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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
第一話:生贄の乙女と消えた守護神
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第十六章:心を偽る不実な口と【黒毛和牛】口に出せない不可解な心

「ミノ君の……」

 大きく息を吸う。

「ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 子猫のように甲高い叫びは、誰もいない村はずれの深い藪の中に消えた。


「なんでいっつもそうやってかっこつけるのよ、あのええ格好しぃ!!」

 ぎゃあぎゃあと泣きながら、その辺にある広葉樹を細い足でゲシゲシと蹴り上げる。


 ――こつーん

 そんな八つ当たりに抗議するかのごとく、落ちてきた木の枝がシアナの頭を直撃した。


「……痛い」

 地面にうずくまり、頭を抱えて鼻をすする。


「そりゃさー、私だって我侭だし頑固だけどさー」

 落ちてきた枝を拾って地面をガリガリと削りながら愚痴をこぼす。


「何もかも自分ひとりで抱えて、それでいいわけないでしょ? 何のために私がいるの?」

 いつもそばにいたい。

 必要だと言われたい。


 でも、鬱陶しいといわれたくない。

 ミノルの気持ちを思うなら、このまま何もいわずに好きなようにさせてあげたい。

 でも、そのせいで彼が危険に陥るのを見るのは耐えられない。


 けど、いったい何が最良なのだろう?


 もし、彼が自分が間違っていたと言って彼女を迎えに来たら、すべては解決するのだろうか?

 でも、それは自分の好きになった彼じゃない。

 そう、彼は……どうしようもない人なのだ。

 無鉄砲で、強がりで、見栄っ張りで、人の気持ちを推し量ろうとするけど繊細さが足りなくて失敗ばかり。

 最近は思慮深いことも言うようになったが、あれは周りの出来の良い人の真似をしているだけだと、付き合いの長い自分は知っている。


 本当は、自分がそばにいてあげないと、とんでもないところに飛んでいってしまいそうな危うげな人なのだ。


 ……なんであんな人好きになっちゃったんだろう?

 今更な台詞を呟いて自問自答する。


 好きな人と幸せに暮らすという、ささやかな事しか願ってないのに、どうして『ありふれた幸せ』を手に入れるのはこんなに難しいのだろう?


 切なくて、胸が苦しくて、耐え切れずに甘いため息を吐く。


 とりあえず決まっていることは……

「迎えにくるまで戻ってあげないんだから。 早くしてよ、この甲斐性なし……」


 でも、その前にやる事があるのよね。


 シアナは立ち上がると、両手の指をすべて伸ばし、その左手は大地を、右手は天を指すように動かし、鳥が(さえず)るような声で高らかに歌い上げる。


「森と野の狭間に生きる(うから)の女王、茨の神姫エグゼビア、宗主の定めし盟約に従い我が手に宿れ。 我が怒りは森の怒りにして汝が愉悦、棘纏う汝が指は尽きることなき我の妄執。 束縛されし愚者の嗚咽(おえつ)と哀願を、陵辱の喜びと共に我と汝は分かたんと、ここに誓い、ここに願う」


 その願いを受けて、森がざわめく。

 異変を察したのか、茂みの向こうからなにやら動くものがあったが、それよりも早くシアナはその呪文を発動させた。

「……茨姫煉獄華(エグゼビア・カルシス)

