表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
第一話:生贄の乙女と消えた守護神
12/72

第六章:目覚めよと【黒毛和牛】エロい何かの声がする

 その日最初に聞いた音は、なんとも悩ましげな少女の喘ぎ声だった。


「な、なにこの声?」

 まだ太陽が昇る前の、薄暗い春先の早朝。

 大気は真冬のように寒く、布団から出るにはかなりの精神力が必要だったが、どうにも気になって仕方が無い。


 がばっと、勢いよく布団を捲りあげると、モルディーナは薄い夜着の上に上着を一枚羽織って、まだ暗い廊下に足を踏みいれた。

 キィキィと鶯張りの床を踏みしめて声のする方向へ進むと、まだ若い男達が息を殺してとある部屋の様子を伺っている。


 たしか、この部屋ってシアナさんの部屋!?


「くそっ、いいなぁ……俺もシアナちゃんの柔肌をあんな風に……」

「おのれ、黒毛和牛め! リア充は爆発しろ!! リア充は爆発しろ!! リア充は爆発しろ!!」

「ハァ……ハァ……俺、もぅ限界」

 股間を押さえて鼻息を荒くする男達に、不穏なものを感じて後退(あどずさ)りしようとした瞬間。


 ……きぃっ

 その名の通り小鳥のさえずりのような音を立てて床が(きし)む。

 ――まずい。

 そう思った次の瞬間。


「お、女の子!?」

「しかも、けっこうかわいい!!」

「まて、早まるな! 俺が先だ!!」

 目を血走らせた青年達の視線がモルディーナを捉える。


「ひっ」

 本能的な恐怖を感じて逃げようとしたが、ツルン……磨かれた床がそれを阻んだ。

 腰をしたたかに打ち付けて、痛みをこらえながら顔を上げると、

「ねぇ、君どこから来たの?」

「彼氏いる!?」

「け、怪我はない? 俺が今すぐ手当てを! ま、まずは人工呼吸から!!」

 興奮した青年達が殺到する。


「こ、こないでぇぇぇぇぇ!!」

 恐怖のあまりその目をぎゅっと閉じる。

 真っ暗な視界の中、あわただしい足音が迫り来る。


 ……助けて! 神様!!


 モルディーナの願いを神が聞き届けたのか、不意に青年達の足がピタリと止まる。


 ただし、モルディーナの願いを聞き届けた神は、神は神でも鬼神だった。


「お前ら、朝っぱらから何をしている」

 青年達のうしろに立っていたのは、鬼の形相をしたミノル(人型)。

 その額にはクッキリと青筋が浮き上がっている。


「「げっ、黒毛和……もとい、(ミノル)様!? き、今日も素敵な青筋で……」」

 青年達が声をそろえ、怯えた表情で褒める場所を完全に間違えた奇妙な挨拶をする。


「俺も男だ。 悩ましげな声に聞き耳を立てるぐらいは見逃してやる」

 ミノルの口から出てきたのは、意外にも優しい台詞だった。

 しかし、その目は相変わらず針のような鋭さで青年達を縛り付ける。


「だが、怯える女の子に目を血走らせて襲いかかるとは何事だ? あ?」

 音量は控え目だが、そこに篭められた気迫はより深くドス黒い。

 大音量で怒鳴りつけるよりも、よほど恐ろしいかもしれない。


 だが、青年たちもさるもの。

 この威圧感にも関わらず、手ほぎゅっと握り締めて涙ながらに叫ぶ。

「う、うるせぇ! 俺だって女の子と楽しい事したいんだよ!! お前ばっかりずるいぞ!!」

「そうだ! 俺達は主人公補正なんて認めないっ!! 俺達にだって幸せになる権利はあるはずだ!!」

「俺にも彼女を! そして嫁さんを!!」

 その血を吐くような訴えに、ミノルの眉が困ったように八の字を描く。


「言っておくが、俺はお前らが言うように女にモテたりはした覚えは全く無い」

 むしろ目が合うなり気絶されたり、悲鳴を上げて逃げられたりと散々だ。

 挙句の果てには魔物と間違えられて斬りつけられたことすらある。

 そう語るミノルの表情は苦い。


「でもまぁ、お前らが不満だというなら……そうだな。 今度、俺の金で花街連れて行ってやるから、今は我慢しろ。 あと、十月に出雲へ行ったら、お前らに良縁があるよう他の神々にも相談してやる」

