第十一章:憎まれ役【黒毛和牛】世にはばかる
「あらためて見ると、個性的な街ですね」
一日ぶりの街の風景をつぶさに観察してそうもらす。
古い石造の建物と新しい木造の建物が混在する町並みは、どこか異国情緒を帯びていて、山を一つ越えただけの場所にあるとは思えないほど遠い世界に見えた。
「黒毛和牛がこの街の守護神になってから、建物とか産業が激変したからね」
街で多く見かけるのは金物職人の店だが、その店も年々数が少なくなっているらしい。
代わって増えたのが、薬物を扱う薬種問屋、染料の開発に伴う染物問屋である。
古くから街に住んでいる人たちからは寂しいとの声もあるが、こればかりはいたし方が無い。
「あれからもう4年も経つんだよな」
ミノルの前にこの街を治めていた守護神はトゥヴァシュトリと言う金属加工に優れた技術神であったが、銅の乱掘による汚染を嫌ってこの街を見捨てたのだと伝えられている。
「前の守護神がいなくなった時は、ほんと大変だった。 原因はこの街に住む人間側にあったんだけどね」
しみじみと語るのは、今朝ミノルから御仕置きをくらっていた三人の神人。
さて、なぜモルディーナがこの三人と街を歩いているかといえば、ミノルから警護をおおせつかったからである。
神の助力を得るという目的を達成した以上、モルディーナが用もなく神殿の中にとどまる必要も無い。
村には救いを待っている家族もいることだし、疫病が終息するまでこの街に滞在しろというのも酷な話だ。
なので、現在は護衛としてつけられた神人3人をつれて、一路故郷へと移動中なのである。
結局、ミノルと謎の人物との対談の結果、モルディーナの村の問題は特例としてミノルに任されることになった。
かなり異例の事態である。
ちなみに、人間側の領主に何の断りもせずに話しを勧めるあたりが、さすがの神様視点。
周りの人間が注意しないのは、感化されたのか諦めているのか定かではない。
先方の指導者も『とりあえず現場の人間には伝えておくが、神殿関係からは何らかの干渉はあるだろう』と心配していたようだ。
もっともミノルは『問題ない』とウソ臭い笑顔でそれに答えていた。
実に不安だ。
そんなことを考えていると、不意に人の流れが止まり、前を歩く人の背中にぶつかりそうになり、慌てて立ち止まる。
いつのまにかできていた人ごみを掻き分けて、何事かと前の様子を伺うと、そこには完全武装した兵士の一団が道を遮るように立っていた。
いったい何事……?
こんな真昼間に、町の主要な道路を封鎖する理由が思いつかず、モルディーナも3人の神人も、お互いの目を合わせて首をひねる。
このまま足止めを喰らっていても仕方が無いので、何があったのだけでも確かめよう。
そう思い、なにやら思案する神人たちを他所に、モルディーナは人ごみの中に足を踏み入れた。
耳を澄ませば、足止めを喰らった人々から不満の声が聞こえてくる。
「なんだあいつら……」
「しっ、注意を引くな。 いちゃもんつけられるぞ」
最初は、人垣の隙間から覗くだけのつもりだったが、後ろから誰かにドンと押されて、思いっきり前のほうへと押しやられてしまう。
そこには武装した体格の良い男達が、人の流れをせき止めるようにして誰かを探していた。
統一感の無い身なりからすると傭兵のようだが、彼らが道を封鎖するように立っているせいで、道行く行商人達がひどく難儀しているようだ。
「おい、そこのお前ら。 こんな所で道一杯に並んでいたら迷惑だろ」
後ろから追いついてきた神人Cが、その傭兵達を追い払おうとするが、傭兵のリーダーらしき男はそれを無視して、
「ふむ……神人に警備されているって事は、間違いないな。 昨日神殿に保護された女って言うのはおまえか」
と、急にモルディーナの方をむいてそんな言葉を投げかけた。
「……!?」
神人Aと神人Bの顔に緊張が走り、モルディーナの前を守るように移動する。
「さがって。 こいつらの狙いは君だ」
「心配しなくても、すぐに終わるよ」
なぜ私が!?
