第二十二章:肉食むモノの喜びと【黒毛和牛】草食むモノの誇り
今回と次の話は、かなり暑苦しい内容です。
格闘技については全くの素人なので、格闘好きな方と、格闘の描写の苦手な方は適当に流してくださいw
え? 誰も見れない?
……とりあえず、心の広い方推奨ということでw
ゴーン
ゴングにしては重々しい音が鳴り響くと同時に、ドミニオはゆっくりとその腕を前に伸ばした。
力比べをしようというつもりらしい。
冷や汗をかきながら、ミノルは慎重に相手を観察する。
相手は自分と違って、実戦経験豊富な素手格闘のスペシャリストだ。
こうやって直に向き合うと、自分との実力差をハッキリと感じることができる。
まともにやったら確実に負けるだろう。
向こうが遊んでいる間に、一気に片付けるしかない。
さもなくば……
「なんだ、怖いのか? ミノル」
そんな心のそこを見透かすように、ドミニオが挑発するような台詞を投げかける。
「誰に向かっていってやがる」
いっそ、力比べの誘いを無視して蹴りつけてやろうと思ったが、逃げたと思われるのが癪で、ミノルは恐る恐るその手を握り返した。
「それでいい。 さぁ、勝負だ!」
それを見届けるなり、ドミニオがニヤリと笑って全身の筋肉を膨らませながらミノルを押しつぶそうとする。
……だが、次の瞬間、ミノルの握力を感じ取ってドミニオの顔が青くなる。
「ふんっ!」
ミノルが気合を入れると、少しずつドミニオの腕が押し返されてゆく。
「……くっ、なんという馬鹿力!!」
凄まじい力で地面に押し付けられ、ドミニオがその膝をついた。
とりあえず力だけなら勝てる!
内心ホッとしながら、ミノルはその腕にさらに力を込めた。
うまくすればこのまま一気に勝負を決められる!
「あいにく、俺の体は遺伝子レベルで普通じゃねぇんだよ。 牛島家をはじめとする天王寺一族が1500年かけて行った品種改良を甘くみるな!!」
それは人である事を越えるために、優秀な人材をまるで家畜のようにかけ合わせた、人としての倫理を無視した行為の結果だ。
もはや人種としても日本人とよべるか怪しい。
それどころか、下手をすると種としてもホモ・サピエンスサピエンスから離れかねないだろう。
勝ち誇っては見るものの、よく考えるとあまり褒められたことでは無いような気がしてミノルは顔をしかめた。
「ま、まさか素で人間じゃなかったとは想定外だ。 だが、それだけの話!」
叫びながらも、ドミニオは一気に腕を引くと、バランスを崩したミノルめがけて頭突きを見舞った。
「……ぶっ」
逃げ場の無い状況でまともに一撃を浴び、一瞬だがミノルの視界がぶれた。
鼻の奥にツンとした痛みが走り、その鉄臭い匂いに酔ったかのように足がふらつく。
その隙を逃さずドミニオの手がミノルの腰に伸びた。
「うわっ!?」
気が付くと、ミノルの体はドミニオの肩の上に持ち上げられていた。
そしてそのままドミニオは、右膝をつき、勢いをつけてミノルの体を背中から膝の上にたたきつける。
「……あぐっ!」
受身をとることもできず、背骨が折れるかと思うほどの痛みにミノルの体がエビのように跳ねた。
激痛で息が詰まり、全身に脂汗が流れる。
……ゾクっ。
肝が冷えるような感触に、ミノルがあわてて寝返りをうとうとするが、それよりも早くドミニオの肘がミノルの腹を抉る。
「ぐぼあっ!?」
腹を押さえ、悶絶するミノル。
痛い……苦しい……
目に涙が滲んで視界が歪む。
「まだ寝るには早いぞ!」
さらに動きが鈍くなったミノルの体を、ドミニオがサッカーボールのようにコーナーポストへと蹴り飛ばす。
鈍い音と共に硬いコーナーポストに頭からぶつかり、ミノルの目の前にチカチカと星が瞬いた。
「くはっ!……あっ、うっ……」
何かつかまるものが無いかと手を伸ばすと、右手にコーナーポストの硬い感触が触れる。
その支柱に手をかけると、ミノルは荒い息を吐きながら、それを支えにヨロヨロと体を起こした。
「……ひっ」
起き上がったミノルの顔を見て、シアナが短い悲鳴を上げる。
おそらく顔は血まみれだろう。
顎のあたりにヌルヌルとした生暖かい血の感触がする。
……意識が遠い。
そこへすかさずドミニオが低い姿勢から肩を突き出して、ミノルをコーナーポストに押しつぶそうと体当たりを仕掛けてきた。
「くっ!」
……殺される。
その容赦ない攻撃に、ミノルの背中に本能的な恐怖が走った。
立ち上がらなければ死ぬ!
