に、ヒステリックな少女の声が響く。
その声の主に目を向けると、酒場の入り口に立っていたのはプラチナブロンドもまぶしい15歳ぐらいの少女だった。
まるで騎士のような銀の鎧に身を包み、その細腕でどうやって振り回すのか理解に苦しむような長い槍を片手に持っている。
その立ち振る舞いにも隙が無く、この少女なんらかの武術をおさめていることは疑いようも無いが、その容姿を"戦女神"と称するならば、その後ろに"?"がつくだろう。
どことなくその装いが似合わないのだ。
例えるならば、それはまるで夏と冬に関東の一角に現れる人々のソレに良く似ている。
それでも彼女が魅力的かと問われれば、大半の人間が是と応えるであろう。
東洋系の血を感じさせる丸みを帯びたエキゾチックな顔立ちに、白人系を思わせる大きな瞳。
彼女がもしも別の服装をしていたならば、ほぼ万人が好意的なイメージを持つだろう。
だが、現在の彼女に近寄りたく思うかといわれれば、100人中99人は否と応えるに違いない。
なぜなら、彼女はその目を吊り上げて、敵でもみるかのようにキツい視線をミノルに向けているからだ。
「あー 忠告するより先に問題のほうが来ちゃったっスね」
肩をすくめて、しょうがないと言わんばかりの雰囲気でアヤモリが苦笑を漏らした。
「げ、五郎助か。 なんでお前がここにいるんだ? 担当地域はもう少し南のほうの国だろ!!」
突然押しかけた少女を見るなり、ミノルの眉間に皺が寄る。
ミノルがこの少女を苦手としていることは、誰の目から見ても明らかだった。
「苗字で呼ぶな、この黒毛和牛!! そもそも向こうの世界の名前で呼び合うのは禁止でしょ! なに気軽に呼び合ってるのよ、気色悪い!!」
魔術において、名とはその人の本質であり、名を知るということはその人の本質を支配することにもなりかねない。
特に魔術があたりまえであるこの世界においては、己の名はよほどのことがない限り人には教えないものだ。
ましてや強い力を持つ召喚獣の真の名などをこちらの世界の住人に使われでもしたら、大きな災害に繋がりかねない。
現に、ミノルも牛島の姓はこちらでは使わないし、発音も微妙に変えており、稔ではなくミノルとカタカナっぽいイントネーションを使っている。
「なんだと、このフクロウ女! それに誰が黒毛和牛だ、言ってみろ!!」
ミノルが額に青筋を立てて怒鳴り返す。
五郎助とはフクロウの別名であり、ミノルが黒毛和牛と呼ばれるのを嫌がるように、五郎助と呼ばれた少女もフクロウと呼ばれることをことの他嫌っていた。
「あんたよ、あんた! どっからどう見ても黒毛和牛じゃない!! 人の姿も取れない分際であたしのことをよくもフクロウ女って馬鹿にしたわ……ね?」
その言葉を言い終えるより早く、表情を消したミノルが立ち上がり、少女に近づく。
危険を感じて少女はうしろに逃げようとしたが、
「死ね」
アヤモリを攻撃した刻とは比較にならない、人類の理解の限度超えたスピードで踏み込んだミノルが、問答無用で太い角を振りかざし、一振りでドアの向こうまで少女を弾き飛ばした。
「人の気にしていることをズケズケと言いやがって。 馴れ馴れしいんだよ」
基本、ミノルにとって仲間と家族以外の人間とはどうでもいい存在である。
ましてや、庇護欲をそそらない女など、彼にとっては蝿と変わらない存在であった。
シアナのように、蹴り飛ばしても文句を言われるだけという存在はまさに例外なのだ。
かろうじて知人の範疇に引っかかる程度の者が傍で喚くなら、ご覧の通り死なない範囲で容赦なく排除される。
まぁ、さすがにいきなり吹っ飛ばされるのはこの少女ぐらいだが。
「うわー あいかわらずのキツいお言葉。 と言うか、すでに言葉だけでは済んでないけど」
アヤモリが苦笑を噛み殺し、跳ね飛ばされた少女の様子を千里眼で窺う。
彼が見るに、コスプレ騎士女の姿は10軒向こうの屋根に完全に頭からツツコミ、完全に意識を失っている。
まぁ、どうせその体には傷一つあるまい。
彼女もまた、守護神を勤めるほどの上位の召喚獣なのだから。
「とりあえず場所移そうミノ兄。 あたし、あの人嫌いだから」
