第四章:かくもほろ苦く【黒毛和牛】幸せな夕食
「さて、どうしようかな」
電話を切った後に、ミノルは一人呟いた。
その場のノリで安受けあいしてしまったものの、改めて考えるとこれはなかなか難儀な願いである。
なぜなら、この世界の国と言うものは全て召喚師ギルドの意向の元に作られているからだ。
勝手に国なんぞ作ろうものなら、ギルドの導師たちから何を言われるか知れたものではない。
本当ならば、召喚師ギルドよりも上の立場にあるポセイドンがギルドに一声かければ容易に許可が下りるのだが、それが出来ない理由があった。
ようは、主神ゼウスとの確執である。
主神ゼウスが父神クロノスを倒したときに、末弟ゼウスが天空を、兄であるハデスが冥界を、そしてポセイドンは海原を治めることに定められたのだが……実はそれが納得の上で行われたかどうかはかなり怪しい。
というのも、冥界神ハデスが神話の上で地上に現れたのは妻であるペルセポネを攫ったときのみ。
いくら引き篭もり体質といえども、これでは度が過ぎて何か不自然だ。
さらにポセイドンが地上を欲しがってアテナと争った経緯を見ても、この約定が極めて微妙なものであったことをうかがわせる。
さらに、ポセイドンはヘラと共謀してゼウスに対するクーデターをおこしたこともあり、それ以来主神ゼウスはポセイドンが地上の国を欲しがるたびにいい顔をしないのだ。
「まぁ、あのオッサン嫌いだから今更喧嘩になっても構わないんだけどな」
オリンポスの主である壮年の男神の顔を思い出し、ミノルは忌々しそうに口を歪めた。
実はミノルの父がゼウスと仲がよかった事もあり、ミノルは何度か家族そろってオリンポス山の宮殿に招かれたことがある。
その際にゼウスと顔をあわせたのだが、その際にゼウスがミノルの姐に秋波を送ったせいで『人の家族に色目使うな! この色ボケ爺ぃ!』発言。
そのままオリンポスの宮殿の中で雷の撃ちあいをし、山の半分が消し炭になるという大惨事を引き起こしていた。
むろん、ミノルがオリンポスに出入り禁止になったのは言うまでもない。
「とりあえず土地を得るところから考えるかな」
ミノルは記憶の中をほじくりかえし、基本的な内容を再確認しはじめた。
神が土地を得るには、およそ3つの方法がある。
一つ目はその地に住む神を自分に吸収してしまうこと。
これは『習合』と呼ばれる方法で、『この土地に住む神は自分の別名だ』ということにして、その地に住まう神と合体してしまう方法だ。
デメリットとしては、その神に何らかの共通点がなければ使用することができず、しかも自分のパーソナリティーに少なからぬ変質を及ぼす。
「却下だ却下。 ただでさえ怒りっぽい叔父貴のことだから、勝手にそんなことやらかしたらこの辺の国が残らず水没するまで暴れるぞ」
ミノルは、ポセイドンがかつて怒りに任せてアトランティスを大陸ごと水没させた古い事件を思い出し、即座にその案を却下する。
そして次の案だが……
二つ目は戦争により、その土地を力ずくで手に入れてしまうこと。
これはもっとも短絡的に土地を手に入れる方法であり、古くからもっとも多く行われてきた行為である。
やってやれない事も無いが、多くの苦痛を伴い長く禍根を残すこの方法はミノルとしては避けたい方法だった。
ミノルは血の気の多い性格だが、買ってまでの喧嘩はしない主義だ。
それにミノルが本気で暴れでもしたら、大陸が沈む程度ではすまないだろう。
「うん、さすがに星ごと砕いたりしたらまずいしな」
手加減を間違えるとこの世界ごと塵になるのだから迂闊な事は出来ない。
物騒なことを呟きながら、この案にもミノルは却下の判断を下す。
