第十二章:悪い男は【黒毛和牛】元から絶ちましょう
「さぁ、お楽しみの時間だ」
リーダーらしき男がそう告げると、周囲の男達が粘っこい笑みを浮かべて近寄ってくる。
「さぁ、その可愛い声を聞かせてくれよ」
そういうと、ナイフを取り出してモルディーナの猿轡を切り落とす。
「……いっ、いやぁ……むぐっ」
叫ぼうと開かれた口は、男の手で鷲掴みにされて無理やり閉じられた。
「最初に言っておく。 助けなんて来ないし、舌をかんだところで死ねるなんて思うなよ? 対処の仕方ぐらい心得ているし、死体が相手でも俺は十分に楽しめるんだぜ?」
悪趣味極まりないことを口にしながら、男はモルディーナのブラウスやスカートをナイフで丁寧に切れ目を入れる。
ハァハァと荒い息を吐きながら、心底慈しむような手つきで裂けた衣装を一枚ずつ丁寧に指で引き裂き、布の下から現れた白い素肌にその吐息を吹きかけた。
その感触に「アッ」「ウッ」とモルディーナの口から小さな悲鳴があがる。
男がそれを楽しんでいる事に気付いた瞬間、怒りで目の前が真っ赤になって思わず叫んだ。
「こ、この、変態!!」
男の顔を睨みつけ、精一杯の抵抗を口にしたのだが……
ニャアァ
その罵声を聴くなり、男は恍惚とした笑みを浮かべた。
き、きききききききき気持ち悪い!?
男は、真性の変態だった。
「いいね、お前。 ほら、喋れるように手を緩めてやろう。 もっと俺を罵ってみろよ」
上気した顔が、赤く染まる。
男は、我慢できないといわんばかりに自分の上着を脱ぎさり、その汗ばんだ裸の上半身を押し付けて、モルディーナの上にのしかかってきた。
「いやっ!!」
男が唇を寄せてきたのを、首を捻って交わした次の瞬間、
パシィン!
音とともに視界がブレた。
鼻と口の中に滲む血の味で、自分が殴られた事に気付く。
「お前の役目は、俺様を楽しませる事だろ? ん?」
冷たい目で見下ろしながら、男は再び体をすりよせてきたが、茫然自失としたモルディーナに、抵抗するだけの力はなかった。
男は満足げな顔でモルディーナの下着に手を伸ばすと、一気にそれを剥ぎ取った。
そのままざらつく唇を臍の周りに押し当ててくる。
ざらついた無精ひげの感覚がなんともおぞましい。
快楽を求める太い指が臍の下をまさぐり、もう片方の手が強張る胸を鷲掴みにして乱暴に揉みしだく。
そして、大きな蛆虫のように貪欲な唇が、首筋を湿った音を立てて這い回ると、全身に鳥肌が立った。
「いやっ! 唇はやめて!!」
その屈辱的な行為が顎を捉えたとき、溜まらずにモルディーナが悲鳴をあげた。
たとえ純潔を奪われようとしても、唇だけは大切な人のためにとっておきたかった。
だが、その懇願もむなしく、生ぬるい舌が唇を割って口の中に入り込んでくる。
「うっ、うぇっ……うげぇっ」
口の中に満ちるタバコとアルコールの臭いに、モルディーナは吐き気を覚えてむせ返った。
苦しくて悔しくて両目から涙が溢れる。
それを愉悦に満ちた表情で眺めていた男は、自らの下穿きに手をかけ、鼻息も荒くそれを一気に引きずり落ろす。
そして、涙を流すモルディーナの目の前に欲望の象徴をむき出しにした。
恐る恐る目を開け、そのグロテスクなものを見てしまったモルディーナは、一言呟いた。
「…………ちっさ」
どうやら、モルディーナの放った言葉はとち狂ったケダモノを去勢する力があったらしい。
その場にいた男達のテンションが、ナイアガラの滝のごとく暴落したのを目に見えて感じた。