少女が跳ね飛ばされていった方向に冷たい視線を送り、アイが荷物を担いで席を立つ。
ちなみにアイが嫌いなのは、彼女の人格ではなく『ミノルにまとわり付く女』全てである。
「お前も容赦ないな、アイ」
周囲で見守っていたギャラリーを横目で睨み、ミノルは鼻を鳴らして外に出た。
よほどその女が苦手なのだろう。 ミノルにしても、珍しいぐらい徹底的にぞんざいな扱いだ。
「そうねー ミノ君牛の姿だし、オープンテラスに結界でも張ろうか?」
シアナがちゃっかりミノルの背中によじ登ってそんなことを提案する。
「なら、さっき通ったとおりの奥にこじんまりしたカフェがあったぞ。 しみこんだ気配も穏やかで悪くなかったから、牛を連れていってもさほど嫌な顔はしないかもしれん」
そのシアナの提案をドミニオが笑って補足する。
「よく見てるのね。 でも、ドミニオさんの見立てならたぶん安心できるわ」
アイもまたその意見を支持するように軽く頷いた。
店というものには、その主の性格が染み込んでいる。
場に染み付いたそのパーソナリティーを読み取ることが出来る魔術師ならば、その店がどんな店であるか用意に判断することが出来るのだ。
仮にも守護神の地位にあるドミニオならば、店のデータを読み間違えることはない。
「わかった。 じゃあ、詳しい話はそこに移動してからだ。 アヤモリ、お前の相方も引きずって来い」
アイの体を自分の背中の上に角で押し上げながら、ミノルがここにはいない仲間を呼びに行くように指示を出す。
「言っておくけど、あたしはアンタのことも認めたわけじゃないからね」
そしてそのミノルの背中の上では、乙女達が軽く火花を散らしていた。
「でも、私はあなたのこと結構好きよ?」
アイを自分の前の席に引き上げながら、シアナはその敵意を笑顔で迎え撃っていた。
「か、かってに好きにならないで!!」
フードの下から除く笑顔の美しさに、しばし言葉もなく見ほれた後、アイは急に顔を真っ赤にして視線を逸らした。
どうやら、神殺しの笑みは同性にも有効なようだ。
「でだ、海の中に陸地を作ろうと思うのだが、色々と技術的な問題で手間取っている。 それとなぜお前までここにいる、ゴロスケ?」
海の見える、高台の上の小さなオープンテラス。
心地よい潮風に目を細めながら自分の計画を話しミノルの横には、なぜか復活した銀鎧の少女が立ち尽くしていた。
「な!? 誰がゴロスケよ! 黒毛和牛!! ……そう、あたしはあんたの監視よ! ほっといたら、国境を越えて被害が出そうじゃない」
確かに少女の言うことは正論である。
桁違いの魔力を誇るミノルだが、その力の強さゆえ魔力の制御に関しては一抹の不安が付きまとっていた。
万が一に暴走でもしたら、その時は国の一つや二つではとうてい済まない。
この世界自体が光の粒となって消え去ってもおかしくないだろう。
もっとも、事実であるだけに、ミノルからするとそれを指摘されれば面白くない。
やはりこの女、もう一度気絶するまで殴っておくべきか? と、半眼で睨みながら心の中で考える。
ミノルの体から殺気が膨れ上がるのを感じ、少女は冷や汗をかくと共に腰を落として低く身構えた。
「先輩、タマキって下の名前で呼んであげたらどうです?」
その様子をニヤニヤと眺めながら、アヤモリはミノルにそんな提案を投げかけた。
五郎助 環……それが銀の鎧に身を包んだ少女のフルネームである。
「はぁ? そんな可愛い名前こいつに似合うかよ。 ゴロスケで十分だ。 それとも俺に可愛い名前だねとでもいってほしいのか、タマキちゃん?」
その提案を鼻で笑うと、ミノルは人の悪い笑みを浮かべて挑発的な台詞を口にした。
「な、馴れ馴れしいのよあんた!!」
ミノルの台詞を聞くなり、なぜか真っ赤な顔で噛み付くように反論するタマキ。
だが、
「それはお前のことじゃないのかタヌキ? 人の嫌いな渾名をポンポン口にしやがって。 次は本気で殺すぞ」
ミノルは目を半眼に細め、ドスを聞かせた声で恫喝の言葉をたたきつける。
もしも10tトラックが目の前に突っ込んできたらこんな感じの気分になるだろうか?
