第十八章:ボケは【黒毛和牛】拳よりも強し
ミノルたちが時代の風の冷たさに涙していた頃、モルディーナの家の横に停められた荷台にむかって足早に駆け寄る複数の影があった。
「止まれ! この扉の向こうは恐れ多くも牛頭天王様の領域であるぞ!!」
刀を手にした神人Cが、普段とはうって変わった凛々しい表情でその集団の前に立ちはだかる。
……たゆん。
「ここに、ウチのプロレス馬鹿が来ていると思うんですけど」
謎の効果音と共に、艶っぽいアルトが流れ、神人Cの顔がくたびれたパンツの紐のように緩む。
「ちょっと、聞いてらっしゃいます?」
「はっ!?」
……いかん、これが俗に言う精神攻撃というやつか!?
鼻血をすすりながらボソボソと何か呟いた後、神人Cはティッシュを鼻に詰めながら女の問いに答えを返した。
「たひかに先ほろ覆面をした金髪の変態が通っていったが、もひかひてその男の事か?」
「恥ずかしげもなく赤いパンツ一枚で歩き回っている変態なら間違いなくウチの変態ですわ」
神人Cの答えに、女は顔色一つ変えることなくそう断言した。
「……苦労しているようだな」
ティッシュをちぎって鼻に詰めた神人Cが、労わるように声をかける。
「すいませんけど、ここを通していただくか、その変態を呼ぶかしていただけません? 変態に用がありますので」
沈痛な表情の神人Cの言葉を振り払うように、女は自らの目的を告げた。
「わかった。 すこし待て」
神人Cは荷台の横に取り付けられた伝声管に口を寄せると、
「……赤いパンツの変態に会わせろという方がお見えになってますがいかがしましょう? え? 変態などいないといわれましても。 はぁ、そうです。 プロレス馬鹿といってました。 はい。 では、そのように」
へこへこと伝令管に頭を下げながら、ミノルへと来客を知らせる。
「ミノル様の許可が下りたから通ってよいぞ。 くれぐれも粗相の無いようにな」
愛想笑いを仏頂面に切り替えると、神人Cは女達に許可を出した。
女は微妙な間を置いてから、神人Cに笑顔を返すと、一礼してその前を通り過ぎる。
「感謝しますわ」
……たゆん。
女が扉を潜り抜けたとき、再び謎の効果音が神人Cの耳を浸食する。
「すげぇ。 いままでネタだと思っていたが、あれは間違いなく『武器』だ」
その後姿を見送りながら、神人Cは一人そう呟くのであった。
「やはりお前か、ララエル」
現れた一団を見るなり、ドミニオのゲンナリした声が響く。
「誰がパンツ一枚で歩き回る変態だ! これはちゃんとした衣装であってだな……」
「主観的な問題じゃなくて客観的な事実ですわ、このド変態」
1mmたりとも隙の無い笑顔で変態の烙印を押されるドミニオ。
一瞬で撃沈され、返す言葉も無い。
そのララエルと呼ばれた女性は、ひどく存在感のある人物だった。
……主に、『胸』が。
こやつ……できる!?
ゴクリと唾を飲み込むミノルの背中と紳士な部分に、言い知れぬ戦慄が走った。
「か、仮にも自分の守護天使に向かって変態とは……」
いかん、兄弟!!
その女にその切り返しをすれば、間違いなくカウンターを喰らうぞ!
「取り込み中にすまんが、紹介してくれないか?」
ミノルがすかさず地雷を踏みそうになったドミニオに助け舟を出す。
「あ? あぁ」
自らがワナに陥りそうになったことに気付いたドミニオは、冷や汗をぬぐいながら、ミノルに感謝の視線を送った。
「紹介しよう。 私の召喚者でシスター・ララエル。 後ろに控えているのは、彼女に仕える助祭たちだ」
ちっ……
おい、今、舌打ちしなかったか? シスター・ララエル。
「ララエル、こいつが今回の私の相手で……」
気を取り直して、ララエルにミノルを紹介しようとするが、ララエルはその言葉を、南極の海を行く砕氷船のような鋭さで遮った。
「噂はかねがね伺ってますわ。 あなたが噂に名高い黒毛和牛?」
いったい俺はどんな噂をされているのだろう?
