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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
第一話:生贄の乙女と消えた守護神
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第十四章:辺境の悪夢!?【黒毛和牛】猛牛セクハラ事件

「火傷もひどいが、問題は打撲と内出血だな。 あー こりゃひどいな。 手足の指を一つずつハンマーで粉砕してやがる」

 ミノルはその口にペンをくわえると、死に掛けたミミズのような文字でカルテに書き込みをする。


 悪魔祓いを受けた患者を診察しているのは、意外にもミノルであった。

 見た目からは想像もつかないが、その対処は医学を学んだとしか思えないほど的確である。


 ただ、牛の姿では細かい診察が出来ないため、その鼻面で触診をしてはシアナに口頭で指示を出していた。

 側から見ると、人相の悪い牛が鼻面を擦り付けて甘えているようにしか見えないが、やってる本人は大真面目である。


「あ、あの……父は助かるんでしょうか」

「しらん」

 心配げにミノルへ問いかけるモルディーナだが、ミノルは素っ気無い態度で吐き捨てた。


「そもそも、今の俺に出来るのは診察だけだ。 後は任せたぞ、シアナ。 お前の方の魔術(・・・・・・・)でなんとかしてやれ」

 巨大な口で、器用にカルテを引きちぎると、それを傍らに控えていたシアナに差し出す。


「はいはい。 人使い荒いなー ミノ君」

「お前にだけは言われたくない」


 文句を言いながらカルテを受け取ると、シアナはため息をついてから呟いた。

「よく今まで生きてたね。 こんな拷問やらかしたら、痛みでショック死してもおかしくないし……」

 たぶん命は助かっても、痛みで精神がおかしくなっていると思う。

 そう言いかけて、シアナは口を閉ざした。


「とりあえず傷の洗浄と消毒はおわってるから、あとは傷口を塞いで増血するだけね」

 そう呟くなり、シアナは荷物の中からチョークを取り出して、患者をベッドから床へ移動するように指示を出す。

 神人たちが患者を運び終えると、シアナはその患者を囲むように床に円をと模様を描いた。

 さらに患者の服を脱がすと、その上に大量の軟膏を塗り、その上に緑の染料でなにやら文字を書き加える。

 最後に香炉を取り出して、中の香油に火をつけると、あたりにはなんともいえない熱のようなものが漂い始めた。

 そして、すべての準備がおわったところで、シアナはパンパンと手をはたいておもむろに詠唱を始める。


「光の精霊アウレリア、すべての命を支えし無限の活力と、その象徴たる……」


 この世界の魔術は、大別して『異世界魔術』と『精霊魔術』の二つに分かれる。

 それぞれ、異世界に存在する神を源とする魔術と、この世界に存在する精霊を源とする魔術なのだが、シアナが祈りを捧げたのは、そのうちの精霊と呼ばれる存在だった。


 精霊とは、守護神の管理の元、この世界の法則や概念と同化した人の魂であり、この世界に『属性』というものを作り出す。

 同じ名前の属性であっても、その精霊が仕える守護神によって法則や性質が異なるため、なかなかに奥深い。


 人々は祈りを捧げることでその力を借り受けることが出来る……それが精霊魔術とよばれる技術だ。

 異世界の神々ほど大規模な力は無いが、この世界の人間ならば誰にでも扱えるために、精霊魔術は召喚術などよりははるかに広く使われ、一般民衆にも馴染みが深い。


「……その慈悲の眼差しが、傷つき倒れし地上の子等を癒したまわん事を。救済の光(ラ・ミトラニア)

