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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
第一話:生贄の乙女と消えた守護神
35/72

第二十九章:私を【黒毛和牛】殺してください

 カッ……

 深夜の山道を、真昼のような光が照らし出す。


 その光の源に目を向ければ、そには地上から空へと、まるで花火のように、色とりどりの光が無数に打ち上げられる幻想的な光景が広がっていた。


 だが、その光は断じて花火などではない。


「くっ、なんだあの化け物は! こちらの攻撃がまるで効かないぞ!?」


 灼熱の炎を放ちながら、助祭たちが空を見上げて歯軋りをする。

 そもそも敵は5000mもの上空の彼方。

 攻撃を届かせるだけでも一苦労だ。


「まずい! くるぞ!!」

 空を見上げていた助祭たちが、上空の雲の動きを察してあわてて防御用の結界の中に入る。


『乾くが良い』


 嘲笑うような女の声と共に、大気が軋むような音をたてて、不可視の力が大地を支配する。


 ……パン。 パパン。


 結界の中で震え上がる助祭たちの目の前で、まるで爆竹のような音を立てながら草花が次々に小さな爆発を引き起こす。


「……なんだよこれ」

「沸点だ。 あの化け物、任意の場所の水の沸点を自由に変化させてやがる!!」


 そもそも水の沸点は、周囲の気圧によって変化する。

 気圧が高ければ沸点は高く、気圧が低ければ沸点は低く。

 山で米を炊くと、ご飯が硬くなるというのは、この沸点の変化のせいだ。


 しかし、もしこの沸点を……気圧の変化に関係なく、物理法則を無視してコントロールすることができたとしたら?

 具体的に言えば、水の沸点を摂氏0度に設定したとしたらどうなるだろう?


 その答えがこの爆発である。

 水は気化するときに1700倍に体積を増大させる性質がある事は有名だが、自然界におけるそれは時に海中噴火における水蒸気爆発として、小さな島ですら地図から消してしまうことすらあるのだ。


 もし、この結界から1mmでも外に出れば、その部分は挽肉と呼ぶのも生易しい状態になってしまうであろう。

 目の前に広がる光景は、わずか数秒で緑の粉が散乱する砂漠のような場所に変わり果てていた。


「……こちら第一討伐隊。 本部へ。 問題のターゲットVへこちらの攻撃が届かず。 ターゲットVは、水の沸点を魔術的に塗り替えるという攻撃を使用。 全員、結界の中から出られない。 オーバー」

 連絡用の端末を動かしながら、助祭の一人が戦況の報告を行うが、

「了解。 第二班が次の作戦に移る。 そちらに救助を向かわせるには時間がかかるので、そのまま現状を維持せよ。 オーバー」

「現状維持はいいが、これどうにかなるのかよ? オーバー」

「すべては主の御心のままにだ。 オーバー」

 それだけを告げると、本部からの通信がプツリと切れる。


 連絡員の助祭は空を見上げ、苛立たしげに舌打ちをすると通信器を耳から外した。


挿絵(By みてみん)