「しかしこの二つの方法がダメとなると残るは……」
最後の方法は、自ら海の中に大地を作り出すという方法だが、実はこれがもっとも難しい。
神話において神が大地を創るというのは、どこの神話にでも登場する定番の話だが、いざ行うとなると『光あれ!』みたいな感じで一言言えばいい訳ではない。
ましてや、神の力を持つとはいえ人の身に過ぎないミノルにとって、それは非常に困難な話だった。
原因は力不足では無く……単にミノルの経験不足と過剰エネルギー。
早い話がもっている力が大きすぎて、たかが大陸一つを作る程度だととんでもない余波が発生してしまうのだ。
逆に小さな細工程度の魔力なら、思いっきり魔力を絞り込む事で制御しやすかったりするのだが……大地を作り出すと言う作業は、彼にとって中途半端なレベルの魔術を行使する事になり、結果として地震に津波に気候変動などが発生し、周辺の国々にしゃれにならない被害を与えてしまう。
ちょうど、人間の声が地声と裏声の中間を発声するようなものだと考えればわかりやすいだろうか。
これが他の神々であれば、人の世への影響を考慮することはほとんどないのだが、人でもあるミノルにそんな非道な真似が出来るはずもない。
むしろ世界を一つ作れと言われた方がやりやすいぐらいだ。
そんなわけで、自信たっぷりに引き受けたものの、その仕事の達成には山のような困難が立ちはだかっていた。
「うーむ、どうしたものかな」
海に沈む夕日を見つめながら、ミノルは一人眉間に皺を寄せる。
大きな岩の上にどっりと腰をかけ、肘を付いて眉を寄せたところで、良い考えは浮かばなかった。
さしあたって三番目の方法を採ることで方針は決めたものの、その先が決まらない。
浮かんだアイディアを一つ一つ検討するも、それはミノルの手には余るほどの情報処理を必要としたり、大きな犠牲を伴ったりするものばかりだ。
やがて空は夜の翼に覆われ、その漆黒の羽を月と星の光が照らす頃……
「ミノ君、ご飯できたよ?」
夕餉の匂いを引き連れて、シアナがミノルを呼びにきた。
鱒の焼ける塩気の強い煙と、癖の強い香草の香りが入り混じり、否応もなく食欲を刺激する。
もう少し思索にふけりたかったが、その願いに反してミノルの胃袋がぐーっと不満気に音を立てた。
「あぁ、今行く」
疲れた声で笑いながら、ミノルが岩の上から降りてくると、その腕をシアナがそっと抱きしめてくる。
肘にあたる胸の感触はいささか残念なさわり心地だったが、その手から伝わる熱はミノルにとって何倍も価値のある至福の癒しであった。
ミノルの腰にまわされた左手に、そっとその大きな掌を添えて、その温もりにしがみつくように優しくなでると、
「なにかいいアイディア浮かんだ?」
シアナは手を握られたお返しとばかりに、そっとミノルの体に頬を寄せた。
「……いいや」
遠慮がちに尋ねる声に、ミノルは力なく首を横に振る。
「ねぇ、ミノ君。 私になにか出来ることはない?」
シアナは多くを語らず、ただ一言そう告げた。
言外に、一人で何でも片付けようとするミノルの悪癖を諌めているのだが、それを素直に受け入れられるなら苦労は無い。
「お前は何も心配するな。 相談出来ることがあったらちゃんと話すから」
ミノルは溜息をつくと言い訳のような台詞を口にして、とりあえず考えが浮かぶまで歩きながら思案しようと意識を思考に集中するが、不意に頭にゴツンと何か尖ったものがぶつかる。
「何しやがる!?」
額を押さえながら傍らを見ると、岩場の影からドミニオが、腕を組んでミノルを睨みつけていた。
「アホが。 お前の問題がシアナに解決できるかどうかなど、どうでもよいことだということがわからんのか?」