なぜか、男達は自分のズボンの中を覗き込んで悲鳴を上げている。
あ、一人泣いた。
『男って実は儚い生き物』ということをモルディーナが学んだ瞬間だった。
「い、いい気になるなよ! 小娘!! 本当の俺はこんなモンじゃねぇ!! いつもの俺にかかればテメェなんざ……」
「はいはい」
威張り散らしたところで、一度崩れた威厳はそうそう治らないらしい。
どうあがいても純潔を奪えないほどお粗末な代物を見た後では、その気迫も空回りするだけだ。
「……俺の話を聞けぇっ! くそっ、どしたマイサンっ!! お前はもっと立派な男だったはずだ! 頼むから元気をだせ!!」
何かを励ますように下を向いて叫ぶ男だが、彼の祈りは洞窟にむなしく響き渡る。
「そりゃ無理だろ。 その子には黒毛和牛のお家芸『魔羅鎮の法』って言う対強姦用の呪いがかけられていたらしいぞ」
嘲るようなその声は、洞窟の入り口から聞こえてきた。
「まぁ、いわゆる天罰って奴だな。 まったく神様ってのはおっかないねー 男の尊厳を奪い去る呪いだなんて、ゾッとするよ」
現れたのは、神人A。
もっとも、この呪いが女日照りに悩む三神人への対策として仕掛けられていたことは、幸いなことに本人も知らない。
「きさま……何者だ! くそっ、見張りはどうした!?」
慌ててズボンを穿きなおす男。
だが、大事なものをしまい終える前に、その首へ冷たい何かが触れる。
「動くな。 大人しく縛につけば、命だけは勘弁してやんよ」
「……くっ、くそっ!!」
いつの間にか後ろに忍び寄っていた神人Cが、その首筋に片刃の剣を突きつけていた。
ダメだ、動いたら殺される。
相手との実力差を感じ取り、傭兵の頭ががっくりと肩を落とす。
「Aさん! Cさん!」
嬉しそうに神人Aに抱きつくモルディーナ。
「いや、Aさんじゃなくて、俺にはちゃんとした名前があるんだけどな」
女性に免疫が無いのか、神人Aは鼻血をふきそうな顔で上着を脱いで、モルディーナの上にかけてやる。
神人Cも、顔を赤らめてモルディーナから視線をはずした。
「あ、ありがとうAさん……」
自分の姿を思い出したのか、モルディーナは肩を抱くように身を縮めて伏目がちにお礼を口にする。
「……もぅ、Aさんでいいや」
神人Aはデレデレと鼻の下を伸ばし、照れながら頭を掻いた。
その瞬間――
「はっ、隙だらけだぜ!!」
傭兵の一人が、神人Aに後ろから切りかかる。
だが……
ガコッ と、音がすると同時に剣が跳ね飛ばされ、傭兵の動きが止まる。
カチン。 神人Aが剣を鞘に収める音と同時に、傭兵の体がゆっくりと倒れた。
「峰打ちだ。 もっとも、膝の関節を叩き潰したから二度と歩けないだろうがな」
悲鳴を上げて転げまわる傭兵を見下ろして、冷酷な微笑みを浮かべる。
その横で、傭兵の頭がゴクリと唾を飲み込んだ。
……太刀筋が見えなかった。
少なくとも、三回は剣を振るったはずなのに一度しか音が聞こえないとは、いったいどんな剣速だ!?
なぜこんな所で神人などと言う地位に甘んじているのかは知らないが、とんでもない化け物である。
少なくとも、以前戦場で見た隊長クラスの騎士でさえ、これほど理不尽な強さは持ち合わせていなかったはずだ。
まともにやりあったら勝ち目は無い。
なんとか逃げる隙を見つけなければ……
ふと横を見ると、神人Cの視線が肌もあらわなモルディーナの太股に注がれている。
……いけるか?
