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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
第一話:生贄の乙女と消えた守護神
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第七章:一般女子による【黒毛和牛】朝の牛神観察

「待たせてすまなかったな」


 ミノルがシアナを連れて戻った部屋には、数人の男女が正座をして待っていた。

 性別も年齢も、まるで統一感の無い顔ぶれだったが、彼らは皆等しく健康的で無駄な肉の無い引き締まった体つきをしている。

「すごい、みんな肌が綺麗な人ばかり」

 特に肌の滑らかさは、まだ若いモルディーナですら羨望を覚えるほど滑らかで瑞々しい。

 全体的に若い人が多いな……そう思ってみていたモルディーナに、シアナがボソボソと囁いた。


「みんな若いと思ってるでしょ。 最高年齢は80歳よ」

「えぇっ!?」

 モルディーナが声を上げるのも無理は無い。

 いちばん年上だと思った人間でさえ、どう見ても40歳以上には見えなかった。

 肌年齢にいたっては、全員10代で通るだろう。

 見るからにツヤツヤと輝いている。


 信じられないと呟くモルディーナを他所に、

「まぁ、隣の教区に慣れ親しんだ奴にはちょっと刺激が大きいが、黙って見ていろ」

 そう告げると、ミノルはシアナを部屋の中央にある巨大な盆の中に寝かせ、その体を覆う布を肌着一枚残して取り去る。


 思わず叫びそうになったが、ミノルにジロリと睨まれて、あわてて言葉を飲み込んだ。


不義を憎みし(オン )不空羂索観世音菩薩(アボギャバンシャ)に願いあげる」

 異界に伝わる祈りの言葉を口にすると、ミノルは傍らに置かれた大きな壷を傾け、シアナの体の上に中身をたっぷりと注ぎはじめた。

 たちまち漂う藿香(かっこう)の香り。

 ミノルから漂っていた薫香の源は、どうやらこの壷の中に入っていた香油のようだ。

 シアナの纏う薄絹が、油に濡れてうっすらと透き通る。

 同性であるモルディーナが視線を合わせるのも躊躇うほど、その姿は悩ましく色っぽかった。


「初めての者もいるからもう一度説明するが、今から行うのは牛島家のみに代々伝わる加持祈祷で、不空絹索観音玉女加持法と言う。 秘伝中の秘伝であるから、詳しい説明は省いて概略だけ説明する」


 ミノルはモルディーナを横目でチラリと見てから、顔をキリリと引き締めて語り始める。


「……この呪法は、まず美女を一人用意し、これを不空絹索観音であると強く念じながら香油をかけて供養する。 美女が若く美しいほど、その効果は高い。 そのご利益は、痩身・美肌・無病息災、そして不老に若返りだ」


 耳を疑うような効果だが、その証拠が目の前にあっては信じるしかなかった。

 使用する油だけでも効果がありそうだったので、その中味について尋ねたが、使用する香油に関しては牛島家当主のみに伝えられる秘伝との事。

 どうやら様々な種類の油と薬草を混ぜて作り上げるらしい。


「神聖な儀式であるから、決して淫らな気持ちで行ったりしないように」


 強く念を押すと、ミノルは再びシアナに向き直った。


「……クロダギャラシャヤ・マカ・バシュバテイ・ヤマ(引き入れよ、入り来たれ、大獣神よ、閻魔天よ、)」

 太くて長い指先が踊るように円を描き、その香油をシアナの白い肌に満遍なく伸ばすと、よほど気持が良いのかシアナは子猫のような声で小さく悲鳴を上げた。

 モルディーナの部屋まで聞こえたのは、このあられもない喘ぎ声だったらしい。


 なるほど、あの神人(じにん)たちが騒いでいたのはこの儀式を見たからだろう。

 たしかに男性からしたら羨ましいだろうし、ミノルが前もって刺激が強いと語った理由にも頷ける。


「……バロダ・クベイラ・ボラカンマ・ベイシャ・ダルマクラ・サンマエン・ウン・ウン(水天よ、毘沙門天よ、梵天の姿と力あるものよ、観世音菩薩の説きし世界の摂理をもて、ここに在れ)」

 何度も祈りの言葉を唱えながら、ミノルの指がシアナの目蓋を、頬を、細い首を、小鳥のように華奢な鎖骨を、ゆっくりと息づく小さな双丘を、僅かにくびれた愛らしい臍の周りを、まだ花開かぬ骨盤を辿って、スラリと伸びる太股の上を撫でるように滑るように踊るように移動する。


