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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
Interlude:ミスリルを作ろう
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牛島家の【黒毛和牛】切ない事情

ファンタジーを彩るいくつものキーワード。

その一つ一つの小道具にも、知られないエピソードが存在している。


これは、空想の産物と言われたあるモノを、現実に作り出そうとした男達の、友情の物語である……かもしれない。


挿絵(By みてみん)


 およそ日本という国には無数とも言える島々が存在しているが、中にはわけあって地図から削除されている場所がある。

 そんなわけありの場所のひとつが、日本海に浮かぶ栄華諸島。

 地元の人間にもほとんど知られておらず、限られた人間だけが行き来するこの島は、住人の許可無くばたどり着くこともできず、不思議なことに人工衛星から見ても海面しか移らないという、神秘の場所である。


 もし、この島に足を踏み入れるものがいたとしたら、間違いなくこういうであろう……「ありえない!」と。

 なぜなら、ここは魔術師と呼ばれる人と魔物と呼ばれる生き物、そして神が共存する隠れ里。

 現代日本においてなお、剣と魔法が行き交い、さらに現代社会の技術までもが混在するファンタジーな場所なのだ。

 

 その栄華諸島の北部に位置する呉田島。

 この島の山間に、長年の年月が生み出した、風格ある建物……といえば聞こえが良いが、実際には広いだけで、長年の雨風ですっかり黒く変色した木造の建築物があった。


 その建物の名は、『牛王院(ごおういん) 武塔(むとう)天社』。

 少なくとも1000年以上の歴史を持つ、何をかくそう黒毛和牛こと牛島稔の自宅である。

 

 そのあちこちが軋んで風通しの良くなった木造建築の一部に、一見してゴミ屋敷かと思うほど無秩序に物が溢れかえった場所があった。

 よく見ると、その一つ一つは美しい花瓶であったり、味わい深い茶碗だったりするのだが、あまりにも乱雑に置かれているために、パッと見ただけではその価値がまったくわからない。

 誰がそんな無粋なことをしているのかと問われれば、ほかでも無い。

 これらの美術品の製作者である牛島稔本人の仕業だ。


 一時期はこの家の家計を預かる牛島家の次女、藍の魔の手……『必殺! ネットオーク送り!!』によって殲滅の憂き目にあったこれらの美術品も、ふたたび無秩序に作品を作り始めたミノルの手により、再び部屋を埋め尽くすまでに数を回復していた。

 いや、それどころかダイエット後のリバウンドの如く部屋の外にはみ出して、今では廊下に放置されるようになっている状態だ。

 邪魔ならまた始末すればよいのだが、そのぞんざいな扱いにもかかわらず、これらの作品に手を付けるようものなら、怒れる竜のごとく怒り出すのが稔という男である。

 それはゴミ屋敷の住人が、ゴミを片付けられるとキチガイのように怒り出すのとそれは非常に良く似ていた。

 なんとも始末に悪いこの性格を、家族は『ドラゴン型溜め込み症候群』と名づけて、半ば諦めている。


「これ、たぶんアールヌーボーってやつよね」

 その一角にある、ガラスランプばかりを寄せ集めた一帯を物色しながら、牛島藍は後ろをついてきた神人達を顎で使い、それらの工芸品を玄関に止めたトラックに詰め込ませる作業に没頭していた。

 むろん稔に許可など取っているはずも無い。

 もしも気付かれたら確実に稔が邪魔をしにくるので、この撤去作業はまさに時間との戦いだ。


 藍は油断無く稔の部屋の襖をにらみつけ、その活動を見張り続ける。

 斥候として玄米茶を運ばせた神人によると、現在稔は新作の皿の絵付けに全ての注意を向けているところとの事。

 あからさまな殺気でも向けない限りはこちらのすることに気付くことは無いだろう。


 そんなことを考えていると、不意に稔の部屋から歓喜に満ちた気配が伝わってくる。

 まずい……もう作業が終わったのか!?

 

 時間がとうてい足り無いと判断すると、彼女は懐から複雑な模様の描かれた紙片の束を取り出し、小声でなにやら呟きながらそれを地面に撒き散らす。


「……百姓名を同じくしてこれを等しきとするならば、我をして汝に名を授け、天下の百害を正し万民に利をなさんことを」

 その桜色の唇から紡がれる声とともに、地面に散らばった紙片がまるで生き物のようにうごめきはじめ、焼けた餅が膨れるような感触で人型の何かに変化しはじめた。


 藍が使用した術は、陰陽師と呼ばれる魔術師が使役する式神と呼ばれる使い魔の術だが、彼女の使うそれは様々なアレンジが加わっており、むしろ古代中国の道師たちが使用した"鬼神使役術"というものに極めて近い。

 無数の鬼神を自らの兵と為し、敵の軍を蹴散らすのが本来の目的の術なのだが、そんなものを日常的に使用する必要は無いし、その呼び出すモノの姿も古代中国の武将などではなく、青い帽子に縞模様のシャツ、動きやすいスラックスという姿の青年である。