ふらつく足を叱咤し、ミノルは前のめりの姿勢のまま体を捻ると、ドミニオの横に体を滑り込ませ、その両肩を掴んで、ドミニオの足を払って後ろのコーナーポストへと放り投げた。
幼い頃に叩き込まれたまま、ほとんど使うことのなかった格闘術の心得を、どうやら体は覚えていたらしい。
「……なっ!?」
ガコン!
不意をつかれ、まるで前転をするかのような形で、こんどはドミニオがコーナーポストに叩きつけられる。
「……ぐっ!?」
まともに入ったのか、背中を押さえてのたうちまわるドミニオ。
その間にミノルは転がるようにして距離をとった。
そして背中の痛みをこらえて立ち上がると、ドミニオは腰を落としてレスリングに近い構えを取る。
投げ技を警戒しているのだろう。
関節技へ持ち込むことに適したその構えを見て、ミノルが内心舌打ちをした。
どちらかというと、関節技の類は苦手なのだ。
うかつに飛び込むこともできず、仕方なしにミノルは相手の様子を窺う。
だが、その腰の引けた様子を見透かし、ドミニオはニヤリと笑うと、いきなりタックルを仕掛けてきた。
「くっ……なめるなぁっ!!」
ミノルは気合を入れて叫ぶと、片膝をついてドミニオよりもなお体を低く落とし、上から突き上げるようにその体当たりに耐える。
さらに、ドミニオのわき腹に自分の頭を押し付け、ドミニオの両の膝の裏を抱きかかえるようにしてその体制を崩しにかかる。
「甘い!」
ドミニオはすかさずミノルの手を振り払い、逆に組み付いて上から押しつぶそうとする。
だがその動きはミノルの想定内だった。
……いけるか?
ミノルは顔を引き締めると、今まで一度も使ったことの無い技を思い出す。
使えば相手を必ず殺してしまうと念を押され、よほどの理由が無い限り絶対に使うなと言われた技だ。
だが、使うとしたら今しかない。
さもなくば、自分が無様にマットに転がる事になる。
……負けたくない!
ミノルは決意を固めると、ドミニオの左足を踏みつける。
その反則じみた行動にドミニオが驚き、僅かに隙ができると、こんどは逆の足の膝掴んで持ち上げた。
そしてそのまま、バランスを崩したドミニオの体を力任せにひっくり返す。
今だ!
ミノルは仰向けに倒れたドミニオに向かって、右手を矢を引くように構え、ゆっくりと呼吸をする。
いったいこの体制から何をしようというのだ!?
ドミニオが一瞬困惑する。
打撃技を使うにはあまりにみ距離が狭すぎるのだ。
だが、その時ドミニオは急に胸が苦しくなるような感覚と、脱力感を覚えて慌てふためいた。
見れば、自分の体を覆うオーラがもミノルの口に吸い寄せられている。
おまけに、そのオーラが黒く変色しながらミノルの拳にまとわり付いていた。
「な、まさかこんな術が!?」
他人の気を吸い取って自分のものとする、極東の魔術師の一部が使う秘術だ。
そんな秘術をミノルが習得していることも予想外なら、まさかそんな術を魔術もチャクラも封印した状態で使用できるとは想定外だ。
「い、いかんっ!」
あれを喰らったら確実に殺られる!