 その姿は、淫媚というにはあまりにも真摯で、劣情よりは深い愛情を感じさせる。

 これほど刺激的な場面なのに、色気というものを感じないのが不思議だった。

 皆、ミノルの祈りの言葉を唱和し、手を合わせて熱心に祈りを捧げている。


「オン・アボギャ・ビジャヤ・ウン・ハッタ……成就!」

 ミノルが一際大きく祈りを唱えると、シアナが感極まったように「……あ」と甘い吐息を吐き出し、同時に誰かが金属でできた太鼓を叩いて大きな音を立てる。


 どうやら、儀式はこれで完了らしい。

 ミノルが退出を宣言すると、皆緊張感を解いて立ち上がり、盆に溜まった香油を手にとって自分の体の気になる場所に刷り込みはじめた。

 なんでも、体の調子の悪い部分に塗ると、効果覿面(てきめん)ということらしい。


 ふと、ミノルとシアナの姿が見えないことに気付き、その姿を探す。

 ふたりは、いつのまにか壁際にまで移動していた。

「お前な、神聖な儀式で変な声をあげるな!!」

「だってー ミノ君の指が、あんなところとかこんなところに触れたかと思うと我慢できなくてー」

 両手を頬に当てて、シアナはイヤイヤと体をくねらせる。


「修行が足りん!」

「じゃあ、こんど選手交代でやってみようか」

「あれは女性専用!!」

「えー つまんなーい」

「しかもお前にやらしたら、耳ばっかり攻めるだろ!!」

「じゃあ、ミノ君の大事な象さんを……」

「断固として断るっ!!」

 先ほどまでの神聖な雰囲気から一転。

 部屋の隅で、こんな他愛も無い言い合いをしていた。


「……どうだ、肌の調子は」

 モルディーナの視線に気付いたミノルが、こちらを向いて声をかけてくる。

「え?」

「今の儀式は、シアナの肌を美しく保つと同時に、その肌の美しさと健康を参加者に分け与える効果がある」

 ミノルにそう言われて、モルディーナは自分の手を軽く撫でた。

 シットリとしたやわらかさ、サラリとした触感は、間違っても農作業で荒れた自分の手では無い。


「すごい……でも、なんだか俗っぽくないですか?」

「いいんだよ。 ウチの教えは現世利益だ。 衣食足りて、はじめて人は礼節を知る」

 ずいぶんと人に都合の良い言葉だが、あながち間違ってもいない。


「でも、汝、神と富に同時に仕えることあたわずですよ? 贅沢は人の心を醜く太らせるだけです」

 モルディーナは、かつて教えられた神の教えを元に反論を加えた。


「あぁ、ヨシュアの兄さんが言った言葉だな。 だが、神と貧困に同時に仕えることもできないぞ。 豊かさを否定するな。 貧しさは人の心を荒ませる毒だ」

 生きる不安は、不満と羨望、そして貪欲の温床であると彼は説く。


「そして富とは喜びだ。 この世に喜び無くして、お前は生きられるのか? 大事なのは富を憎むことではない。 貧富に囚われぬ心だ。 俺が絶対に正しいとはいわないが、生きる喜びを一つでも多く人に与えたいと願う気持ちに、恥じるところは無いと思っている」

 そう語るミノルの顔は、力強く優しい。


「さて、次の仕事にゆくぞ」

 油まみれの体で抱きつこうとするシアナを数人の巫女に引き渡した後で、ミノルはいまだ呆然としていたモルディーナに声をかけた。


「俺を観察するんだろ? ぼーっとしていたら、置いて行くぞ」

「え?」

 そのまま足早に部屋を出てゆく。

「ま、待ってください」

 次はいったい何を見せられるのか不安で仕方が無かったが、ここまで来てやめたいとは思わない。

 モルディーナは、覚悟を決めてミノルの後を追いかけた。

【不空羂索観世音菩薩】……数ある観世音菩薩の姿の中でも、「苦しみの海(現世のたとえ)に網を投げ入れ、有情の魚(人のこと)を救う」とされ、その救済から漏れるものはいないとされる仏。

 その真言は、数ある呪法のなかでも珍しく、痩身……つまりダイエットの効果があるとされています。

 人に愛される効果もあるとの事なので、思春期のミノルには必須のスキルだったようですね。

 ちなみに当作品に登場する不空絹索観音玉女加持法は、不空羂索観世音菩薩の真言と感染魔術とアーユルヴェーダと浴油法という礼拝方法をミックスしたこの作品のオリジナルなのであしからず。

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