意を決して、神人Cを体当たりで弾き飛ばすと、神人Cは意表を突かれて地面に倒れ込んだ。
「おまえら、何をしている! やれっ!! 数で押せばどうにかなる!! 相手はたった一人だ!!」
そして、傭兵の頭はズボンをずりあげながら仲間をけしかける。
「うっ、うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
その声に弾かれるようにして、周囲の傭兵達がいっせいに飛び掛ってきた。
もっとも、けしかけた本人はこれで勝てるとは全く思っていない。
自分が逃げる時間を稼げればそれで良かったのだ。
「ゲスが。 反吐が出る」
襲い掛かる傭兵達をぐるりと見回し、地面に唾を吐き捨てると、神人Aは片刃の剣を下段に構え、最初の相手の武器を下から跳ね飛ばし、返す刀でいとも簡単に傭兵を切り捨てた。
「次は誰が死にたい?」
仲間の無残な最期に、傭兵達の動きが止まる。
その隙を狙ったかのように……
「掛けまくも畏き長白羽大神、菊理媛神の大前に、御綾威を仰ぎ給いて畏み畏み白さく。 麻積む糸を撚に依りて、百鬼の足を根の堅洲国に括り給え結び給えと畏み畏みも白す」
朗々とした声が響き、無数の白糸が宙を飛び交い、次々に傭兵達を絡めとる。
「な、なんだこの糸!? き、切れねぇ!!」
傭兵達は、束縛する糸をナイフで切り裂こうとするが、その糸は髪の毛より細いにも関わらず、逆にナイフが刃こぼれしてしまうほどの強靭さを見せ付けた。
「神の力のこもった糸を、そんな下賎な刃でどうにかしようなど……最近の悪党は考えることがかわいいね」
声の主を探ると、洞窟の入り口のほうからまた一人神人が歩いてくる。
「こら、米田。 人の出番を取るな!!」
「だったらもっとうまくやれ。 お前のやり方は荒っぽいんだよ。 もっとスマートにやろうぜ」
笑いながらやってきたのは神人B。
「ん? 椎山(神人C)はどうした?」
「あぁ、さっき敵の首領を取り逃がしたんで、慌てて追いかけて行ったよ」
「あいつ……相変わらず詰めが甘いな」
そういいながら神人Bがモルディーナに手を向けると、傭兵に引きちぎられた服が、動画を逆再生したかのように、するすると元通りになってゆく。
「とりあえずここでCの帰りを待とう。 間もなく黒毛和牛もシアナちゃんつれてここにやってくるだろうし」
ゾクッ……
神人Aの言葉とほぼ同時に、周囲の温度が一気に下がったような感触に襲われた。
「どうやらお着きのようだ」
誰かの声に、皆の視線が洞窟の入り口へと注がれる。
その先には、一人の少女を背に乗せた巨大な黒牛の姿があった。
その重苦しい空気を、さらにどん底に突き落とすような声があたりを支配する。
「さて、申し開きも必要ねぇし、状況説明も必要ねぇな……あぁ、むろん命乞いも必要ないぞ」
神人Cに引っ立てられてきた傭兵の頭を見るなり、黒牛は不自然なまでに穏やかな口調でそう告げた。
その黒牛から発散する気配は、まるで心臓を氷の手で握られたかのような感じがする。
傭兵達は、恐怖のあまり一人残らず失禁していた。
「かはっ……ひぃっ、ひぃっ、ひぃぃぃぃっ」
哀れな罪人たちは、恐ろしさのあまり目を見開いて喘息のような呼吸を繰り返す。
その男たちの一人に、ミノルは無言で歩み寄ると、おもむろにその足を振り下ろした。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ……うぅ、うあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
関節の一つ増えた足をかかえ、鼠のように転げまわる男。
