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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
Interlude:シアナのお仕事
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退屈と【黒毛和牛】裏切りの日々

 ダンジョンの設立からはや4日。

 シアナは今日もダンジョンの奥深く、ミカン箱の上に板を敷いてダンジョン内のデータを記録する作業……をサボって趣味である『新たな魔術』の開発にいそしんでいた。

「ほんと暇ねー」

 研究が行き詰ったのか、メモ用紙の裏に目つきの悪い牛の落書きをしながら呟く声にこたえる者はいない。

 べつにそこに誰もいないのではないのだが、みんなおなじ言葉を繰り返しすぎて返事をする気力すら残っていないのだ。


 なぜ彼らがこんなに暇をもてあましているかというと……

 ここに誰も来ないからである。


 ダンジョンの中に呼び出した召喚獣たちは優秀すぎて、彼女のいるこの最下層までたどり着いた勇者は未だ一人もいない。

 それどころか全体の半分にすら到達する者がいないので、2日目からは彼女のように暇をもてあます者が続出したのである。

 やる気のある奉仕者は、じぶんの姿とする召喚獣をラングダウンして、ダンジョンの浅い部分に乗り出す始末だ。(ランクの高い召喚獣は下層しかうろつけない決まりになっている)


「ねー 知ってる? ヨート君って、最近は傭兵さんたちの間でマッドリッパーって呼ばれているらしいよ?」

 サラサラと鉛筆を走らせながら、シアナは隣でナイフを研ぐネコ型獣人の少年に声をかける。

 返事をするつもりが無いのか、少年が無視を決め込むと、シアナは少年の2本に分かれた尻尾を引っ張って遊び始めた。


「さわんな! つーか、そんな呼び名しらねーよ。 それより、アニキはまだこっちに呼べないのかよ」

 ヨートと呼ばれた少年は、不機嫌そうにシアナの手を振り払うと、横目で睨みながら不満をこぼす。


「もー そんなこと言われなくたって、努力してるわよ。 私の方が何倍もミノ君に会いたいんだから」

 シアナはその言葉に頬を膨らませ、書き損じた紙を丸めてゴミ箱に投げた。

 パタン。

 その紙くずはゴミ箱を大きくそれて、タンスの上においてある目つきの悪い人物の写真をひっくり返す。


「ミノ君言うな! アニキに対してなれなれしいんだよ、この寸胴タヌキ! だいたい、そのアバターどうにかならないのかよ! すごく似合ってねぇぞ!!」

 その倒れた写真を大事そうに起こしながら、ヨートはシアナの"姿"に文句をつけた。


「むりー この体はけっこうお気に入りだし、そもそもアバターってすごい発動が難しいんだから」

 アバターとは、ヴィシュヌ神配下の精霊プラーラとの契約によってのみ行使可能な大魔法であり、危険な場所に赴く際に使用される。

 分身に術者の意識を移転して、分身の体で行動することにより、万が一の場合でも術者の命の安全が保障されると言う効果があるため、ミノルの強い要望もあって習得したものだ。

 もっとも、シアナはこの超高等精霊魔術を、自分のささやかなコンプレックスの解消のために使用することが多かったりする。

 実際、そのような目的でこの術を習得する術者は多い。


「つまり、そのだらしない胸とか重そうなケツがお前の理想かよ。 ウエストだけ変に細く作りやがって、不自然なんだよ!!」

 今のシアナの外見は、20歳前後の妖艶な黒髪の美女だった。

 出るところは出ていて、引っ込んでいるところはきゅっと絞られている……いわゆる、『ぼんっきゅっぼんっ』という奴だ。


「ふーんだ。 でも、この姿はミノ君もお気に入りなのよー 見せた瞬間、顔を真っ赤にして前屈みで逃げ出したんだから」

「その後でむちゃくちゃ不機嫌だったんだろうが!」

 そのゴム毬のような胸をそらすシアナに、ヨートは突き刺すような視線を向けてそう言い放つ。

「うーん、なんでだろうね?」

 ミノルが不機嫌になった理由は未だにわからない。

 あわよくば、そのままミノルの『初物』を頂こうと画策していたシアナにとっては、実に手痛い誤算だった。

「知るか!」

 まだ性の喜びから遠い年齢であるヨートは、その年齢特有の潔癖さでシアナの悩ましい体に汚物を見るような視線を送ると、言葉短く吐き捨てる。


 見れば解るとおり、この二人……実はかなり仲が悪い。

 というか、ヨートが一方的にシアナを嫌っているのだ。

 理由は言うまでもなくミノルである。

 