ジト目で眉をひそめたミノルの心中を察したのか、ララエルはにこやかにその"噂"の内容を口にする。
「さすが、去年の週刊異世界時代の年末特集『召喚師に聞いた、おいしそうな召喚獣』でNO1に輝いた方ですわ。 見るからに鍋に入れて愛でたくなるというコメントは真実でしたのね」
食べるってナニ? どういう意味?
その怪しい週刊誌はいったい何だ!?
小さく呟きながら、頭を抱えるミノルの肩を、ドミニオがポンポンと叩く。
「それにしてもドミニオ。 敵だというのにずいぶん仲がよろしいのですね? そうやって並んでいると、まるでご家族みたいら仲睦まじくてよ?」
あたかも、仲のよさを褒めているようだが、
「……いきなり何を言い出す、ララエル」
「そういえば、その方、ドミニオとそっくりですわ。 もしかして隠し子?」
「私は25だ! こんな大きな子供のいる歳じゃないっ!?」
どうやら、ボケの前フリだったらしい。
「まぁ、10歳にもならないうちに結婚なさったの? ドミニオはおマセさんですね」
「ちがぁぁぁぅっ!!」
哀れなドミニオがボケの刃で血祭りにあげられる。
おそるべし、シスター・ララエル。
だが、彼女の猛威はそこでとどまらなかった。
「あら、ごめんなさい。 あまりにもよく似てらっしゃったから。 じつは弟さんだったのね?」
シスター・ララエルの視線がミノルを捕らえる。
だめだ、やめろ、突っ込むな!
ツッコミをいれたら終わりだぞ、その口を閉じろ牛島 稔!!
必死に自らを押し留めようとするが、長年シアナを相手に培ったツッコミの精神は彼をもってしても停めることはできなかった。
「どこをどう見たら兄弟に見えるっ!」
……やってしまった!?
ララエルがフッと微笑む。
「その無駄についた筋肉と汗臭い雰囲気かしら?」
「「無駄じゃないし、汗臭くもないっ!!」」
ミノルの声と、復活したドミニオの声が見事に重なった。
二人の目から血の涙が流れているのは、はたして幻であろうか?
「ララエルっ、いい加減眼鏡をかけろ! 適当な事を言ってないで、ちゃんと相手の顔ぐらい確認しないか!」
疲れ果てた顔のドミニオに、そう注意されると、
「まぁ、それは失礼しましたわ」
懐からごそごそと太い黒縁の眼鏡を取り出す。
……ミノルの見間違い出なければ、その眼鏡には鼻とヒゲがついていた。
「まぁ、本当にそっくりですわ。 で、お父様とお母様のどちらが同じなんですの?」
その眼鏡を、一瞬の躊躇もなく装着すると、ララエルはニッコリと微笑んで呪いの言葉を吐き出す。
どうやら、ドミニオとミノルは腹違いか父親違いの兄弟ということらしい。
「いったいドコから突っ込んで欲しい!」
「完璧なわたくしに、ツッコム隙などどこにもありませんわ」
まるで、火を吐く大怪獣のような女だ。
しかも、残念なことにM78星雲の助けは無いらしい。
「おまえ、わざと言っているだろ」
ドミニオが横目でララエルを睨むが、
「主はおっしゃいました。 自らが楽しいことは、人にも施してあげなさいと。 ちなみにこの眼鏡は伊達眼鏡ですわ」
十字架の人もビックリな解釈である。
もはや、ちゃんと言葉が通じているかも怪しい領域だ。
「言われなくても見た目でわかるっ! ついでに私は楽しくないっ!」
「わたくしは、とても楽しくてよ? ドミニオ」
微笑むその顔を見て、聖書にかかれたエリコの城砦のようだとドミニオは呟いた。
だ、ダメだ、こいつは手に負えない!