「虫も花も、その身を手折られれば痛みに涙する。 ましてや女の純潔。 さぞ心が痛かろうて」
その男の腕をめがけ、ミノルは再び足を踏み下ろす。
その冷酷な行為が何度か繰り返された後、ミノルはシアナを振り返って告げた。
「おい、アレを出せ」
「はいはい、アレねー」
荷物入れを地面に置くと、いったいどに入っていたのかと思うぐらい大きな陶器の器が顔を出す。
「神人君たち。 重いから手伝ってー」
その言葉に、神人AとBが手を添えて持ち上げると、それは人が丸ごと入りそうなほど巨大な水瓶だった。
「こいつら全員、その瓶の中に放り込め。 そいつらは、男でいる資格が無い」
地獄の判決を思わせる声でミノルが告げると、神人Cが頷き、傭兵の一人を問答無用で瓶の中に放り込んだ。
「嫌だあぁぁぁぁ! やめてくれ! 頼む! オレは直接手を出してない!! ただ見ていただけなんだ!!」
何が起きるか解らない恐怖で暴れまわる傭兵。
だが、その声がだんだん甲高くなってゆくにつれて、何が起きているか周囲の人間にもハッキリと理解できた。
かつて体験したことの無い恐怖に全員が震え上がる。
「お前らはこれ以降、女として生きてゆけ。 そして、自分が犯した罪をその身で感じる事で償うがいい」
すべての傭兵に罰を与え終わると、ミノルはそういい残し、シアナを咥えて洞窟の外へと踵を返した。
「相変わらず甘いやっちゃなー こんなゲス、生かしておいたところでまた悪さすんのに」
ミノルと入れ違いに洞窟に入ってきたアンソニーが、そう言って苦笑する。
その小言を聴きながら、……ふんっと、ミノルは鼻を鳴らして洞窟を出る
「……生きて罪を償うチャンスを与えるか。 ま、そういう甘いところ好きなんやけどな」
チャッチャッと爪音を響かせながら、アンソニーが傭兵達の所に近寄ってくる。
「なぁ神人共。 見てみぃ、こいつらの面。 どうやって復讐してやろうか考えてる奴の顔や。 ぜんぜん反省してへん」
その言葉に、なぜか神人達は目を伏せ、モルディーナを抱えあげると無言のまま洞窟から足早に立ち去っていった。
「あかんなぁ…… あかんわ、お前ら」
松明の明かりに照らされた顔を見て、傭兵達はその理由を嫌というほど理解した。
アンソニーは嘲っていた。
にぃ……と口角を吊り上げて。
悪夢から抜け出てきたかのような、暗い笑顔で。
悪鬼のような喜びを滲ませながら。
神殿からの連絡で、街の領主が誘拐犯を捕らえようと兵士を率いてやってきたときに見たものは、血の海に漂う人らしきモノの破片だった。
「おー すまんな、ミノル。 ちょっとあの傭兵共を官憲に引き渡してきたんで遅なったわ」
シッポを振りながら駆けてくるアンソニーを見て、ミノルはチッと舌打ちをした。
「お前、また寄り道しただろ? 野鳥捕まえてオヤツにするのはやめろ! まだ臭い残ってるぞ」
「あ、バレた?」
悪びれもせずに笑うアンソニーに、ミノルは鼻に皺をよせて不快を示した。
「丸解りだ、バカ犬! 野生に帰るな! ついでに臭いから近寄んな!! オレ様の美しい毛並みに不浄が移る!!」
「そんなイケズなこと言うなや、ミノルぅ~」
甘えるような声をあげて体を擦り付けてくるアンソニー。
言うまでも無いが、♂だ。
「うわっ、キモい! 臭い! 擦り付けるな! 俺にマーキングするんじゃねぇっ!!」
擦り寄ってくるアンソニーを撃退しようと、ミノルは鞭のように尻尾を振り回す。
「あー ずるいー 私もミノ君にすりすりするー」
ミノルの背中の上から、一緒になって体を擦り付けてくるシアナ。
「何が怖いって、あれだけの修羅場の後ですぐに日常に戻れるあの人たちの強さが一番怖い」
なんともいえない目をしながら神人Bが呟くと、残りの面子も無表情に頷くのだった。