そう思いながらも、モルディーナは二人の神人の影に隠れるよう、後ろへとさがる。
「おっと、お前らとまともにやりあう気はねぇよ!」
傭兵の男はそう言い放つと、なぜか一歩後ろへ飛び退る。
「逃がすか!」
神人Cがその後を追って前に踏み出すが、
「よせ! 罠だ!!」
神人Bが叫ぶのと同時に……
パチィィン
人ごみの後ろにいた行商人が、ティーバと呼ばれる牛ほどの大きさをした家禽の群れに鞭を入れた。
「ぴぎゃあぁぁぁぁぁぁ!?」
突然の乱暴に驚いたティーバは、混乱して暴走を始める。
人ごみを蹴散らしながら、モルディーナたちのいるほうへと。
逃げなくちゃ……そうは思うものの、怒涛のような音を立てて突進してくるティーバの群れに恐怖し、モルディーナの足は動かない。
「おのれっ!?」
二人の神人が暴走するティーバの群れからモルディーナを守ろうとするが、それよりも早く彼女の腕を捕らえたものがいた。
「捕まえたぞ!!」
暴走する先頭のティーバにまたがっていた妖精男が、モルディーナの腕を力任せに引っ張り挙げ、引きずるようにして連れ去ろうとする。
「馬鹿! よせ!!」
その男の乗ったティーバを切り捨てようと神人Aが刀を向けるが、神人Bが押し留めた。
下手なことをすれば、振り落とされたモルディーナが落下の衝撃で大怪我を負ってしまう。
さらに後続のティーバにモルディーナを踏み潰されてしまうことを考えると、ここはおとなしく引き下がるしなかった。
「畜生!!」
悔しげに地面を殴りつける神人Aの横を、ティーバの群れが地響きを立てて通り過ぎる。
土ぼこりが濛々と舞う中、人々の悲鳴と罵声がこだました。
それが収まった頃、壊れた台車や荷物の回収や、怪我人の救助などを行うために、自警団の面子が駆けつける。
「これは神人様方。 いったい、何があったので?」
駆けつけた自警団員に問いただされると、神人Cが笑いながら、
「商人の繋いでおいたティーバの群れが暴走したんですよ。 幸い我々には怪我はありません。 貴殿は引き続き人民の救助にあたってください。 神殿のほうからも、治癒の術が使える人間を派遣しましょう」
まさに神に仕える者の鏡といわんばかりの穏やかな言葉遣いでその問いに応じ、さらに余計な告げ口をしようとした者を鋭い一瞥で黙らせる。
「けっ、よくやるぜアイツも。 ……おい、さっさとアンソニー様に連絡しろ。 とっととケリつけるぞ」
「へいへい。 不機嫌なのはわかったから、少しはその仏頂面直せ。 黒毛和牛じゃあるまいし。 市民が怯えるだろ。 俺ら、これでも聖職者なんだぞ?」
台車の残骸に腰掛けて悪態をつく神人Aをたしなめると、神人Bは懐から小さな箱のようなものを取り出し、それを右の頬に押し当てた。
「もしもし、米田です。 いや、神人Bじゃなくて、俺にはちゃんと本名があるんですからそっちで呼んでくださいよ。 え?いや、どうでもよくないですって」
何を言われているか察した神人Aが、下を向いてクククと忍び笑いをする。
その神人Aも、会話の相手から本名で呼ばれていないことには気付かない。
「ええ、やはり手を出してきましたよ。 ……はい。 では、計画通りに」
それだけを告げると、神人Bは通話を切って神人Aに向き直った。
「では、参りましょうか。 神人Aこと梶 秀英殿」
「おぅ。 待ちかねたぞ。 神人Bこと米田 忠篤殿」
そうお互いの名を呼びあうと、神人Aは懐から……モルディーナが先ほどミノルに会いに行く前に使い切ったファンデーションの器を取り出して、神人Bに手渡した。
そこに、神人Cが戻ってくる。
「おまたせ。 足は確保したぞ。 いけるか? 神人……じゃなくて、米田」
