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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
第一話:生贄の乙女と消えた守護神
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第二十七章:憎悪の魔龍【黒毛和牛】少女の選択

 湿り気を帯びてねっとりとした風が頬を撫で、飛び交う火の粉がチリチリと肌を焦がす。

 周囲を焼き尽くさんばかりに火が燃え盛っているというのに、その炎は蛍の灯火ほどの明かりも生み出していなかった。


 地獄の炎……それ以外にその不気味な熱源を表現する言葉はないだろう。


 吹き上がる漆黒の炎は、ミノルたちの目の前にあった祠を焼き尽くすと、やがて一人の少女の形をとる。

「……モルディーナ!?」

 ミノルが呼びかけると、その少女はどこか空虚な目をしながら、ミノルに向かって微笑みを浮かべた。

「あぁ、私はそんな名前でしたね」

 まるで、遠い昔を語るかのようにそっと呟く。


「やめろ、戻って来い! そこから先に踏み出したら、取り返しが付かなくなるぞ!?」

 じっとりと汗を滲ませながら、ミノルが切羽詰った声で呼びかけるも、少女は無邪気な笑みを浮かべて、むしろ嬉しそうに笑う。


「喜んでください、ミノルさん。 私は人であることをもうやめることにしたんです。 あなたと同じになったんですよ?」

 明らかに人とは違う、禍々しい気配を漂わせながら、モルディーナはその手に漆黒の炎を絡ませる。

 それは、まるで蛇のようにうねりながら、毒の煙となって虚空に溶けた。

「な、何を馬鹿な!?」

 ミノルの背中を嫌な汗が流れる。

 モルディーナから感じる気配は、人でもなければ召喚獣でもない。

 あえて言うなら精霊のモノに近かったが、それにしては力が大きすぎる。


「神の都合に振り回されるのはもうたくさんだし、仲間だと思っていた人々は自分の利益のために平気で私を切り捨てた。 ねぇ、そんなのあまりにも惨めすぎません? 何か間違ってません?」

 自らの過去を歌うように振り返りながら、モルディーナは凄絶な笑顔を浮かべた。

 その素肌がピシリと音を立て、砕けた肌の下から漆黒のウロコが現れる。


「だから、私は悪魔となって好きなように生きることにしたんです。 私が何をしても、もはや咎める人なんていないんです。 あぁ……振り返れば私はいままでなんて小さくて不自由な殻の中で生きていたのだろう?」

 ピシリ……ピシリ……次々と彼女から"人"の部分が失われてゆく。


「私はようやく自由になれる。 なんて素敵な感触なの!?」

 細くたおやかな腕は、肩の根元からポッキリと折れて地面の上でガラス細工のように砕けた。

 零れ落ちた眼球のあとからは、縦に裂けた金色の瞳が現れる。


「それは自由なんかじゃない! 諦めだ!! たのむ、人であることに絶望しないでくれ!!」

 ミノルの嘆願もむなしく、彼女の両足は腰から生えた黒い蛇の胴体に飲み込まれ、わずかに人の名残を残す女の顔を天高く持ち上げる。


「無茶言わないでくださいよ、ミノルさん。 私、すごく弱いんですよ? 誰もがあなたみたいに強くないんです。 私に人という弱い存在として生きてゆくことを願うのは……あなたの傲慢だわ」

 無数の(しろ)い牙の生えた顔で、掠れた声が(わら)う。

 その顔も、次の瞬間には巨大な蛇となり果て、その目から人としての感情がまるで感じられなくなった。

 完全に蛇となったモルディーナが、目にも止まらぬ速さでミノルめがけてその牙のならんだ(あぎと)を向ける。


 ……だが、その醜い顔は、ミノルをその牙にかけることなく、その耳元にそっと唇を寄せた。

 ミノルの顔が、悲痛な表情に歪む。

 そして、漆黒の蛇はやってきたのと同じスピードで後ろに跳び退った。


「どけ! ミノル!! あれは、もはや人じゃない!」

 打ちひしがれるミノルを押しのけ、

「アト・ギボール・ル・オーラム・アドナイ……神の光で燃え尽きるがいい!!」

 ドミニオが、かつて少女であったその怪蛇にむかって目を灼くような光の塊を投げつける。


 それを見たシアナとアンソニーが耳を押さえてミノルに駆け寄り、ミノルは全身に気を纏いながらその二人を自分の体の下に(かくま)った。


 カッ……

 一瞬の輝きが周囲を白く染め上げ、次の瞬間、熱と衝撃が怒号と共に押し寄せる。


 ドガガガガガガガガン、ガガン……ガン……

 ミノルの体を叩く嵐のような土砂の音が止むと、シアナはそっと顔を外に出した。


「うわ……派手にやったねー」

 なんとか確認できる周囲の状況は、凄惨の一言に尽きた。

 少女のいた場所は5mほどのクレーターになっており、周りの木々はメチャクチャになぎ倒されている。 散らばった倒木がパチパチと音を立てて燃え上がり、周囲を毒々しいまでに赤く照らした。