 振り下ろす指と共に、その場の樹木という樹木、草という草の間から、無数の黒い茨が槍のように突き出される。

「「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」」

 茨に絡め取られた不審者が、開けた場所に引きずり出される。


「ようこそ、やつあたりには丁度よさそうよね」

 姿を現したのは、武装した天使の一団だった。

 その数、およそ6名。


「あなた達と遊ぶために、わざわざミノ君がすぐに追いかけてこれない木々の密集した場所を選んだのよ? ちゃんと、いい声で泣いてね」

 愛らしく小首をかしげながら微笑むと、耳にしただけで背筋がゾクゾクとするほど甘えた声で残酷な台詞を口にする。 

 天使の一人が手持ちの武器に炎を宿し、茨を焼き切ろうとするが、目ざとくそれを見つけたシアナは、いっそ優雅なまでの笑みを浮かべてこう言った。


「やだ、森の中で炎を使うなんて、マナーがなって無いわ。 ……禹王(うおう)の気、玄武聖君の威声を受け、我をして五行の将、水行の兵に命じ火行を克さんと欲す」

 その声にあわせるように、生み出された炎がみるみる小さくなってゆく。

 陰陽五行のうち、水の属性は炎を否定すると定義されている。


「……河伯、雨伯、黒竜王、洞庭君、屈原公、李白公、諸水神、諸竜神、諸水仙の助力を願い、弟子シアナがここに火行を封ず! 急々如律令、禁!!」

 シアナが先ほど枝で落書きをしていた場所から、黒いオーラが噴水のようにあふれ出た。

 その冷たい陰気が地面を覆うと、生み出された炎は完全に消え、天使達の顔色が急速に青ざめてゆく。


「くっ……魔女め!」

 苦痛に顔をゆがめた天使が、力を振り絞って罵声を吐き出す。


「うふふ…… 寒い? 天使って、風と炎から作られたんですってね。 炎を禁じられたということは、体の半分が消えたのと同じかしら?」

 地面に転がる天使達に向けて哀れむような目をするが、その口元は笑っていた。

「でも、あなた達が悪いのよ? 私もミノ君も、できるだけ穏便に事を進めてあげたのに」

 そう言いながら、憤怒に歪む天使の横顔を、落ち葉の絡まる靴で踏みにじる。

「あら、負け犬の遠吠えって、聞いている分にはけっこう気持ち良いのね」

 息も絶え絶えな天使達が、あらん限りの罵倒を投げつけるが、シアナはそれをまるで演劇でながれる舞台音楽のように聞き流した。


「残念だけど、そろそろ終わりにするね? ミノ君が迎えに来ちゃう」

 夢見るように呟くと、シアナは右手を掲げて精霊に命じた。

「……咲いて頂戴」

 その言葉に応えるかのごとく、茨が次々に真っ白な薔薇の花を咲かせる。

 そして、次の瞬間、その花が真っ赤に染まりだした。


「バイバイお邪魔虫。 次に私の目の前に現れたら、その魂に直接傷と恐怖を刻みこむから」

 はるか向こうから、潅木(かんぼく)をへし折って黒い巨体が近づいてくるのを見つけ、シアナはそっと呟く。

 その後ろでは、枯れた茨の蔓の下に積もった真っ黒な灰が、真紅の花びらと共に風に吹かれて次々と虚空へと消えていった。


挿絵(By みてみん)


 何度も繰りかえしてきた事だから、嫌でも学習する。

 むくれたシアナをなだめるには、言い訳せずに素直に謝るのが一番だ。

 だが、なぜだろう? 

 その言葉を口にしようとすると、いつも喉につかえて言葉にならない。


 そんなことを心の中で思いながら、ミノルは森の中でただ黙ってシアナと対峙していた。

「……何か言うことは?」

「わ、悪かったと思ってる」

 声の冷たさに打ちのめされながらも、なんとか搾り出した言葉は、押し殺した感情のせいか気持ちのこもらないただの音にしかならない。


「それで? なにしにきたのよ」

 ツンとした声でそんなことを言われると、目の端が(にじ)みそうになる。

 情け無いと言われるようと仕方が無い。

 ミノルにもどうにもならない事はあるのだ。


「迎えに来たに決まってるだろ? こんなところにいたら体が冷える」

 嘘ではないが、本当はもっと違う理由だ。

 口に出すこともできないし、そもそも言葉でどうあらわせばよいのかもわからない。


「ちゃんと反省した?」

 やや猫背気味に背を丸め、顔をそらすミノルの頭を、両手に挟んでシアナがまっすぐに覗き込む。

 逃げ場をなくしたミノルの瞳が左上を向く。


 人は、嘘をつくときに左を見る……そんな雑学を思い出して、シアナは思わず噴出しそうになった。


「は、反省はしているが後悔はしてないし、今更自分の言葉を翻す気は無い」

 本音が半分、強がり我半分の意図せぬ言葉が口からこぼれる。



「ミノ君なんか……一度コテンパンにやられて痛い目を見ればいいのよ」

 苦笑いをかみ殺しながら、わざと怒ったフリをする。

 その時、一瞬だけミノルが捨てられた子犬のような顔をしたように見えた。


「応援してくれないのか?」

 表情を強張らせて、縋るような気持ちを隠しながらシアナを見つめる。

 よく見ると、ミノル本人も気付かないうちに耳が力なく垂れ下がっていた。

 どうやら、体は口よりも正直らしい。


「人のことを邪魔者扱いする人を応援なんかしません」

「じゃ、邪魔者だなんて思ったことは無い。 ……でも、お前が後ろにいないと、俺が戦う理由も無い」

 力なく視線をうつむかせたままそんな言葉を吐く。

 その仕草は、叱られた子犬にあまりにもよく似ていた。

「……応援しないとダメ?」

 もはや我慢できず、笑いながら問いかける。

「……頼む。 でないと、コテンパンにやられそうだ」

 ミノルも苦笑いを浮かべながら、そんな冗談を口にした。


「……次はもっと早く迎えにきてね」

 そしてシアナがちょっと意地悪な顔でそう言えば、

「ぜ、善処する」

 ミノルはそう言って横を向く。

 たぶん、いまごろ自分の台詞が恥ずかしくなったのだろう。

 そのまま、二人ともが黙りこくって、そしてどちらからともなく小さく吹き出した。

 