「あー 沙河(さがわ)君。 こっからここまでの荷物、全部玄関まで持ってって! 早く!!」

 藍の使役する式神『沙河(さがわ)君』は、とある運送業者をモチーフにした運送専門の式神だ。

 その能力は日本からアルゼンチンまで荷物を届けるのに5分もかからないという秀逸さを誇り、藍の生きがいである"経済活動"を支える基盤でもある。

 命令が下るなり、沙河(さがわ)君はまるで青い風のように古びた屋敷を駆け回り、物音一つ建てることも無く全ての荷物をジャスト2秒で移動し終えた。

 その仕事振りに、主である藍も満足げに頷く。


 続けて藍は、手の空いた神人達に振り返ると、矢継ぎ早に指示を出した。

「今回の商品に関しては……さすがにネットで売りさばくと供給過多になりそうだから、オリンポスのギリシャの神々のところに送ってちょうだい。 代金は貨幣じゃなくて純金がいいわ。 その後は……そうね、今なら中国の市場がにぎやかだからそっちで現金化しておいて。 通貨は日本円でお願い。 売れなかった分は、贈り物という形でポセイドン神配下のニンフェ達に配っておいてくれる? 先日ミノ兄もお世話になったみたいだし、お妃のアントリピテ女王閣下からの贈り物が届いたときのお礼がまだ済んでないから」

 てきぱきと荷物を処分するその姿は、とても中学生とは思えないほど隙が無い。

 目を閉じて声だけを聞いていれば、熟練のキャリアウーマンと言われても誰もが疑わないだろう。


 だが、その精妙な采配に、突然天災のごとき邪魔が入る。


「ごるあぁぁぁぁぁぁぁ! お前らなに勝手なことしてやがる!!」

 荷物を運ぶ音を聞きつけて、ついに魔窟の中から主である業突くドラゴン……もとい稔が鬼の形相で顔を出したのだ。


 だが、藍は慌てず騒がず稔に向き直り、

「ミノ兄、事件です!」

 開口一番、ハキハキした声で一言そう告げた。


「お、おわぁっ!? あ、藍!? 売り物になるものは何もないぞ!!」

 普段から行われている、飢えたイナゴですら足元にひれ伏すような藍の取立てが、すっかりトラウマにでもなっているのか、稔の口から飛び出した言葉は、まるで借金取りにつかまった強欲社長の開き直りのようである。


「いきなりご挨拶ね。 でも今日は違うから。 あ、当然売り物の物色はするけどね」

 愛すべき兄の心無き反応に鼻白みながら、藍はその手を腰に当てて溜息をついた。


「相変わらず血も涙も無ぇな」

 けっきょくは俺の作品はまた売りに出されるのかと、稔がガックリと肩を落とすものの、藍に言わせればこの家の中でガラクタの如く転がっているよりも、価値を知る人のところで愛でられるほうが稔の作品も幸せというものだ。

 それで我が家の家計も潤うのなら、願ったりかなったり。

 稔の作品を単なる投資としてしか見られないなら、それこそ神罰でもくれてやれば良い。


「だってしょうがないじゃない。 血も涙もご飯のかわりにはならないでしょ? それよりも落ち着いて聞いてね」

 稔の腕を取り、居間の座布団に座るように促しながら、藍は深呼吸をしてから非常事態宣言を出した。


「いったい何か起きた? お前が俺の部屋の物色より優先させるとはどんな恐ろしいことが……」

「そのあたしに対する偏見についてはあとで話をつけるとして、まずはこれを見て頂戴」

 戦々恐々と怯える稔に対し、藍はいくばくかの不満を感じながらも一枚の紙切れを差し出した。


「な、なんじゃこりゃあぁぁぁっ!? ひーふーみーよー ろ、六桁!!」

 ミノルが差し出された紙に書かれた数字を確認し、鼻水を飛ばさんばかりの悲鳴を上げる。

 破壊神と恐れられるミノルをここまで驚かせたその紙片の正体は、牛島家に宛てられた請求書だった。


「いいえ、全部で七桁よ」

 冷静に声で稔の言葉に訂正を加えながら、藍は諦めたように瞳を閉じる。


「もしかして韓国の円か?」

 僅かな期待を込めて稔がそう尋ねるが、

「いいえ、間違いなく日本円よ」

 その希望をうち砕くように藍は首を横に振った。


「どっちの仕業だ? オヤジか? オフクロか?」

 完全に据わった目をしたミノルが、どんよりと暗い目をしてボソリと呟く。


 年中家に寄り付かない稔の両親は、それぞれ違ったタイプの浪費家であった。

 その凄まじさたるや、島でも有数の資産家であった牛島家をたった一代で没落に追い込み、稔を年中暇無しの労働に駆り立て、藍を地獄の守銭奴へと変貌させてしまった原因である。