何を言われているのかわからないという顔をしたミノルに、ドミニオは眉間に皺を寄せたまま歩み寄る。
そして、拳を握り締めると、ミノルの頭を容赦なく上から殴りつけた。
「本当に自分の好きな人が苦しんでいるのなら、自分に何も出来ないとしても、せめて同じ苦しみだけは感じていたいと思うものだ。 それに誰か他の人に自分の意見を話して、自分以外の視点から物を見ることも大事だと思うぞ。 最終的な判断を下すのはお前一人でいいかもしれないが、そこにいたるまでの過程にまで孤独を持ち込むことはないだろう」
ミノルが痛みにうずくまり、涙に霞む目でドミニオの顔を見上げると、彼は苦いものをかみ締めるような、それでいてもどかしげな顔をしてミノルを見下ろしていた。
もしかしたら、彼もまた同じような失敗を過去にしたことがあるのかもしれない。
拳の痛みにこめられたドミニオらしい優しさに、ミノルは嬉しさと恥ずかしさのないまぜになったような奇妙な感情を覚え、頭をかきながら横を向いた。
「シアナ、明日は召喚術の準備をしておいてくれ。 どうせ苦労をかけるなら、お前以外にも生贄が欲しい」
そっぽを向いたまま、ミノルはポツリとそんな言葉をシアナに漏らす。
「……うん」
満面の笑みを浮かべたまま、シアナはミノルの肩に顔を埋めると、しばらく無言で逞しい肩を抱きしめたまま喜びをかみしめた。
あぁ、そうか。
一人でなんでもできるというのは、無意識に他人に拒絶感を与えてしまうのだな。
だとしたら、自分はシアナにどれだけ寂しさを与えてしまったのだろう?
自らの罪深さを知り、木炭でも口に放り込んだ苦々しさを感じながら、ミノルは、その身を彼女のなすがままにまかせ、ただ口を閉ざした。
そのままどれだけ時間が過ぎただろうか?
「あ、ご飯がこげちゃう!?」
突然シアナは顔を上げると、慌てたような声をあげてミノルの腕を引っ張り、焚き火へと駆け出した。
顔色を変えたドミニオもその後の続く。
流れてくる煙の臭いは、すでにきな臭いものに変わり始めている。
「だりゃあっ!」
一歩先に踏み出すと、ミノルは気合を入れて得意の水気を焚き火に浴びせ、焼き魚を湿らせることなく沈火に成功する。
だが、周囲は一瞬にして闇に閉ざされてしまい、
「うわぁっ! ミノ君のお馬鹿ぁっ! 何も見えないじゃない!!」
ドスッと音をたててシアナの体がミノルの背中にぶちあたる。
「すまん、今明かりを……」
そこまで口にしてから、ミノルは嫌な予感を覚えてシアナを横に突き飛ばす。
「ちょっとー 何すんのよ! 口の中が砂だらけになったじゃないっ!!」
砂場に派手に放り出されたシアナが、砂を吐き出しながら文句をつけるが、それより一瞬早く……
「ぺぐしっ!?」
ズドンと何か重い衝撃音とともに、ミノルの痛々しい悲鳴が闇を震わせた。
原因は、火を消そうとして突進してきたもう一人の巨漢。
「ん、何か当たったか?」
慌ててシアナが明かりをつけると、そこには胸の辺りをぽりぽり指で掻きながら、首を捻るドミニオの姿。
そしてすこし離れた場所で、ベシッと何かが砂地に落下した音が響く。
「あぁ、ミノ君。 なんて不幸な子」
そう呟きながら、シアナは晩御飯を素早く隔離すると、復活したミノルとドミニオの『食前の運動』に巻き込まれないように、そそくさとその場を後にした。
結局その日の夕飯は、分厚く切った自家製のパンとチーズ。
そしてちょっぴり焦げた鱒の香草焼き。
香ばしすぎるディナーをかじるミノルは顔は、炭の苦さと口の中の痛みに眉をひそめながらも、なぜか幸せそうに微笑んでいるかのように見えた。