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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
第二話:荒ぶる神に大地の安らぎを
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第五章:悪魔の交渉に【黒毛和牛】牛はいらない

挿絵(By みてみん)

 およそ召喚術と言うのは、数ある魔術の中でも極めて難易度が高い術である。

 それゆえに発動するのも手間がかかり、一瞬で異界から契約した召喚獣を呼び出せるような術者はそう多く無く、大きな国でも片手で数える程度しかいないのが現実だ。


 奉仕者に意志を伝える精神干渉術、場を異界に繋ぐ結界を張るための空間制御術、奉仕者が呼びかけに応えてくれる時間帯や契約している神格の特徴を知るための神智学だけにとどまらず、召喚獣の肉体を構成するための創造魔術と言った技術まで必要なのだから、その必要とされる知識は半端では無い。

 さらに一流と呼ばれる術者になれば、召喚獣の肉体の源となる第一物質を作るための錬金術や、肉体構成の効率を上げるための触媒の研究などなど、この世界に存在するありとあらゆる技術に手を出している。


 だが、そんな召喚師にとって一番必要な能力が何かと問われれば、それは魔力でも知識でもなく、"交渉術"と応える術者が少なくない。

 なぜなら……召喚術の名の通り、奉仕者と契約を結べない限りは何も出来ないからだ。

 故に、召喚師は優れた奉仕者と交渉する事に最大の努力を払う。

 ミノルとシアナのように極めて高レベルな召喚獣と密接な契約を結んでいれば面倒な手順をすっ飛ばして魔方陣と報酬を用意するだけで簡単に呼びだす事も出来るのだが、低レベルの奉仕者であるほど特別な触媒が必要であったりするし、さほど親しくもない契約者にいきなり呼びかけたとしても拒否される可能性が非常に高い。

 故に馴染みの薄い奉仕者や初めて呼び出すような相手とは、召喚を行う過程で幽体離脱をした上で神無世界と神有世界の狭間に築かれたと『トラフィック』呼ばれる仮想空間に赴き、事前交渉を行う必要があるのだ。


 まぁ、結局のところ……召喚術というのは、相手を口説くところから始まる感情の魔術と言えよう。

 そのため、召喚師の契約する奉仕者は異性であることが多く、その両者の間には恋愛感情にも似た絆が生まれることが多い。

 顔だけで大抵の男を悩殺できるシアナの容姿は、この点に関して極めて有効に作用する事が多いのだが……

 現在彼女が交渉を行っている相手は、こともあろうか女性。

 しかも金に関しては、年に二回ある同人誌の祭典の審査よりも厳しいことで知られるミノルの妹、牛島 藍だった。


「この金額じゃ不満だと言うの?」

「ええ、不満ね! 私を誰だと思ってるの?」

 まるで喫茶店のような内装に整えられたトラフィックの中、向かい合うシアナと藍の間にバチバチと火花が飛び散る。

 場所にあわせてギャルソン姿にさせられたミノルは、女同士の喧嘩はたちが悪いと言わんばかりに横で頭を抱えて見守るのみ。

 その交渉は苛烈を極め、すでに顔合わせから1時間以上が経過しているものの、話は果てしなく平行線をたどっていた。


「お、おい……藍。 そろそろ勘弁してやってくれないか?」

 見かねたミノルが恐る恐る手を伸ばして声をかけるが、

「ミノ兄は黙ってて!! あたしを呼びたいのなら、せめてあと金貨10枚そこに並べてからにする事ね」

 ミノルの大きな手を平手で弾くと、アイは不敵な笑みを浮かべて向き直り、わざと足を組みなおした上でとても12歳とは思えない態度で胸をそらす。

 見た目はずいぶんと愛らしい容姿をした少女だが、このあたりのふてぶてしさはミノルとそっくりで、まさに血は争えない。


「無い袖は振れないと言う言葉をしらないの? だいたい、呼び出すのがマメダヌキなのに30マイダスは欲張りすぎよ」

 マイダスはこの地域で使われている金貨のことで、太陽の紋章が刻印された一円玉程度の大きさのコイン一枚がおよそ日本円にして6000円程度の価値。

 そのかなり微妙なレートゆえに、ミノルはいつも1マイダスを5000円とする適当な計算して、アイとシアナからよく叱られている。


「だったら、現物支給でいいじゃない! それに、呼び出すのがマメダヌキでも、それを扱うのがこのあたしなら安すぎるくらいね。 ミノ兄の顔をたてるのでなければ、とっくに席を立っているわよ?」