慌ててミノルから離れようとしたドミニオだったが、その足はしっかりとミノルが踏みしめている。
「せりゃあぁぁぁぁっ!!」
その次の瞬間、ミノルは裂帛の気合と共に、大股を開いた状態のドミニオの股関節の中央にある、会陰……人体の7つのチャクラのもっとも根底部分にある人体のツボに狙いを定めると、人差し指と中指だけを立てて、全力で突きいれた。
「天王寺流無手格闘術禁じ手の一つ! ……七門崩しっ!!」
「ぐがぁあっ!!」
恥も外聞も無い悲鳴を上げながらドミニオの体が激しく痙攣する。
その痙攣が治まると、ドミニオの口からはダラリと舌がこぼれ、白目をむいた眼孔からは涙が溢れ、その指が力なく地面に落ちた。
「……ひっ!?」
あまりの凄惨な有様に、見物していた助祭たちの顔は青ざめ、ララエルにいたってはそのままフラリと倒れた。
ミノルが用いたのは、点穴と呼ばれる技術の一種であり、人体を霊的部分をも含めて完全に破壊する非人道的な技だ。
禁じ手をその名に冠しているのは伊達ではない。
喰らったが最後、確実に心臓が止まる。
「……一応……形だけはプロレスに付き合ってやる」
もはやピクリとも動かないドミニオの傍にフラフラと近寄ると、うつ伏せになったドミニオを仰向けに蹴り飛ばし、ドサリと自らも倒れるかのように覆いかぶさった。
……1
……2
……ビクンっ!
カウント3が入る直前に、ドミニオの体がビクリと跳ねてミノルの体を一瞬だけ押しのけた。
「……くはっ……げほっ」
体を震わせながら、ドミニオが激しく咳き込む。
「な、嘘だろ……!?」
体を起こしながら、ミノルが悔しそうに呟く。
「……こ、殺すことをためらったな、ミノル。 それにしてもなんという恐ろしい技だ……い、一瞬天に召されたぞ」
恐怖に体を震わせながら、ドミニオが荒く息をつく。
「帰ってこなくてもよかったのによ」
陰惨な表情でミノルが吐き捨てる。
まさか今の業で仕留められなかったとは予想外だった。
だが、失敗の原因は、ミノルの甘さと迷いにある。
さて、どうしようか。
困ったことに、次の手が思いつかない。
「ん……?」
全身に冷や汗をかいたミノルの顔を覗き込み、ドミニオは不意に違和感を覚えた。
「お前……もしかして怯えてるのか?」
ドミニオは訝しげに問いかける。
ミノルの体がビクリと震えた。
ドミニオは、何か根本的に勘違いをしていたことに気付き始めた。
「そうか……それはそうだな。 その歳じゃ、まだ子供の喧嘩ぐらいしか経験したこと無いだろう」
見た目は立派な青年だが、その実はまだ15歳の少年である。
数々の修羅場を潜ったドミニオが相手では、殺すか殺されるかまで精神的に追い詰められても無理は無い。
「わ、悪かったな、ド素人で。 そんな残念な顔するぐらいなら、最初から遠慮しろ!!」
追い詰められた顔で、ジリジリと距離をとるミノルを見ながら、ドミニオはしみじみとため息をつく。
「私が狩りを楽しむために爪を振るうライオンなら、お前はまるで生き延びるために角を振るう野牛だな」
価値観が違うといえばそれまで。
だが、その違いにドミニオは、言い知れぬ寂しさを感じていた。
「そうか……私は、勘違いをしていたんだな。 てっきり、お前も戦いを楽しんでいると思っていたよ」「ふざけんな! 俺に誰かと殺し合いをして楽しむ趣味は無ぇ!!」
歯を剥いて威嚇するミノルに、ドミニオは自らの罪深さを認識した。
楽しんでいたのは自分だけだった。
考えれば、自分が彼を戦わなくてはならない状況まで追い込んだのだ。
しかも、魔術という角を折り、気功を練れぬという枷をつけた上でだ。
すべては自分の楽しみのためにやったこと。
でも、できることなら、自分との戦いを楽しんで欲しかった。
いや、できることなら戦いの楽しみを教えてやりたい。
「たしかにそれは私がわるかった。 お前を痛めつけて楽しんでいたよ。 あぁ、ほんとに楽しかった」
独白を続けながら、ドミニオが投げ技中心の構えから、打撃中心の構えに切り替える。
「だが、それではあまりにも不公平だ」
じりっ……注意深くドミニオが一歩前に踏み出す。
「私がお前に、戦うことの楽しさを教えてやろう」
その悪意なき敵意を帯びた笑みに、ミノルは自らの敗北を予感した。