「……やっぱり直接攻撃は無理だそうだ」

 神人Aがそう言って振り返ると、

「よっしゃー! 気合をいれるぞぉーっ!!」

「「おおーっ!!」」

 白妙の千早と緋袴も目にまぶしい巫女達が声を張り上げる。

 ……誤解の無いように言っておくが、勇ましくても全員がれっきとした女性である。


「さて、こっちも準備はいいか?」

 反対側を振り返ると、弓を手にした仮衣姿の男達が列を成している。


「準備はいいが、貸しは高いぞ? と黒毛和牛に伝えといてくれ」

「そうそう、深夜料金だから割り増しで頼むぜ」

 笑いながら応えるのは、ミノルの家に仕える神人と、分家筋の面々である。


「ちょっとー あまりミノ君のお財布いじめないでよー」

 そう言いながら巫女達の間から出てきたのは、白装束に身を包んだシアナだった。

 とたんに、男性陣からほぉ……とため息のような声が漏れる。

 顔を隠すいつものフードは取り払われ、真珠色に輝く髪は風に流れるに任せている。

 実に美しい姿なのだが、その背丈もあって、全員がなぜか七五三を思い浮かべていた。


 とはいえ、その魅了の力に翳りがあるわけでもなく……

「うわ……眼福……」

「俺、今日からロリに転向するかも」

 そんなことをボソボソと囁く男達の何人かが、恍惚とした表情を浮かべる。

 そのケダモノの気配を感じて、シアナが不機嫌そうに眉を寄せると、、特殊な性癖をもつ男が何人か鼻血をふいてバタバタと倒れた。

 この世には、女性からゴミムシのような目で見られることに興奮を覚えるという奇妙な存在が実在する。


「おーい、シアナ嬢。 味方を倒してどうするよ?」

 神人Aがあきれた声をあげてシアナの方を見ると

「ふ、不可抗力だもん。 それに、あの人たち怖いし」

 肩を抱くようにして、プルプルと震えている。

 指を噛み、上目遣いに神人Aを見上げる姿は実にそそられるのだが、本人はまったく自覚していない。

 ……まずい。

 鎮まれ、俺の野生。

 神人Aの理性にヒビが入りかけた。


 神人Aの煩悩がメルトダウンする直前、

「そうよ、シアナちゃん。 あんなケダモノに姿みせたら、あとで襲われちゃうわよ?」

 そんな台詞とともに、巫女の一人がシアナの肩を引き寄せて抱きしめる。


「まて! そのシチュエーションはおいしすぎる! 俺とかわ……」

 パコパコパコーン。

 ついに理性の決壊した神人Aに、巫女たちの草履が唸りをあげて襲い掛かる。 


「だ、大丈夫。 みんなミノ君が怖くて手を出してこないから。 聞こえてる? 変なことしたら、ミノ君に言いつけるよ」

 すでに半分以上野獣と化した男共牽制をするかのように、シアナがその言葉を口にする。

 さすがにミノルの怒りが怖いのか、狼共は物欲しげな目でシアナを見ながらすごすごと引き下がった。


 だが、

「あら? わからないわよー 理性が吹っ切れたら、どんな暴挙に出るか」

 それを見守っていたはずの巫女たちが、怪しいオーラに包まれる。


「そうそう、たとえばこんな風に」

 その台詞と同時に、シアナの後ろから細い腕が伸びる。

「ふ、ふにゃー!? どこ触ってるデスか?」

 その、なだらかで控えめな胸に、絡みつくような指の感触を覚えて、たまずシアナが子猫のような悲鳴を上げた。


「や、やわらかひ」

「お肌すべすべ……なにこのありえないしっとり感」

 次々に伸びる魔の手が、シアナの頬をすべり、あまつさえ服の下まで入り込む。


「さすが黒毛和牛。 仕事が半端ないわね。 この奇跡の素肌を生み出す超保湿皮膚成型クリームを報酬としてもらえるなら、私は悪魔に魂を売っても構わないわ」

 お肌のヘアピンカーブをドリフト走行中らしき巫女が、シアナの頬をぷにぷにとつついて黒い台詞を吐く。

「この間それ貰ったけど、すごかったわよー。 気付いたらうちの母に全部取られたけどね。 あの完全に皺の消えた艶々の顔見て、思わず茶碗投げちゃったわよ。 非売品だなんてあんまりだわー」

 また別の巫女は裾を握り締めて、そう力説する。


 ミノルの製作した黒牛印の化粧品は、現在のところシアナ専用だ。

 だが、今回の事件を解決するための報酬として、ミノルがこの門外不出の化粧品を提示したため、協力者には上に妙齢の女性の姿が多かった。

「そんなに効くの?」

「気持ちが悪いぐらい効くわよ。 70歳のババアの肌が赤ちゃんみたいにシットリふわふわ」


 そんな井戸端会議が花開く中、シアナは報酬のサンプルとして女性陣にもみくちゃにされる。

「つぎこっちにまわしてー」

「にゃー!? 抱っこするなー!!」

「うわー ほんとちっちゃーい。 かわいいー ほんとに私と同じ年なの?」

「ち、ちっちゃくないもん!!」


 見る見る巫女装束の中に埋もれてゆく小さな姿を見送り、男性陣の中から誰かがぽつりと呟いた。

「……百合っていいな」

「気持ちはわかるが、お前ら全員体を清めなおしてこい」

 自らも鼻血を拭きながら、神人Aは男性陣に指示を出した。


 そして、神人Aが顔を洗おうと水場に向かって歩き出したその時……西の空に瞬く信号弾が目に入る。


「おっと、合図がきたぞ。 全員5分で準備! 作戦は第二段階に入る!!」

 号令を飛ばしながら、神人Aは戦いの予感に自分の血が(たぎ)るのを感じていた。


挿絵(By みてみん)