ドミニオの心が折れたのを感じ取り、ミノルは危機感を覚えた。
だが、敵はあまりにも強大。
ミノルが助けを求めて回りを見回すと……
シアナとアンソニーが連れ立って部屋から逃げ出そうとしているところだった。
ちなみにララエルと一緒にきた助祭たちはとっくに逃げ出している。
「いーやー 見逃してミノ君っ!!」
「はなせ、ミノルっ! この女はただボケやないっ! 攻めのボケや!! 宇宙からの侵略者や!! ツッコミ属性のワシでは、あの確信犯的な毒電波には勝てんっ!!」
ミノルに捕まえられ、必死に抵抗する一人と一匹。
「ふっ…… 愛してるぜ、お前ら。 死ぬときは一緒だ!」
「そんな愛の告白はいやあぁぁぁぁぁぁっ!!」
ミノルの愛と哀に満ちた告白は、二人には死刑の宣告に聞こえたという。
「あら、これは……もしかして」
騒いだことで注意を引いてしまったのだろう。
不意に目を細めて藪睨みになったララエルが、こちらに急接近する。
そして、ミノルの腰がひけた瞬間を見計らって、いきなりシアナに抱きついた。
「なっ!? やめろ! シアナを離せ!!」
一瞬の隙を突かれたことに慌てたミノルが、血相を変えてその手を引き剥がす。
「あら?」
だが、シスター・ララエルは首をかしげ、懐から眼鏡を取り出すと。
「間違えましたわ。 目的はこっち」
いきなりミノルの頭に手を伸ばし、その顔をスイカを二つ並べたような胸に押し当てる。
「な、何しやがるっ!!」
逃げ腰のまま叫ぶミノル。
力任せにそ手を引き剥がすと、尻もちをついたままでワタワタと後ろに逃げ出した。
「あら、おまちになって」
「な、何だお前はいきなり!?」
異様な雰囲気に飲まれつつも、ミノルは精一杯の気力を振り絞って叫んだ。
「だって、可愛いんですもの、貴方。 とくに怯えて逃げ惑う姿に、わたくしキュンときましたわ。 絶望に歪む顔なんて、おもわす抱きしめて踏みつけてヒールのかかとでグリグリしたくなっちゃうぐらい。 さらにいじらしく見上げる瞳なんて、平手で叩いて泣かせてみたらどんな顔になるのか想像するだけで……うふふふふ」
顔を真っ赤にしながら絶望するミノルを、笑いながら見つめるララエル。
その視線は、間違っても愛でるとは言わない。
あえて例えるなら、獲物を狙うハンターの如し。
「それに『汝が敵を愛せよ』とは、主のお言葉ですのよ? わたくしの愛で貴方を満たしてあげたい」
「いらんっ! そんな歪んだ愛は断固として断るっ!!」
彼女は疑いようもなくSであった。
「ちょっと! あたしのミノ君から離れなさいっ!!」
そのとき、色々と危険を覚えたシアナが、ミノルの前にたちはだかった。
そして、その巨大な体を魔女の視線から隠すべく両手を広げる。
小さな体が、今のミノルにはとてつもなく頼もしく見えた。
だが、
「あら? ミノル君を左の胸に治めても、まだ右の腕が空いてましてよ?」
『たゆん』と謎の効果音を立てながら、ミノルとシアナの前でその破壊兵器を揺らすララエル。
……何という化け物。
シアナの頬を詰めたい汗が伝い落ちる。
「思い出した!」
突然、アンソニーが叫んだ。
「そいつは『母の愛』や! 唯一神の宗派に、ものごっつい胸をした手練れの召喚師がおると聞いたことがある!!」
「「こ、こいつがマテルニテ!? 確かにすごい胸だ!!」」
神人AとBが異口同音に叫ぶ。
「突っ込むところはそこかーい!?」
それは、導師以下の召喚師において、もっとも気をつけなければならないと言われている魔人の名前の一つだった。
畏れとともにララエルに目を向けるミノル。
だが、その視線は顔ではなく、そのもう少し下にある自己主張の強い部分に吸い寄せられる。
「み、ミノ君っ! はやくその邪悪な脂肪の塊から目を離しなさいっ! 地獄に落ちるわよっ!?」
「無理だ、シアナ!! 引力が強すぎるっ!!」
絶望の声を上げるミノル。
「……ミノル! 汝、姦淫するなかれだ!! 心を強く持て!!」
後ろからドミニオも励ますが、そのドミニオの視線も同じ場所に釘付けだ。
「さ、むだな抵抗はおよしになって」
馬鹿な事を言っている間に、ララエルがその距離を縮める。
ぞっとするぐらい優しい声で囁きながら、ララエルの左胸がミノルの頭を捕らえた。
だがその時、ミノルに向かい、一つの影が駆け寄った!