 シアナの手にやや黄色を帯びた真夏の日差しを思わせる輝きが灯ると、患者たちの火傷で(ただ)れた皮膚が少しずつ癒されてゆく。


「俺が直接力を使えれば問題ないんだがな」

 その様子を、ミノルがもどかしそうに見つめている。

「いいじゃない。 あんまりミノ君がなんでもできると、私達のする事なくなっちゃうしー」

 眉間に皺を寄せたミノルの顔を横目でみながら、シアナはその手にさらなる魔力を込めた。


 その時、床で横たわっていた男がその目を開く。


「お、お父さんっ!!」

 モルディーナが駆け寄ろうとしたが、

「うっ……ううう……うあぁあぁあああああああ!!」

 男は、その手を拒むように振り払うと、涙と唾液を撒き散らしながら暴れ始めた。


「くっ、心が壊れたか!?」

 神人Aが沈痛な声でそう呟くと、

「いや、違う!!」

 ミノルは、そう言いながら周囲の人間を押しのけ、なにを考えたのかその患者の上にのしかかり、押しつぶすような体勢をとる。

 さらにその頭を、犬や猫がじゃれ付くように、男の体を頬擦りしはじめた。


「ち、ちょっとー 何してるんですか! ミノ君!?」

「い、いやあぁぁぁぁっ!? ミノルさん……まさか、そんな趣味が!?」

 この世の終わりのような顔で叫ぶ二人に、ミノルがうるさいと怒鳴り散らす。

「おまえら、ちょっと黙ってろ!!」

 しかし、勘違いは終わらない。


「ミノルさん、貴方がそっちの方だと言うならそれは仕方の無いことかもしれません。 でも、父は……父を毒牙にかけるのだけはやめてくださいっ!!」

 切々と訴えるモルディーナの声に、何を誤解されたか理解したミノルが目を見開く。


「アホかぁぁぁぁっ!! これはだな!!」

 顔を真っ赤(?)にして怒鳴る黒牛。

 しかし、その後の台詞を言い終わる前に、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。


「そこまでだ! 悪魔の化身め!!」

 振り返った先には、十字架を掲げ、黒の司祭服(カソック)に身を包んだ男と、銀白の鎧に身を包んだ数人の騎士。


「神の子羊に手を触れるな! この疫病はキサマの仕業だな!?」

 居丈高に叫ぶ声に、ミノルは押し殺した声で一言呟いた。


「……表に出ろや。 憂さ晴らしの(まと)にしてやる」


挿絵(By みてみん)


 チュドーン!!

 漆黒の奔流が、爆音と共に家の半分を消し飛ばした。


 何事かと村の人々が飛び出してくる中、村に駐在している司祭が大声で下がるように警告する。


「くっ……この漆黒のオーラ、間違いなく悪魔の眷属……うぶっ!?」

 唇から血を流しながら呟く騎士を、黒牛が小石のように蹴り飛ばす。


 蹴り飛ばされた騎士は、民家の壁に半ばめり込むようにぶつかり、派手な音を立てて崩れ落ちた。

 その頑丈な鎧はひしゃげており、おそらく修理に出しても新品の購入を進められるであろうほど破損している。


(くろ)は陰陽五行の一つ、水気の色だろ。 異教の原理とはいえ、この程度の基礎は頭にいれておけ。 全く……人を悪魔呼ばわりする前に、ちゃんと勉強したほうがいいぞ、お前ら」


「おのれ、魔獣め!!」

 そうぼやきながら司祭に向かって足を踏み出すミノルに、別の騎士が、銀色に輝く刃を振り下ろす。


「阿呆が」

 その刃がミノルに触れるなり、ジュッと音を立ててその剣が黒く錆び付き、ボロボロと崩れ去るする。

 艶やかな毛並みは、一筋たりとも傷ついていなかった。

 そもそもミノルの身に纏う水の気は、『金生水』という法則をもち、金の属性に関わるものを吸収してそのエネルギーを増幅する性質があるのだ。

 普通ならここまで属性の性質は気に強く現れないが、やはり元が現人神となると一味違うらしい。


「おいおい、なんだよ手ごたえねぇなぁ。 俺は魔術を封印されてんだぜ? 気功だけで相手してやってるんだから、もうちょっとがんばってくれよ。 そこのクリスチャン(・・・・・・)

 そう言いながら、コォォォホォォォと音を立てて深く呼吸を繰り返すと、股間の会陰(えいん)と呼ばれる部分から、臍の下にある丹田、鳩尾、胸、喉を通って天頂まで気の奔流が体の中を突き抜ける。