「高天原に坐し坐して天と地に御働きを現し給う竜王は 大宇宙根源の御祖の御使いにして一切を産み一妻を育て……」

 榊を手に、朗々とシアナが唱える祝詞にあわせ、天を覆う黒雲がその密度を増し、縮小しながら下に降りてくる。

 相手が旱魃の魔竜であるならと、ミノルが第二作戦として用意したのは、竜神祝詞による雨乞いの儀式だった。


「なるほど、雲のままでは手に負えないと言うなら、雨に変えてしまえばいいのか。 考えたな」

 その様子を見て、顎に手を当てながら、ドミニオが感心したように呟いた。

 もっとも、ここまで効果があるとはミノル本人も思っておらず、偶然ではあったが。


 どちらにせよ面倒な性質の敵ではあるが、気体よりはまだ液体のほうが戦いやすいだろう。

 なによりも、相手との距離が短いので射程距離の制限が緩和されたのはありがたい。


「……ひぃっ!?」

 目の前で形成される巨大な大蛇の姿に、ドミニオの前におかれた檻の中から魂が砕けたような悲鳴が上がる。

 その声の主は、むろん神人たちによって連行された鉱山の主だ。


「よく見ておけ。 あれはお前を地獄に落とすために使わされた悪魔の使いだ。 あれこそが、お前の犯した罪の大きさだと知れ」

 ドミニオは檻の中に罵声を浴びせると、指示を待つ助祭たちに視線を向けた。


「全員攻撃用意! アタックチームは東の方角を確認し、カバラ十字の祓いから風の物見の塔を召喚せよ!!」

 ドミニオの号令に従い、助祭たちが次々に黄金のオーラに包まれてゆく。


「雨乞い部隊の巫女と、鳴弦部隊の神人達も、30秒後に撤収するように伝えてくれ。 ドミニオの魔術に巻き込まれるぞ」

 その様子を見て、ミノルもまた自分の配下に指示を飛ばした。

 この莫大なエネルギーをぶつけるような魔術を使えば、広範囲に影響が出るからだ。

 そしてその撤収するための時間と隙を作るために、ミノルは全身の力を振り絞り、魔龍の攻撃を風で受け止める。


 それを横目で確認しながら、ドミニオは堂々たる声を張り上げ、ヨハネの黙示録の一説を唱え始めた。

 意識の手を、魔術増幅の結界内部全域に伸ばすと、助祭たちが生み出したエネルギー自らに集めなおし、聖書の言葉によって物理現象に変換する。

「小羊がその七つの封印の一つを解いた時、わたしが見ていると、四つの生き物の一つが、雷のような声で『来たれ』と呼ぶのを聞いた。

 そして、見よ、白い馬が現れた。

 それに乗る者は、弓を手にし、また冠を与えられ、勝利の上にもなお勝利を得ようと出ていった……」


 聖なる言葉を唱えながら、その意識ははるか天空を行く星のかけらにそっと触れた。


「天の星は、無花果(いちじく)のまだ青い実が大風に揺られて振り落とされるように、地に落ちた。 天は巻物が巻かれるように消えてゆき、すべての山と鳥とはその場所から移され……」


 そして天の星がゆっくりと地上に堕ちてくる動きを強くイメージしながら、目に見えない糸が流星と魔龍を繋ぐ光景を幻視する。


「ちょっと待て! ドミニオ、それって戦略級の呪句だろ!!」

「この、お馬鹿! 山ごと消飛ばす気ですか!?」

 後ろで絶叫するミノルとララエルの声を聞き流し、ドミニオは神の裁きを大地に下す。


「……そして、山と岩とにむかって言った、さあ、我々を覆って、御座にいますかたの御顔と小羊の怒りから、かくまってくれ。 御怒りの大いなる日が、すでに来たのだ。だれが、その前に立つことができようか!」


 不意に漆黒の空を引き裂いて光の塊が迫り来る。

 ゴアァァァァァァァァァァッ!!

 耳を突き破るような轟音は、星の砕ける音か、それとも魔龍の咆哮か。


 助祭をはじめ、シアナや巫女たちが、驚いて地面にひれ伏し、落ちてきた星はこの地域一帯をまとめて吹き飛ばしかねないほどの強大な熱を帯びて魔龍を直撃する。


「あぁ、くそ。 ララエルっ! 力を貸してやるからあれをなんとかしろ!!」

「言われなくてもそうさせていただきますっ!!」

 ミノルが呼びかけると、ララエルはハイヒールの踵が折れるのも構わず全力疾走し、ミノルの背中に飛び乗った。

 そしてその背中に刻まれた聖痕に手をあて、そのエネルギーを吸収しながらドミニオの術式を防御するための聖句を唱え始める。


「この後、わたしは四人の御使が地の四すみに立っているのを見た。彼らは地の四方の風をひき止めて、地にも海にもすべての木にも、吹きつけないようにしていた。また、もうひとりの御使が……」


