本当は【黒毛和牛】神の使いっぱしりなんだけどね
「あれは召喚獣だな」
突如、観衆の中からそんな声が上がる。
発言の主は妖精の若者。
魔術を生業とするのか、手には細い杖を持ち、細かい紋様の刺繍されたローブを着込んでいる。
「するってぇと、アレは異世界の神ですかい?」
顔じゅう長い毛に覆われた獣人らしき男が、驚いたように目を剥いて妖魔の青年に問いかけた。
「正確には、奉仕者と呼ばれる異世界の魔術師の意識と魂に、神の力と姿を与えてこの世界に具現化した存在だ。 しかも、この威圧感からして、核になっている奉仕者は最上級。 とんでもない化け物だぞ?」
その発言に、周囲の野次馬たちも騒然とする。
召喚獣とは、かつて神を失い滅びかけたこの世界を管理するため、異世界の神から使わされた使徒の総称であり、現在は神殿に所属する『召喚師』と呼ばれる人々によって管理されている。
人語を解し、異世界の神を源とする魔術を自在に操り、その身体能力は人をはるかに上回る……まさに反則じみた存在だ。
さらに、どれだけ多くの召喚獣を味方にできるかで国の軍事力が決まるといっても過言ではなく、そのため彼らとの契約を専売とする神殿の権威は、どんな大国も遠く及ばない。
その実態は様々な謎に包まれているが、一つ確かなことは……
ここに召喚獣がいるということは、それを呼び出した召喚師がいなければならないということだ。
だが、それらしい姿は見当たらず、子牛は相変わらず荷馬車を相手に破壊行動を繰り返している。
つまり、
「召喚者はすでに瓦礫の下になったか、もしくは……逃げたな」
妖精の若者は、額に手をあてて、うめくように呟いた。
よく見ると、子牛は人が隠れられそうな部分を集中的に破壊しているから、おそらく理由は後者だろう。
無責任な話である。
「神殿に通報しますかい? いくらなんでも、召喚獣は手に余る」
傍らの獣人が妖精の若者に伺いを立てたが、青年は横に振った。
「これだけの騒ぎだ。 神殿なら、すでに事件を把握しているだろう。 我々は、彼らの行動に巻き込まれないよう、速やかにこの場を離れたほうがいい」
あの凶悪な猛獣を捕らえるために、神殿の神官や他の召喚獣がすぐにやってくるだろう。
そうなれば、ここはまもなく戦場になる。
青年の言葉を理解した人々が広場から足早に逃げ出す中、どこからともなく質問の声があがった。
「えっとぉ、何が起きているんですか? これ?」
声の主はまだ幼い少女らしく、鈴を鳴らすような声が耳に心地よかった。
「あぁ、召喚獣の暴走だよ。 危ないから近寄らないほうが……」
質問に答えようとした獣人男性が、その質問の主を見て言葉を失う。
そこにいたのは、まるで妖精のように美しい一人の少女だった。
自分の顔を凝視する獣人の視線が怖くなったのか、視線の先では少女が怪訝な顔をする。
「あぁ、ごめんよ。 ちょっと珍しい髪の毛の色だったから、珍しくてつい……ね」
獣人の男は、賢明にもその容姿には言及せずに言葉を濁した。
銀とも真珠色ともつかぬ美しい髪の色をした少女はフゥとため息をつくと、ニッコリ微笑んでこう告げた。
「よかったー また変な事されそうになるのかとおもっちゃいました」
"また"ということは、おそらく勾引かされそうになった事が何度もあるのだろう。
容姿に恵まれるというのも、中々に難儀なものだな……と獣人は一人心の中で呟いた。
しかし、こんな育ちのよさそうな子が、なぜ一人でこんなところにいるのだ?
獣人が、ふとそんな疑問を抱いた瞬間、少女は予想だにしなかった台詞を口にした。
「じゃあ、私あの子を止めてきますね」
「「は?」」
周りの大人たちは、少女が何を言っているのか理解できなかった。
「大丈夫ですっ! 私、これでも召喚師の卵ですからっ!!」
そう告げると、少女は止めるまもなく人波の向うに消えた。
……召喚獣の暴れる広場の方へ。