 普段はカリスマ的強さで周囲を睥睨するミノルだが、ことシアナと妹のアイの前では、コンビニ弁当の繊切りキャベツのようにヘニョヘニョになってしまう。

 ミノルを妄信するヨートにとっては、それがどうにも気に入らないのだ。

 アイに関してはヨート自身も頭が上がらないのでどうしようも無いのだが、シアナに関しては一切容赦する理由が無い。


「そうそう、昨日からダンジョンの中で倒されちゃう子が多いんだけど、何か知らない?」

 そのヨートに、シアナは手持ちの一覧表を見せながら、不意にそんな質問を投げかけた。


「さぁな。 お前が水晶球で監視しているんじゃないのか?」

 ヨートは冷たく笑ってシアナを馬鹿にするような声でそれに答える。

「それがねー 最近大事なところで妨害がはいるのよ。 攻略側の術者程度に使える術じゃないのにー」

 シアナは疑いの眼差しを強くしてヨートを見るが、

「そんなものしるか」

 ヨートは、会話をさっさと切り上げようと素っ気無い態度で視線を逸らした。


「ぜったいこっちの人間で裏切り者がでてるー 倒された人の再召喚も出来ないしー」

 シアナはわざとヨートに聞こえるような声で、独り言のようにそう呟く。


 一度倒された召喚獣は、本体が精神的にダメージを負っている場合があるため、その回復が終わるまでは再召喚に応じられないのだが、向こうの世界とこちらの世界では時間軸に関連性が無いために、向こうでどれだけ休養をとろうが、こちらでは一秒たりとも時間が過ぎていない事になる。

 よって、よほどの理由が無い限りは即座に再召喚が可能なはずなのだ。


「単に拒否されてるだけじゃねぇの?」

 ヨートがここぞとばかりにシアナを馬鹿にするような発言をすると、

「ちがうもん!」

 シアナはその言葉にいたくプライドを傷つけられて、(なまめ)かしい顔を子供っぽい怒りで染める。

 さらに、その辺に転がっている丸めた紙くずに水の魔力を込めてヨートに投げつける準備を始めるた。

「と、とりあえず、ここでこうしていても退屈なだけだ。 上にあがって傭兵の奴らを片付けてくる。 お前はモニターの監視でもしてろ!」

 ヨートは捨て台詞を吐きながら、慌ててその場を逃げ出す。


「ちょっと様子を見てくる。 彼の様子はちょっとおかしい」

 むっくりと起き上がってシアナに声をかけたのは、横で昼寝をしていたドミニオだった。

「あー ドミニオさんもそう思います?」

 そちらに首を向けるシアナも、その細い眉を曇らせて同意を示す。


「なにごともなければ良いのだがな」

 ポツリと呟くドミニオに、シアナは苦笑交じりで頷きながら、

「まぁ、何かあったところで彼一人ぐらいならどうにか出来ますので」

 と余裕態度で肩をすくめる。

 事実、その幼い外見にも関わらずシアナの魔術師としての能力は高い。

 さらにミノルという守護神クラスの召喚獣の加護を独り占めしているため、その配下にある精霊を優先的に使役することが可能なのだ。


「まったく、人は見かけによらないといういい見本だな。 しかし、それだけの能力があるわりにはあまり名が知られていないが、何か理由でもあるのか?」

 やれやれと言わんばかりにの表情でドミニオが瞳を伏せて息を吐き出すと、

「ミノ君が嫌がるんですよー あれで、ものすごいヤキモチ焼きだから」

 クスクスと笑いながら、シアナはそんな理由を口にした。

「なるほど、納得だ」 

 ドミニオもまた、ミノルらしいと笑って頷く。


「では、ちょっと行ってくる」

 ひとしきり笑った後、ドミニオはその巨体を持ち上げて部屋の入り口へと歩き出した。

「気をつけて」

 その背中に、シアナも挨拶以上の意味の無い言葉を投げて送り出した。


 だが、その後いつまでたってもヨートもドミニオも帰って来ることはなかった。

 少なくとも、味方としては。

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