 並みの術者なら扱いかねて暴発するような量の気を、ミノルは勝手の違う牛の体でいとも簡単に練り上げ、さらに手足の如く使いこなしていた。


「ふんふんふん♪ ふふふーん♪ ふふふーん♪ ……っと」

 ミノルは、某星間戦争の暗黒枢機卿のテーマソングを鼻歌で歌いながらゆっくりと司祭に近づく。


「……化け物め。 神の僕たる私を愚弄するか!?」

 その規格外の力に(おのの)きながらも、司祭は額の血と汗を拭い取り、聖書を握り締めて十字架を突き出す。

 クリスチャンとは、本来キリストの何たるかを知らずしてキリストに傾倒した者へ、カソリックの教会がつけた蔑称である。

 さしずめ『キリストかぶれ』程度の意味だろうか。

 黒牛が明らかにその意味を知っていて使っているのは疑いようも無い。


「吼えるな犬。 お前らの殺しかけた怪我人をわざわざ救ってやったのに、いきなり人を悪魔呼ばわりするやつが、クリスチャン以外のなんだと言うのだ?」

 嘲笑う黒牛に、司祭の表情が険しくなる。


「言わせておけば…… 主よ、お力を! 我に非ずして、キリ……」

「遅ぇ!」

 司祭が祈りの言葉を唱えるより早く、ミノルの体を覆う気が一箇所に集まる。

 そして生み出された漆黒の球体が、ドゥンッ!と大砲のような音を立てて司祭の方に撃ちだされる。


「くっ!?」

 体を伏せてやり過ごそうとした司祭だが、ミノルが蹄を打ち鳴らすと、その球体は、司祭の真上で停止し、

「……散!」

 ガッシャアァァァァァン

 無数の氷の矢を生み出しながら破裂した。


 白い霧が爆発し、肌を刺すような冷たい風と、細かい氷の粒がモルディーナのいるところまで吹き寄せてくる。

 こんな派手な力は今までに見たことも無い。

 しかも、これで実力のかけらも出していないのだ。

 恐ろしい。

 モルディーナをはじめ、村人達は正直にそう思った。

 