 それでいて本人は何一つ罪悪感を抱かないのだから始末が悪い。


 彼らが毎年生み出す牛島家の出費は小さな国の国家予算に匹敵するとすら言われているのだが、なぜか数ある異母兄弟の中でもこの家にだけにその負担が集中するのだ。

 ワナワナと震える肩をなだめるように、ミノルは差し出されたお茶を一気に煽った。


「請求書の差し出し口からすると、オヤジのほうね。 これ、愛人に買ったマンションの請求よ」

「あんのクソジジィ! また性懲りも無く!!」

 鈍感で一途な稔と違い、天才外科医と名高い彼の父はとんでもない色事師であった。

 関係した女性は数知れず……というより、この島の周辺に住んでいた女性なら、大半は一度ならず口説かれた経験があるだろう。


 作った子供は女が48人に男が69人。

 夫が妻の家を行き来するという『通い婚』の風習があり、一夫多妻制が当たり前の栄華諸島とはいえ、その数は群を抜いている。


 今なおその子供の数は増加の一途を辿っているため、稔は父に去勢の呪いをおくるという日課を欠かさない。

 ちなみに稔はその中でも41番目の息子、藍は33番目の娘だった。

 元は40番目だったのだが、二ヶ月前に隠し子が発覚して数字が一つ増えている。

 

「あの女に子供を産ませることしか能の無い、我が家に取り憑く悪質な金食い虫の片割れは、神人達に始末をまかせるとして……問題は金策よ。 はい、ミノ兄、現実に戻ってこようねー」

 藍が現実に戻って来いとばかりに稔の前で手を振る。


「す、すまん。 つい怒りのあまり我を失っていた。 だが、俺の作品もすぐに買い手が見つかるとは限らんぞ」

 単価の大きな美術品など、そうそう買い手のつくものではない。

 そうしている間にも、支払いの期限は刻々と近づいているのだ。


 困ったことに、この請求書の差出人の住所は東京であるため、何かを担保にして支払いを引き伸ばすという手段も使えない。

 この島は俗世の者がおいそれと立ち寄れる場所ではないのだ。

 借金を踏み倒そうと思えば出来ないことも無いのだが、牛島家の誇りと稔の神としての誠実さがそれを許さない。


「あー そのあたりはシアナさんのツケを取り立て……」

 シアナの溜め込んでいるミノルの召喚料金のツケは軽く数十億に達しており、この負債を召喚師ギルドに売りつけたならあっさりとこの借金は解決するだろう。

 現在はその借金があまりにも膨大になったため、ある程度の返済が終わるまではミノルの召喚を禁止するお触れが藍から出ている。


「却下だ! あれでも俺の契約者だぞ? 少しは大事にしてやってくれ。 召喚師ギルドに取り立てを委託したら、あっという間にシアナの命を代償に持ってゆかれる」

 召喚師ギルドの取立ては、それはそれは恐ろしいもので、支払いが滞りでもしたら問答無用で手足の一本や二本は持ってゆかれてしまう。

 しかも警告無しで、呪術によって一方的にだ。


「じゃあ、弱い効果の宝貝を俗世に売り払……」

「却下だ。 査問委員会にかぎつけられたらどうする気だ?」

 当然の配慮であるが、魔力のこもった代物は一般社会に出してはいけないと言う魔術師達の取り決めがある。

 宝貝とは、道教の仙人たちが作り出すマジックアイテムの事だ。

 決まりを破ってそんなものを担保にしようものなら、稔といえどもただではすまない。


「じゃあ、どうするって言うのよ! ミノ兄もちょっとは考えてよ!!」

「考えてるさ。 だが、すぐに名案が浮かぶわけないだろ」

 稔が悲しげに肩を落とすと、藍もまた気持ちが沈んできたのか、

「ごめんね、ミノ兄。 ミノ兄が悪いわけじゃないのに」

 その逞しい胸に体を預けてポツリと弱音をこぼす。


 だが、その寄り添う兄妹の前に、神人の一人がおそるおそる近づいてきた。

「何用だ?」

 ミノルが不機嫌そうに用を尋ねると、

「あのー 稔さま。 お電話ですが?」

 神人はそっと電話の子機を差し出す。


「誰からだ?」

「えっと、なにやら長いお名前の方です」

「それでわかるわけ無いだろ! まぁいい。 繋いでくれ」

 要領を得ない神人の言葉に苛立ちながら、稔は子機を受け取った。

「もしもし、牛島だが」

 不機嫌な声で電話に出た稔だったが、その耳に飛び込んできた声に、目を丸くすることになる。


「久しいな、黒毛和牛。 あぁ、私にとっては4年ぶりだが、君にとってはつい昨日の事か」

 それはつい先日まで神無世界と呼ばれる異世界で、稔に厄介ごとを持ち込んだ青年だった。


 インドの創造神の一人と契約を結んだ奉仕者にして、稔ですら脅威を覚えるほどの魔導工学の権威……その名をクリシュナ・ラメシュワールと言う。

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