「うおぉぉぉぉおおぉぉぉぉおおぉぉぉ!!」
勇ましい声と共に、ずざーっと効果音を立ててヘッドスライディングしてきた神人Aが、ミノルの足を掴んで引き倒す。
「お前ばっかりズルイぞ、ミノル! 俺と代われ!!」
そして、すかさずミノルを後ろに蹴り飛ばしてララエルの左胸の位置を奪う。
「ふはははは、いつも乳を見ているだけで、揉むこともできない甲斐性なしには、その席がお似合いだ!!」
そして、吹っ切れた、実に良い笑顔で高らかに笑い声をあげた。
「い、いやあぁぁぁ! ちょっと、何よ、この、変態っ!!」
自分以上に人の話を聞かない変態の乱入に、さすがのララエルの表情にも焦りが浮かぶ。
「ちょっとまて!? だれが甲斐性なしだ!!」
だが、神人Aの聞き捨てなら無い台詞に、ミノルが目を白黒させていた。
「シアナちゃんと毎日くんずほぐれつしているくせに未だに手を出してないの知って……ぺぐあっ!?」
ドミニオが怒りを込めて、狼藉者の口を正義のフライングクロスチョップで塞ぐ。
だが、既に遅し。
「だれがそんなペチャ(自重)に欲情するか!!」
ミノルの口から、いつもの照れ隠しの暴言が飛び出せば、
「だれが水平線よりも平らなミニマムツルペッタンですってぇっ!?」
それに反応したシアナが噴火する。
「俺はそこまで言ってな……」
「ミノ君なんて、やっぱりコテンパンにやられちゃえばいいのよーっ!!」
バシバシとミノルの背中をたたきながら、シアナがお子様モードに突入すると、ミノルはただオロオロとなされるがままに殴られるしかない。
その様子に、ララエルがいいなー若いなーかわいいなーと羨ましそうに呟くが……
「ララエルっ! おまえ、聖職者の癖に何と言うことを!!」
正義に燃えるドミニオが、ララエルを感傷から引き剥がす。
「あら? ドミニオ。 もしかしてヤキモチですか?」
ニッコリと笑ってすかさずカウンターを入れると、ドミニオの顔が真っ赤に染まる。
「な、なんだとぉっ!? そ、そうだ! お、お前だけが召喚師だと思うなよ!」
さらにどこかの誰かと同じようなことを口走り始めた。
「確かに私以外にも召喚師の方はいらっしゃいますけど、それがどうかされました?」
ドミニオのじつに良い困り顔にほくそえみながら、ララエルが冷静に言葉を返す。
だが、この発言が思いもよらぬ展開を生むことになった。
「どうかされました……だと!? なら……えっと、そうだ!!」
何かを思いつくドミニオ。
なぜかその視線はシアナの方を見ている。
「おい、シアナ君。 頼む、俺と組んでくれ!!」
つかつかと歩み寄ると、シアナの手を握って熱い視線を注ぎだした。
「な、なに馬鹿な事を言い出す! こいつは俺の専属で……」
目を見開くミノルの横で、
「いいわ! その提案、乗った!!」
こともあろうか賛同するシアナ。
「その代わり、あの馬鹿牛に徹底的に御仕置きしてっ!!」
ミノルを指差し、涙ながらに叫ぶシアナ。
「ほ、本気で言ってるのか!?」
ミノルの顔色は、青を通り越してどす黒くなっている。
「本気だもん! ミノ君なんか、あの魔乳にたぶらかされていればいいのよっ! どうせ胸が無……控えめな私のことなんかどうでもいいんでしょぉぉぉぉっ!!」
「そ、そんなことはないっ!!」
かつて無いほど焦った顔を見せるミノル。
土下座でもしそうな勢いだ。
だが、
「だったら、なんであの女の脂肪の塊から目をそらせなかったのよぉっ! 嘘つきぃっ!!」
反論できない事実を突きつけられ、言葉を失う。
その歯がゆい様子を見ながら、ドミニオがニヤリと笑った。
「悪いがおまえの相方は頂いてゆくぞ。 先にリングで待ってる!!」
シアナを抱きかかえるように部屋を出てゆくドミニオ。
その行為を押し留めようとミノルが手を伸ばすが、その指がむなしく宙を彷徨う。
「あら、思った以上に面白いことになっちゃった」
楽しげに呟くララエルを睨みつけ、
「……ぜんぜん面白くねぇよ!!」
ミノルは吐き捨てるようにそう告げ、ガックリと肩を落とした。