「ほぉ? さすがに司祭を名乗るだけのことはあるな」

 ミノルの楽しげな声に視線を辿ると、濃霧の中で血まみれになりながら、司祭が立ち上がるのが見えた。

 その体には無数の傷が刻まれていたが、司祭が低く祈りの言葉を唱えると、金色の光と共に裂傷も凍傷も塞がってゆく。


「治療の魔術がつかえるのか。 なら、ちょっとキツ目のオシオキをしてかまわないよな?」

 その様子を見ながら、ミノルは意地の悪い笑みを浮かべた。


 その言葉に、司祭は再び十字架を構え、

「我に非ずして、キリストの司祭に屈服すべし……」

 荒く息をつきながら、聖書を握り締めて祈りの言葉を唱え始める。


「かの御方が御力は十字架の下に汝を隷属されたまわん。

 かの御方、地獄の悲嘆を屈服されし後に魂を率いられん。

 かの御方の御腕にて慄えよ。

 主たるキリストが汝が力を挫きたまう事を知りながら、何故に汝は立ちて逆らうや?彼を恐れよ。

 イサクとして犠牲となり、ヨセフとして売られ、子羊として屠られ、人間として十字架に掛かり、その後に地獄に打ち勝ち給いたる、かの御方を……」


「ほほう? 払魔師(エクソシスト)の使う恫喝(どうかつ)の呪文か」

 ミノルが面白そうにその様子を眺める。

 司祭はその余裕げな表情を見て、ニヤリと笑った。


「……ゆえに、父と子と聖霊の御名に跪き聖霊の導きに頭をたれるべし。

 父と聖霊と共に一つの神にして、永遠に、終わり無く生き給い、世を治め給うイエス・キリストの十字の印しによりて!」


「なんだと!?」

 ミノルの予想を裏切り、それは恫喝(どうかつ)の呪文ではなった。

 驚くべきことに、司祭は最後の部分を自分の流儀にアレンジし、隷属(れいぞく)の呪文に変化されたのである。


かくあれし(アーメン)!!」

 目に見えぬ巨大な力が司祭の上に渦を巻き、ミノルの精神を押しつぶさんと、怒涛(どとう)の如く押し寄せた。

 並みの召喚獣なら、なすすべも無く隷属を強制されてしまう、まさに必殺の一撃。

 見えざる力を感じ取り、その圧力のすさまじさに、人々は震えながら目を閉じてその場に伏せる。


 だが、

「馬鹿な……」


「いや、これは予想外だったぞ。 実に面白かった。 だが、遊びで喧嘩をする趣味はないんでな。 そろそろ終わりにさせてもらおう」

 後ろで見ていた神人達が青ざめるほどの呪力を受けてなお、ミノルは平然とそこに立っていた。


「くそっ、なんて化け物だ! だが、我が秘術はこれだけではないっ!!」

 顔を青くした司祭は、隷属の術が効かないと悟るや否や、十字を切って懐から一枚のカードを取り出した。


 訝しげに様子を見ていたミノルの目に、三日月の昇る丘の描かれた美しくも不安を書きたてる図柄が映る。

「月のタロットカードか? また物騒なものを」


 タロットカードの『月』は、不安や破滅の前触れを意味する不吉なカードである。

 そのカードを媒介にする魔術が、剣呑なものであることは疑いようも無いであろう。


 むろん、司祭の持つべきような代物ではない。

 魔術師か魔女の使うような道具だ。

 まさになりふり構わぬ最後の手段といえる。


 眉をしかめるミノルを凝視し、司祭は低い声で月の精霊の名を呼ぶ

「シャド・バルシェモス・ハー=シャルルサン!!」

 司祭がカードに意識を集中すると、そのカードから青黒い燐光がほとばしり、月の夜の魔力を凝縮したようなオーラが、凶悪な面構えの猛犬の形をとった。


 それを見たミノルがシアナに目配せをすると、シアナは軽く頷いて、周囲で様子を見ていた村人に注意を促し、自らはその村人達の前に立ちはだかる。

「朱雀、玄武、白虎、勾陳、南斗、北斗、三台、玉女、青龍!」

 異界の呪句を早口で口ずさみながら、シアナは空中に何かの図を描くように手を動かす。

 その呪句が終わるのと同時に司祭が魔犬をミノルにけしかけた。


「ゆけ! バスカヴィルの犬よ、奴の魂を噛み砕け!」

 次の瞬間、燐光を纏った魔犬がミノルに飛び掛り、その太い首に喰らいつく。

 だが

「痒いな」

 魔犬の牙をその身にまとうオーラだけで防ぎながら、ミノルは平然とたたずんでいた。


「そ、そんな馬鹿な!? 魂を噛み砕く魔犬の牙がはじかれている?」

 物理的な防御が意味を持たない上に、噛まれれば即座にショック死を引き起こす、まさに必殺の一撃……だったはずである。


 司祭の手から、十字架がポロリと落ちた。

 それを横目で眺めながら、ミノルが大きく息を吸い込む。

 

「失せろ!!」

 裂帛(れっぱく)の気合と共に魔犬の体が砕け、青い光となって周囲に撒き散らされた。

 周囲にいた犬や羊の群れが、その光を浴びるや否や突然凄まじい悲鳴を上げると、口から泡を吹いて倒れ伏す。


 そのエネルギーの飛沫は、シアナや村人たちの方にも押し寄せるが、

 バチン! バチバチバチ……

 シアナの目の前に光の網が浮かび上がり、青い火花を放ちながら不可視のエネルギーを粉砕する。

 そして相殺しきれなかったエネルギーは疾風となってバサバサとシアナの服をなびかせ、その目深にかぶったフードを捲りあげた。


「あ……」


 呆けたような声をあげたのは、司祭。

 その目の先にあったのは、もう一つの化け物だった。


 流れたなびく銀の髪は青みさえ帯びて、高嶺を彩る雪のよう。

 白い肌は白磁のようにきめ細かく、水に映る月のように儚げな風情を(たた)えていた。

 そしてなによりも目を引くのが、夜明け前の空のように深い紫の瞳。

 目が合っただけで魂を吸い寄せられるような神秘的な何かがそこにある。

 絶世の美女を例えた言葉に、三度振り向けば国を傾けるという言葉があるが、少女がやれば一度で傾けかねないだろう。


 少女は眉をひそめると、何事もなかったかのようにフードを被りなおす。


 一瞬ではあったが、目に焼きつくほど美しい姿だった。

 少なくとも、お堅い司祭が職務を忘れて呆然と立ち尽くす程度には。


「余所見とはいい度胸だな」

 少女の顔から目が放せない司祭の耳に、突如低い声が響く。


 ゴスッ

 そして聞こえてきた言葉の意味を理解するよりも早く、司祭の体に凄まじい痛みと衝撃が襲い掛かった。

 ……いったい何が!?


 しばしの浮遊感の後、黒牛の体当たりで跳ね飛ばされたのを理解する。

 そして、司祭の体は地面に叩きつけられ……その意識を失った。

【バスカヴィルの犬】……シャーロックホームズで有名な魔犬ですね。 イギリスではブラック・ドッグなどと呼ばれ、数多くのバリエーションが存在します。

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