何頭か馬を引き連れてきた神人Cを横目でみながら、神人Bこと米田はうっすら笑みを浮かべると、
「馬鹿にしてるのか、神人Cこと椎山。 問題ない。 お前こそ目印を見失うなよ?」
その手でファンデーションの器を覆い隠す。
そしてその手を開いた瞬間……
ばさっ、ばさばさっ
その手から一羽の白い鳥が羽ばたいた。
陰陽道の術の一つに持ち主を探す術があり、その術を使えばその持ち物は、白い鳥に変えて主の下へ飛んでゆくと伝えられている。
そしてその鳥は、その伝承のままにモルディーナのいる方向へと高く舞い上がった。
「さ、追うぞ。 あの馬鹿者共に、目にモノ見せてやる」
そう吐き捨てる神人Aに、残りの二人も力強く頷いた。
モルディーナが連れ込まれたのは、草木の一本も無い荒れ果てた山にある洞窟だった。
錆び付いた鉄のレールや、ツルハシの残骸などが散らばっているところを見ると、元は鉱山だったのかもしれない。
男達は、モルディーナを荒縄で縛り上げると、飢えたオオカミのような目で見ながら洞窟の奥へと運んでゆく。
元は何かの事務所だったのか、虫食いの激しいテーブルと椅子のある場所まで運び込むと、手下に命じて誰かを呼びに行かせたようだ。
どれぐらい待っただろうか?
やがてランタンのぼんやりとした明かりとともに、男達は一人の中年男性を連れてきた。
その顔には見覚えがある。
しばらく思案した後、モルディーナはそれが誰だか思い出した。
そう、あれは今朝、ミノルに銅の産出量を増やすように嘆願していたハゲだ。
「ん、ん、ん……! んん……!!」
何か言ってやろうと思ったが、猿轡をはめられていて、うまく言葉にならない。
「この娘で間違いないな?」
傭兵の頭が確認をとると、その禿げた中年は一つ頷いた。
「あぁ、間違いない。 これでこの鉱山も元の活気を取り戻すよ……助かった。 これは無傷で連れてきたことへのボーナスだ」
そう言って、男達のリーダーに皮袋を投げる。
ジャラリ……
袋の中身を確認し、男はニヤリと満足げな笑みを浮かべた。
「気前がいいな。 こいつは、残りの仕事も張りが出るってもんだ」
「では、頼んだぞ。 なんとしても、あの黒毛和牛から交渉を引き出すんだ」
「まかせておけ。 ……ところでだ」
頷いた後で、男はさらに言葉を重ねた。
「何だ? 金は払ったぞ」
中年男は警戒心をむき出しのまま、男をにらみつけた。
「いや、金の話じゃない。 この娘の処遇についてだ。 俺達にも『潤い』って奴が必要でね」
その言葉に、中年男は顔を歪めて嫌悪感を示す。
「女なら花街で済ませろ。 なにもそんな村娘を餌食にせんでもよかろうに……」
だが、男はソレを笑って、
「わかって無いな。 村娘だからいいんだよ。 死に物狂いで嫌がる女を、無理やり自分のモノにするってのは素区別なんだぜ?」
粘つくような視線とともに、その指をモルディーナの胸に這わせる。
「んんー!! んんっんんんー!」
全身に鳥肌が立ち、その指を今すぐ食いちぎりたい衝動に駆られて身もだえしたが、それは縛られた手足により深く縄が食い込むだけの結果に終わった。
擦り剥いた二の腕がじくじくと痛む。
「趣味の悪い男だ。 問答無用で却下したいが、最初から聞くつもりはないんだろう?」
ハゲた中年は、モルディーナから視線をそらし、忌まわしいといわんばかりの口調で問いかけた。
「理解のある依頼人で助かる」
傭兵の頭がそう言ってニヤリと笑うと、中年男は苛立った表情で踵を返す。
それをみて、周囲の傭兵達が舌なめずりをはじめた。
「……ワシが言うのも何だが、お前の趣味は不愉快だ」
一度だけ振り返り、くぐもった笑いを浮かべる男達を汚らわしいモノを見るように睨むと、中年男は別れの挨拶も無くその場を後にした。