 シアナがその言葉の真偽を確かめるようにミノルの顔を見ると、ミノルは困った顔をしながら首を縦に振って藍の言葉を肯定した。


 たとえ同じ召喚獣を呼び出したとしても、その仲介者である奉仕者が違えばその能力も大きく変わる。

 例を挙げると、最上級の奉仕者であるミノルが仲介するならば、たとえ召喚獣としての姿がゴブリンやコボルトであったとしても、最下級の奉仕者の操るドラゴンを一撃で蹴り殺す。

 そのため、召喚のために支払われる報酬は、主に奉仕者の能力に依るところが大きい。

 同じく牛島家の本家に連なる藍と契約をするならば、軽く見積もって金貨数百枚からが相場であろう。


「まぁ、藍が不満だというなら無理にとは言わない。 他を当たるから無理はするな。 わざわざこっちに呼び出して悪かったな」

「……え?」

 ギスギスした空気が嫌になったのか、ミノルは早々に話題を切り上げて次の心当たりを呼ぶことにしたらしい。

 ミノルが脅して従わせれば、シアナの召喚に応える奉仕者はごまんといるのだからそこまで無理をするメリットも無いというのが彼の本音だ。

 実力的にも十分だし、身内である信頼感あって真っ先に声をかけてみたものの、どうやらこの選択は失敗だったらしい。

 なによりも、嫌がる妹に無理な仕事を押し付けるつもりもない。

 ミノルが優しい顔でアイの頭を撫で、もう帰っていいぞ? と声をかけると、なぜか藍は一瞬悲しそうな顔をして沈黙した。


 ようは、安くこき使われるのは気に食わないが、兄であるミノルが他の奉仕者をあてにするのも嫌なのだ。

 とどのつまりは、ただのブラコンなのだが、本人にそれを告げる者もいないし、本人たちにその自覚も無い。

「まったくしょうがないわね。 ミノ君、もうちょっと待ってくれない? アイちゃんも別に契約自体が嫌ってわけじゃないようだし」

 アイの表情に気付いたシアナが、助け舟を出すように割ってはいる。

「まぁ、そう言うなら構わんが……お互いに不満が残るような契約はためにならんぞ。 とりあえず俺は神無世界に残してきたシアナの体が心配だから向こうに戻るが、おまえらくれぐれも喧嘩するなよ」

 そう告げるなり、ミノルの姿がその場から掻き消えた。


「善意というのも、時に残酷よねー」

 ミノルの姿が消えた後、シアナがやれやれと言った顔で溜息をつく。


「ふ、ふん。 ちょ、ちょっとだけ感謝してあげてもいいわよ」

 その仕草を横目で睨みながら、アイは少し照れたように視線を外し、今までの態度から一転して譲歩を申し出た。


「その言い方、ミノ君そっくりね。 ……25マイダス。 これ以上は無理よ。 ウチも余裕無いから」

「うー ちょっとだけ考えさせて」

 女二人の交渉はまだしばらく続きそうである。


「おい、ドミニオ」

 神無世界に戻るなり、ミノルは留守番をしていたドミニオに目配せをした。

「わかってる。 ここは私に任せて、お前はシアナちゃんの横にいてやるといい」

 ミノルの横には、幽体離脱中のシアナの体が力なく横たわっている。

 気絶と違って、どんな衝撃を与えても目を覚ますことがないため、万が一を考えると、誰かがこの場で見張りをしていなければならない。

 ミノルがトラフィックの彼方から戻ってきたのは、この地に迫っている不審者を察知したからだ。

 ドミニオは、じっとシアナの横顔を見つめるミノルに、弟を見るような優しい眼差しで微笑むと、不意に虚空に手を伸ばす。

 そして次の瞬間には、その手に金色に装飾された大剣が握られていた。


「さて、無粋な邪魔者の顔を見に行くとするか」

 その刃物の重さを右手で確かめながらゆっくりと意識を集中させると、周囲に鮮やかな赤の光が満ち満ちる。

 剣を媒介にして、彼の得意とする火星の精霊を呼び出した残照だ。

 その力は天界の外科医とも呼ばれ、あらゆる害悪を粉砕するために使用される。

 無言のままその力の全てを支配化に置くと、ドミニオの姿は一瞬で虚空に掻き消えた。


「魔術武器との同調だけで火星の精霊呼び出した挙句、さらに無詠唱で短距離の瞬間移動かよ。 まったく、よくあれで人のことを化け物呼ばわりできるものだ」

 むろん、召喚獣といえども並みの術者に出来ることではない。

 召喚獣の頂点に立つ、守護神と呼ばれる連中の、そのまた一握りの実力者なればこそ出来る芸当だ。

 ミノルは呆れたように息を吐くと、他に隠れた侵入者がいないかどうかを確かめるために、広くその意識の手を周囲に伸ばした。

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