 さらに、そのえぐれた穴からは、泥のように濃い黒煙が湧き上がり、ゴムタイヤを焼くような異臭が漂っている。


「……やったか?」

 その凄惨な情景を生み出した本人が、油断なく穴のほうを見据えながらポツリと呟く。

 だが、その声に反応するかのごとく、激しい哄笑が響いた。

「くっくっく……まさか! こんなことで僕の最高傑作がどうにかなるとでも? 甘すぎるよ!!」

 声の主に目を向けると、そこには倒れた糸杉の木にもたれかかるラメシュワールがいた。

 体をくの字に折り、地面を叩きながらドミニオを嘲笑う。

「どういう意味だ! 見ろ、お前の傑作とやらは砕け散って跡形も無いぞ!!」

 ドミニオが不安に顔を青ざめさせながら、狂ったように哂うラメシュワールに詰め寄ると、彼は立ち上がって周囲を見回した。


「たしかに跡形も無いね。 だが、それがどうかしたか? 君の攻撃は、彼女を拡散させただけに過ぎないことに気付いているかな?」

 その掌に、照明弾のかわりとなる光を生み出すと、それを天高く投げ、恍惚として天を仰ぐ。


「見ろ! この雄大にして絶望的な姿を!!」

 閃光が弾け、夜空を真昼のように照らしあげる。

 その光に照らされた空には、まるで龍の鱗のような雲が広がっていた。


「……巻積雲(けんせきうん)?」

 ララエルが天を仰いで首をかしげる。

 それは、はるか上空に生まれる鱗雲と呼ばれる気象現象に良く似ていた。

「いや、色が違う。 なんだこの雲……真っ黒だぞ?」

 目を細めて、ミノルが眉をひそめる。


「まさか……この黒雲全部が体だとでも言うの!?」

 ララエルがハッと目を見開き、ラメシュワールを振り返る。


「その通り! あれが彼女の真の姿さ。 さぁ、君の剣で雲が傷つけられるか? 君の炎で雲を焼くことができるか? 無駄だよ、いまの彼女は無敵だ!!」

「黙れ、このクズが!!」

 勝ち誇るラメシュワールの顔を、ドミニオが力いっぱい殴りつける。


「きっと何か手があるはずよ! あれだけの広範囲に拡散したものをコントロールするには、何かの核のようなものが必要だわ!!」

 地面に伸びたラメシュワールを横目でみながら、シアナがその推論を告げる。

 だが、

「で……それをどうやって探すんだ?」

 ミノルがその方法を聞いてみると、

「えーっと、愛と勇気と希望あたりで」

 あさっての方向をみながら誤魔化そうとする。


「シアナ君、そこになぜ"友情"がはいらな……ぐおっ!?」

 すかさずボケを突っ込んできたドミニオに、ミノルが容赦なくまわし蹴りを入れる。

 どうにも茶々を入れずにはいられない、緊張感の無い連中だ。

「黙れドミニオ。 お前は少年漫画の読みすぎだ!!」

 これで上級天使だと言うのだから、なかなか世の中面白い。


「みろ! 雲が動くぞ!!」

 誰かが、その不気味な空を指さして叫んだ。


「あの方向は……」

「間違いないな。 ドヴアーラカー……俺達の守護している街の方向だ」

 呻くように呟くアンソニーに、ミノルは重々しく頷いてその予測を断定した。


「ミノ君の設置した壷中天の術を経由すれば、先回りできるわ」

 状況を判断したシアナが、ミノルに頷いて走り出す。

「そうだな。 何かしでかす前に、なんとしてもモルディーナを救わないと……」

 ミノルも頷き返してその後を追う。

「お前、まだそんな甘いことを!?」

 ミノルの蹴りで悶絶していたドミニオが起き上がり、あきれたような声を出したが、

「やかましい! 甘かろうが辛かろうが、俺の理想に口を出すな! ドミニオ、お前それでもヒーローか!?」

「うっ……!」

 自らの主義理想を逆手に取られた逆襲にあい、あえなく沈没する。

「ふん、不良天使め。 土曜日に本屋に駆け込んで、少年漫画のなんたるかをキッチリ勉強しなおして来い!」

 そう吐き捨てて駆け出すミノルの耳に、先ほどモルディーナが囁いた、彼女の人としての最後の言葉が耳に蘇る。


 ……私ね、そんな優しいあなたのことが好きだったんですよ? 貴方は気付いてもくれなかったでしょうけど。


「……馬鹿女が」

 その呟きは、誰の耳に届くこともなく、風の中に消えた。

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