声にこめられた威圧感でだけで市優位の空気が凍りつきそうだった。
「ミノ兄、何か呼んだ?」
そのミノルの背中の上で、アイがケーキを片手に首をかしげた。
どうやらタヌキと呼ばれたことに反応したようだ。
「お前のことじゃない。 とりあえずそのモンブランやるから、お前は甘いものでも喰ってろ」
中毒に近いほど甘いものが好きなアイとは逆に、見かけだけではなく味覚までオッサンくさいミノルは甘いものが苦手だった。
目の前に置かれたケーキにも一切手を触れず、平皿に注がれたお茶を、その太い舌でなめ取るように啜る。
「ふん。 やはり茶は玄米茶に限る」
不味いとはいわないが、やはり紅茶ではミノルの口に合わないらしい。
「あ、あ、あんたどこまで人を馬鹿にすれば気がすむのよ! ま、まぁいいわ。 フクロウ呼ばわりよりはマシだから、特別にタマキと呼ぶことを許してあげる」
仕方がないという感じを装って、タマキが横を向いて許可を出すが、その顔は熟れた下記のように赤い。
その顔色を横目で見ながら、シアナの周りで気温がゆっくりと下がり始めるのを感じ、アヤモリとドミニオがそっと距離をとる。
「はっ、何をえらそうに。 監視するならそれでもいいが、邪魔したら即座につまみ出すからな。 物理的にかつ精神的にだ」
よほど恨みでもあるのか、ミノルは"即座に"の所に力を込めて吐き捨てる。
その反応に気分を良くしたのか、シアナの笑みから黒いものが薄れてゆく。
「なんというか、色々と救われねぇな。 見てるほうからすると、もうちょい荒れたほうが面白いんだが」
ドミニオはお茶を片手にその様子を見物し、そっと隣のアヤモリに囁きかける。
「神有世界だともっと面白いですよ? 本人は気付いて無いけど、あれでかなりモテますから。 しかも個性の強すぎる面子ばかりに」
笑いながらアヤモリがドミニオに相槌を打つと、
「……こ、こわいです」
その横で、シアナと変わらないほど小柄なウサギ型獣人が肩を震わせながら怯えた声を上げた。
「心配ないよ、ミュシャ。 あれでも先輩は優しい人だし、タマキさんもあんな態度を取るのは先輩の前だけだから」
なだめすかすようにアヤモリが頭を撫でると、ミュシャと呼ばれた兎少女は桜の花のように儚い微笑みを浮かべて、気持ちよさそうに目を閉じる。
「とりあえず話を進めるぞ。 これが今回土地を作ろうとする場所と、その際に予想される災害の規模の大まかなデータだ」
すっかり井戸端会議のようになった空気を払拭するため、ミノルは荷物から紙の筒を取り出す。
それをテーブルの上にざっと広げると、最初に声をあげたのはドミニオだった。
「ほう? ちょうどこの国と半島との間か。 湾が内海になるな」
「この大きさの土地を作るって、本気っスか? あいからわずでたらめな力っスね。 これ、たぶん北海道ぐらいの大きさありますよ?」
続いてアヤモリがその面積を自分の知っているものと比較して苦笑する。
そしてそのデータを下にさらに穿った感想を述べたのは、後ろから覗き込んでいたタマキだった。
「なによこれ! こんなデカい土地が海から出てくるような火山活動を引き起こすつもりだったの!? じょ、冗談じゃないわ!!」
「そうよミノ兄。 こんな事して、周りの国から賠償金でも請求されたらどうする気よ!!」
アイの意見は他の面子と一味違ったが、このような多様な意見が出てくる場こそ、ミノルが臨んでいたものである。
「エネルギーの効率をまるっきり考えない手段を出してくるあたり、いっそ清々しいぐらいミノ君だよねー とりあえず、土地を作るだけならなにも火山活動に拘らなくていいんじゃない?」
一通り皆が感想を述べた後で、シアナが顎に手を当ててぽつりと漏らす。
「そ、そうよ。 山を削って埋め立てればいいじゃない!!」
すると、世界規模の大異変を引き起こすようなアイディアを実行されてはたまらないとばかりに、タマキがシアナのアイディアを後押すように自分の意見を出してきた。
「ほう? 少しはマシなことを言うじゃないかタマキ。 意外だったぞ。 俺の邪魔ぐらいしか出来ないやつだと思っていたんだがな」