 その声と姿をかき消すように、真紅の光が辺りを血の色に染め上げた。


挿絵(By みてみん)


「……けほっ。 し、死ぬかとおもったー」

 頭から土埃をはらってシアナが起き上がる。

 続けて周囲からも同じように泥だらけになった巫女や神人達が呻きながら起き上がった。


「ふー とりあえずあれだけの攻撃だ。 さすがにくたばったかな?」

 神人Aがぺっぺっと口の中に入った砂を吐き出しながら、爆心地の方を窺うと……


 ぶわぁぁぁぁっ!!


 激しい風の音とともに、漆黒の煙が天へと立ち上りはじめる。

「嘘だろ……? まだ生きてやがる」

 濛々と気化をはじめる魔龍の姿を、誰もが絶望と共に見つめていた。


挿絵(By みてみん)


「シアナ、無事か!?」

 はるか後方から、ドミニオとララエルを乗せてミノルが駆けてくる。

 ドミニオの顔に、誰かに殴られたようなアザがあるのは、この際見なかったことにしようとシアナは心の中で呟いた。


「無事だけど、あれどうしよう?」

 その指し示す場所は、まるで火山の噴火口のように地面がえぐれ、その穴から噴火のように巨大な黒煙の柱が立ち上がっている。


「エネルギーはかなり弱ってますけど、まだ油断できない状況ですわね。 とりあえず、もう一度あれを液化しないと攻撃できませんわ」

 ずり落ちそうな眼鏡を指で引き上げ、ララエルが状況を確認しながら戦略を立て直す。

 だが、

「あ、それは無理」

 即座にシアナがダメ出しをした。


「なに?」

 眉をひそめるドミニオに、神人Aが肩をすくめてシアナの台詞を補足した。

「誰かさんが派手にやってくれたおかげで、俺たち土砂まみれになっただろ。 体を清めなおさないと神道の魔術は使えないと思ってくれ」

 神道の儀式は、病的なまでに穢れを嫌う性質がある。

 日本人が風呂なしの生活を考えられないように、神々も大変綺麗好きなのだ。


「くっ、神道というのは不便なものだな」

「「誰のせいだ、誰の!」」

 汗をかいても普段は濡れタオルで済ませる文化圏からすると、たしかに不便で仕方が無いだろうが、そもそも汚れの元凶に言われたくは無いだろう。


「とりあえず、全員体を清めて来い。 荷馬車の扉が俺の神域に繋がっているから、そこの大浴場を使えばいい」

 使い物にならない神人や巫女をこの場に居させるわけにも行かず、ミノルは全員に撤退命令を出した。


「あー やだ。 もー あたし着替え持ってきて無いのにー」

「最悪! 着替えはあるけど、石鹸もシャンプーもないしー」

「牛島くーん、服買って、服~! 酷い目にあったんだから、ボーナス支給希望!!」

 汗まみれ、埃まみれになった巫女達は、特に不満を漏らしてゾロゾロと歩いてゆく。


「ええい、うるさい奴らだ。 誰か服屋を呼んでやれ! 料金は俺の名前で付けとけばいい。 あと、石鹸の類は湖を泡風呂にできるぐらい在庫があるから好きにつかって構わん」