「ねぇ、ミノ君。 ……目、閉じて」

 シアナが不意に顔を近づけてくると、ミノルが焦ったように身を引く。

「馬鹿、呪いが感染るだろ」

「もー つまんない」

 唇を尖らせると、シアナは自分の唇に指を押し当て、それからミノルの分厚い唇にその指を押し当てた。

「今はこれで我慢。 ……次はガブッとやっちゃうから」

「お手柔らかに頼む」

 その声があまりにも情けなくて、またシアナが笑う。


挿絵(By みてみん)


 そのミノルとシアナの様子を、木の陰からじっと見詰める影があった。


「これで……いいんですよね。 最初からあの二人、すごく仲良かったし」

 低い木の枝を握り締めてモルディーナが呟く。

 シアナの様子が心配で、ここまで探しに来れば、ミノルとシアナが茂みの向こうで楽しげに笑っている。

 お邪魔虫は近寄っちゃいけない場所だ。


 なんだろう、すごく面白くない。

 呟いた言葉にハッとする。

 ……自分は何を言っているのだろう?

 そもそも、あの二人の雰囲気がまずくなったのは自分が面倒を持ち込んだせいではないか!?

 なんでもないように笑って「仲直りできたんですか? よかったですね」そう言えばいいのに、どうしても祝福する気持ちが沸いてこない。


 なんだろう、この気持ちは。


 とりあえず、ここにいてはいけない。

 ここにいたら、何か変になってしまいそうだ。


 明確な答えを出せないまま、ざわめく想いを振り払うように、モルディーナはその場を離れ、村の方へと歩き出した。


 がざっ

 不意に右手のほうから落ち葉を踏みしめる音がする。

「おや、このような所を一人で歩くとは感心しませんね」

 横から聞こえた声に振り返ると、

「司祭……様……」

 村を担当する司祭が、村の男達を連れてにこやかに笑っていた。


「貴女を探していたんですよ、モルディーナ」

 いつもと変わらない、柔らかな声と笑顔。

 だが、なぜだろう?

 冷や汗が止まらない。


「な、何か御用でしょうか」

 つっかえながら、そう答えながらも、視線は逃げ道を探す。


「なに……」

 一瞬、その笑顔が刃物のように鋭さを帯びた。


「我らが主にすがろうとせずに、隣の教区を頼った貴女の真意を知りたいと思いましてね」

 その言葉と同時に、男達がギラついた目をしてモルディーナを取り囲む。


「……裏切り者が」

 誰かが小さく呟いた。

 裏切る?

 違う。

 裏切られたのは、私のほうじゃない!


「……そのすがるべき対象であるあなた達が私達を見捨てたんじゃない! ミノルさんから聞いたんですよ? 他の街や村の尻拭いをするために、私達の村を選んだんでしょ!?」

 毅然とした声でそう言い放つと、司祭は何かが取り憑いたような形相を浮かべ、

「どうやら、その娘は異教の悪魔に洗脳を受けておかしくなったようですね」

 穏やかな声でモルディーナに異端の烙印を押し、真実の言葉を押しつぶした。


 男達の手が、モルディーナの華奢な肩を捉える。

「やめて! 離して!!」

「傷つけてはなりませんよ? 神に許しを請うために、その娘が必要なんですから」

 許しを請う?

 だが、司祭の目は懺悔や改心を求めてはいない。

 いったいこの人は、私に何をさせようというの!?


「た、たす……」

 恐ろしくて、ミノルに助けを求めようとして、ふと考え直す。

 また、彼らに縋るのか?

 シアナとミノルが仲直りをしたばかりのところへ、また迷惑をかけようというのか?

 僅かに残ったプライドと、彼らに対する良心が、助けを呼ぶ声を押しとどめる。


「連れてゆきなさい」

 司祭の声がそう命令を下すと、男達はモルディーナを両脇から固めるようにして歩き出した。

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