子供の頃からちょっとでもミノルが危ない遊びをしていると親に言いつけ、文化祭の企画を出せばその対抗意見を纏めてそれをつぶし、事あるごとにミノルのやることなすこと邪魔し続けていたタマキである。
自分の天敵と公言してはばからない相手の、珍しく建設的な意見に、何か裏があるのではないかとミノルがジト目で疑うのも無理はない。
「馬鹿にしてるの黒毛和牛!? これでも私は知恵の女神の契約者よ!!」
ミノルの視線を侮辱と受け取ったのか、タマキは腰に手を当て胸を張った。
そんな彼女は、現在ここから国一つはさんで南にある地域の守護神であり、女神アテナの契約者である。
「その割には言うことが浅いですよ。 そんな大量に土砂を削ったら、削られたほうの環境が激変します。 それに発想の転換を促したのはシアナさんの功績でしょ」
なにもタマキに恨みがアルのはミノルだけではない。
ミノルの自他共に認める第一の弟分であるアヤモリも、タマキに数々の妨害をうけたその被害者の一人だ。
その弟分の鋭い指摘を聞き、「ほらな、やっぱりな」と頷くミノルに、タマキは拳を堅く握り締める。
タマキの苛立ちをチラリと横目で見つめながら、
「ミノ君の役に立てたなら嬉しいわー ね、ミュシャも何か意見ある? 怖がらずに思い切って何かしゃべってみて。 怒らないから」
シアナはこれ見よがしに微笑んで、先ほどからほとんど口を開かない自分の後輩に意見を求めた。
「あの……えっとね……どうせ海を埋めるなら、石や泥より貝殻のほうが素敵だとおもいます」
急に離しを振られた兎少女は、唇に手をあててしばし考えた後、シアナの耳元に近寄って、蚊の鳴くような声でそう囁いた。
「なんとも可愛い意見だな。 確かにそんな土地もあるとは聞いているが、この大きさの島を作るには量が足りないだろう」
建設的かどうかは別にして、おもわず心が癒されてしまったドミニオが、笑いながらそう評価する。
発言した本人は、その評価を聞くなり顔を真っ赤にしてアヤモリの後ろに隠れてしまった。
「ちょっとー 笑わないでよ、ドミニオさん。 この子、ものすごく繊細なんだから」
ドミニオはシアナとアヤモリから睨まれて、慌てて頭を下げ、謝罪を口にした。
だが……
「いや、ミュシャの意見……じつはそれが正解かもしれん」
ひとり何か考え込んでいたミノルは、目を閉じてそんなことを言い出した。
「何?」
意外な言葉にドミニオが目を見開くと、
「あるだろ。 貝殻と同じ成分で、もっと大きな陸地を作っているものが」
ミノルはゆっくりと目を開き、口元だけで微笑んで見せた。
そのヒントに、その場にいたドミニオ以外の面子がハッと顔を上げる。
「珊瑚礁ね!?」
思わず口に出したタマキに、ミノルが人の悪い笑みを向けた。
「ほぅ? さすが自称知恵の女神。 その通りだ」
「誰が自称よ!!」
ミノルの前ではただのツンデレ女だが、普段のタマキは穏健派で頼りがいのある才女で通っている。
女神アテナの象徴がフクロウであることも理由だが、おそらく彼女にこれほど似合う神格も他にはないだろう。
だが、そんな完璧女の彼女の泣き所が、実は天敵であるミノル本人であることを、本人だけが知らないでいた。
「珊瑚の島……素敵ですね」
ミノルの言葉にその美しい情景を脳裏に描いたのか、ミュシャがウットリと目を閉じて呟く。
「ミュシャ、お手柄よ」
ミュシャの頭をシアナが優しく撫でると、兎獣人の少女は気持ちよさそうに体をシアナに摺り寄せてきた。
その横では、アイが目を¥マークに輝かせ、
「いいわ、素敵! 素敵よ観光資源! 周辺の国に観光会社を設立して、定期便の船はとうぶん既成の業者を使うとして……」
ブツブツと取らぬタヌキの皮算用に忙しい。
「とりあえず方法としてはそれでいいと思うけど、先輩って生物学は専門外じゃなかったっけ?」
ふとアヤモリがそう漏らすと、
「その辺はお前の専門分野だろう? たしか去年、極小の魔方陣の形にコロニーを形成するように調整したカビを校長室にばら撒いて、校舎の半分をホーンテッドマンション化させたのは誰の仕業だったかな?」
ミノルがニヤリと笑い、アヤモリのかつての悪事を暴露する。
「うわ、なんで先輩そんなことまで知ってるんですか!?」
慌ててアヤモリが口を閉ざそうとするが、
「ちょっと、あれやっぱりあんたの仕業だったの!?」