 必要経費ではあるものの、おかげさまで大赤字である。

 本来の世界に帰ったら、おそらくミノルは妹に絞め殺されるだろう。


 そんな葛藤を他所に、ララエルが事務的な質問をミノルに投げる。

「とりあえず、こちらにできることはありません?」


 しばらく考えた後、ミノルはヴリトラについて書かれた古いほうの記述、リグ・ヴェーダの退治法を採用することにした。

「ドミニオ、雷だ。 あれが伝承通りの存在なら、雷は効果があるはずだ」

 おそらくなんらかの対策は施されているであろうが、試してみる価値はある。


「わかった」

 ドミニオは一つ頷くと、ミノルの背中に手をあて、そこに刻まれた聖痕のエネルギーを吸い取りながら天使語と呼ばれる間延びした調子の奇妙な言葉をつむぎ始めた。

「オー・イー・ペー・テー・アー・アー・ペー・ドー・ケー・エー・デー・エル・パール・ナー・アー・アー……」

 それにあわせて、ララエルがノートパソコン型の魔道具を起動し、目の前の魔龍を包むように巨大な光の立体魔方陣を形成する。


「ちょっとまて! それ、荷電粒子砲の術式じゃねぇか!? なんでそんな派手なだけで効率の悪い大規模破壊魔法使うんだよ!?」

 その術式を一瞬で読み取ると、ミノルは驚きの声をあげた。


「この複雑な構成を一瞬で見抜くとは……さすがですわね。 このプロレス馬鹿は、残念なことにこれしか雷撃系の術を用意しておりませんので」

 ララエルが、あきれたような声でそう告げながら、カタカタと端末を入力する。


「……さてはドミニオ、おまえ見た目重視で攻撃方法選んでやがるな!?」

 ミノルが効率の悪さを指摘すると、一瞬だけドミニオが目をそらした。


 先ほどの流星召喚ほどではないが、これもまた無駄に派手な術式である。

 そもそもこの手の光化学兵器は大気圏の中では真の力を発揮できないのだから、実用化しようとする術者もほとんどいない壮大なネタ魔術だ。


 ちなみに、なぜ一瞬でミノルが看破したかと言うと、昔同じ術式を自分で組んだことがあるからだ。

 なにを隠そう、ミノルはほぼリアル厨二である。

 おそらく本人は卒業したつもりであろうが。


「ふ……ミノルよ、ヒーローは目立ってなんぼの商売だ! そもそもビーム兵器はお前の祖国のロマンだろ!!」

 二十歳過ぎの厨二病患者が嬉々として親指を立てる。


「日本を誤解するのも大概にしやがれ、この腐れメヒーコ!!」


 激しいツッコミにもかかわらず、ミノルの反論を無視してドミニオは構築した術を完成させる。

「双子宮の俊敏と木星の熱狂を、我が元にもたらせ!!」

 ドミニオが人の言葉で祈りを叫ぶと同時に、魔方陣を真紅の光が埋め尽くした。


Take that (こ れ で も)you fiend( く ら え)!」

 裂帛の気合と共に、魔法陣の中の大気が真紅の光線となって天へと光の柱を突きあげる。

 超高度空域にのみ稀に発生するRed Spriteと呼ばれるプラズマ現象だ。

 射程距離にかなりの問題のある術ではあったが、発射地点を至近距離に設定してあるため、エネルギーのロスが非常に少ない。

 おそらくララエルがアレンジを加えた結果だろう。


 光に触れた魔龍の体は、そこだけごっそりと削り取られた。


挿絵(By みてみん)


 ……無駄なことを。

 自らの体を貫く光の柱を眺めながら、彼女は闇の中で呟いた。


 怒りや敵意では、決して憎しみを消すことはできない。

 当たり前のことだが、愚かな彼らには全く理解できないようだ。


 欠け落ちた体を修復すべく、彼女は自らの記憶を辿る。


 自分を道具として扱った村の司祭、自分を汚らわしい物を見るような目で見た村の男達、自分を魔女と決め付けてその最後の時にすら顔を見せようともしなかった家族。


 ……そして、仲睦まじく寄り添う彼と彼女。


 汚らわしい。 おぞましい。 憎らしい。

 そして嫉ましい!


 自らの中から尽きることの無い火山の噴火のような感情が持ち上がる。

 そしてその感情は、彼女の目から黒い涙となってほとばしり、黒い霧に変じて魔龍の体を修復する。


 さらに勢い余ったその激情を集め、"旱魃"の力にかえて地面を這い回る虫共に叩き付けた。

 が、荒々しい風の力が、彼女の魔力を退ける。 


 その風の中に漂う"彼"の残り香を感じ取り、彼女の中で更なる痛みが生まれた。


 嫌っ!

 怒りとも悲しみともつかない衝動に突き動かされ、彼女はその風に黒い霧の塊を叩きつける。

 何度もその風に怒りをぶつけながら、心の中で絶叫する。

 

 これ以上、私を傷つけないで!!


 どうして私にあんなに優しくしたの?

 他に好きな人がいるくせに、こんな寂しい女に必要以上に優しくしたりしないでよ!

 あんなに誠意を尽くされたら、馬鹿な女が誤解しちゃうでしょ?

 そしてその後で、他の誰かとあんな幸せそうな顔で笑うなんて、残酷だと思わない?


 手の届かないものなら、いっそ最初から出会わなければ良かったのに。


 あぁ、憎い。 苦しい。 もどかしい。

 貴方をこの世から消してしまったら、この痛みも苦しみも消えるのだろうか?


 いえ、そんなことでは救われない。

 だから……


 消してちょうだい。

 この私を。

 憎しみや苦しみの記憶ごと。

 できるだけ早く

 ひと欠片ものこさずに。

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