耳聡く聞きつけたタマキが目を吊り上げて反応する。
「校長が悪いんですよ。 僕ら園芸部の花壇を運動場にするなんて事を言い出すから報復に出たまでです。 まぁ、最後にとっておいた自動増殖型粘菌ゴーレムMATANGOの戦闘テストのデータを取る前に、校長が土下座してきたのはちょっと興ざめでだったっスけど」
アヤモリが口を尖らせてその時のことを語る。
園芸部と生物部に所属しているアヤモリは、魔術と生物化学を併用した魔導農学のスペシャリストであり、現実世界ではありえないタイプのバイオテロを得意としていた。
ミノルの片腕と呼ばれるのは伊達じゃないのである。
「呉田島の屯田兵と呼ばれる園芸部の土地に手を出すとは、校長もうかつな事をしたな」
「そうね、それについては大いに同意するわ。 部費に手をつける程度ならともかく、よりによって土地に手を出したとはね」
ミノルが苦笑を噛み殺してそう感想を漏らすと、タマキもまた青い顔でその意見に頷く。
アヤモリの所属する園芸部と生物部は、畜産部、華道部、茶道部とも同盟を組む学園の一大勢力であり、アルベルツ・マグヌスの提唱した自然魔術を学ぶ者達によって形成される武闘派集団である。
その戦力は、その辺の軍隊ですら及ばない。
彼らを敵に回そうだなど、愚者としか言いようがない行動だった。
ましてや農民とは、土地に手を出せば下手な軍よりも恐ろしい狂戦士の群れと化す生き物だ。
むしろ、校長はその命が未だある事に感謝すべきだろう。
「まぁ、とにかく島を形成する珊瑚の品種改良作業はお前に任せる。 頼んだぞ」
ミノルがそう言ってアヤモリの肩に前足を置くと、
「なんか先輩、しばらく見ないうちに変わったっスね。 前はそんな人手を借りるようなこと絶対に言わなかったのに」
アヤモリは少しくすぐったそうな顔をして、嬉しそうに目を細めた。
その予想外の反応に、ミノルは自分の方向性が間違ってないことを感じ、心の中でこっそりドミニオに手を合わせる。
「あのな、俺だって少しは成長するんだ。 まぁ、一匹狼がサル山のボスになった程度の違いだろうがな」
照れ隠しにそっぽを向きながら、自分の事をそう評価すると、なぜかタマキが不機嫌に鼻を鳴らして、
「ど、どこが成長してるのよ! あいからわず神経が鉛で出来ているんじゃないかってぐらい無神経なくせに」
不機嫌な声でミノルのほうをジロリと睨んだ。
見れば、シアナとアイもなぜかうんうんと頷いている。
「よ、余計なお世話だ! とりあえず方針は決まったから店を出るぞ。 海岸の適当な場所に本拠地を構えたら、他の者にも色々と頼みごとをすることになるだろう。 その時は快く引き受けてくれると嬉しい」
牛の姿であるのが惜しいぐらいの堂々とした声でそう告げると、ミノルはシアナに支払いを任せて店を出てゆく。
そして、店の敷地を一歩出たところで、ふと店の中でポツンとたっているタマキを振り返り、
「なんだ、タマキ。 お前はこないのか?」
意外な言葉を口にした。
「……え?」
ぽかんと口を開け、わが耳を疑うタマキ。
そのタマキにニヤリと人の悪い笑みを向けながら、
「どうせ監視するんだろ。 だったら、コソコソされるよりは目に見える範囲にいてくれたほうがこっちも気が楽だ」
おそらくは、こっちこそお前が邪魔しないように監視視してやるぐらいの意味だったのだろう。
だが、ミノルはタマキの欲してやまない"大義名分"を口にした。
本人の全く意識しないところで。
「い、いいわよ! あなたがどんな悪事を働こうが、この私の目が黒いうちは何も出来ないと知るがいいわ!」
一瞬、薔薇が花開くように頬をあからめ、続いて泣きそうな笑顔を浮かべた後、タマキは急に俯いてからいつものように憎まれ口を叩く。
その前を無表情なシアナが横切ると、
「この……馬鹿牛!」
なぜかミノルの足を踏みつけ、店を出て行った。
「……???」
訳がわからないとばかりに、救いを求めて視線を彷徨わせるミノルを、
「ほんと、成長ないっスね」
「まぁ、気長に見守ってやれ。 そのうちいい男になるさ」
ドミニオとアヤモリが苦笑とともに見守る。
「な、何なんだよ、いったい!!」
理由を知らぬは、ミノルただ一人。