 十月は神々が出雲と呼ばれる場所に集って人間達の縁を決めるといわれている。

 そのため、古くは十月を神無月と呼んだ。


「ほ、本当に?」

「嘘は言わん」

 ミノルは目を閉じて頷いた。

 言動といい、態度といい、とても15歳には思えない貫禄である。


「さすが、我らが祭神さまだ!!」

 喜びに沸く青年達だが、その様子を見るミノルの目は冷たい。


「だが、それはそれ。 これはこれだ」

 ガラガラガラ

 腕を組んだまま、その長い足で庭へと続く木製の雨戸を行儀悪く開くと、指をパキポキと鳴らし……

「おまえら、ちょっと池で頭と股間を冷やして来い!!」

 襟首を掴んで、庭の池へと有無を言わさず次々に放り投げる。


 たぱーん たぱーん たぱーん

「理由はどうあれ、罪には罰が必要だ。 遊んでやれ、水霊(みずち)

 指を鳴らした瞬間、池の水が粘液質に蠕動(ぜんどう)し、透明な触手となって無数に盛り上がる。


 いやー 溶けるー 服がー 穢されるー

 遠くからそんな野太い悲鳴が聞こえてくるが、何が起きているかはミノルの影に隠れてモルディーナから確認する事はできなかった。


「さてと」

 ガラガラと雨戸を閉じてモルディーナに向き直ると、ミノルはやおら片膝をついて背中を丸めるような姿勢をとった。

 こうすると、モルディーナの顔をやや見上げるような形になる。


「ウチの神人(じにん)(社家に仕えて神事、社務の補助や雑役を担当する下級神職)が失礼なことをしたな。 俺の監督不行き届きだ。 すまない」

 そう言って軽く頭を下げる。


 ふわり

 触れるほどの距離で跪くミノルの体からは、落ち着きのある墨のような香りが漂っていた。

 ……たしか、藿香(かっこう)(別名パチュリー)の香りだっけ。

 昔、都会に嫁いだ叔母が自慢気にみせてくれた高価な香油を思い出し、モルディーナは軽く目を細める。

 その薫香(くんこう)(わず)かに混ざる男の匂いが、夜明け前の仄暗(ほのぐら)い廊下と相まって、なんとも(なまめ)かしい。

「いえ、ありがとうございました」

 そう言って頭を下げたのは、礼を言いたかったのか、それとも赤らんだ顔を隠したかったのか。


 少なくとも、ミノルが女にもてるかどうかに関しては、神人(じにん)達のほうが正しいと確信した。


「ミノくーん? はやく続き続き! 風邪ひいちゃうよー」

 その時、空気を読めない間延びした声が、ちいさな足音と共に近づいてきた。

 目を向けると、バスタオルを体に巻いただけという大胆に姿のシアナが、体を上気させてこちらに向かってくる。

 いつもは雪のように白い素肌が、今は薔薇色に赤く染まっていた。

 石像も(とろ)けて欲情しそうな怪しい魅力に、ミノルもモルディーナも顔を染めて目をそらす。


「あ、あ、あの、何してらしたんですか? そういえば、シアナさんの変な声が部屋まで聞こえたんですけど」

 いかがわしいことを想像し、モルディーナが慌ててミノルに問いかける。


「……日課の美肌エステと豊胸マッサージだ」


 びすっ びすっ びすっ

 ものすごい速さで池から這い出してきた神人(じにん)達に、問答無用で目潰しをかましながらミノルがぼやく。


「前者は効果出ているんだけどなぁ」

 後者に関しては泣きたくなるほど変化が無い。


「まさか、肉体改造においてこの俺にできない事があるとはな……屈辱だ。 いつか克服してやる」

 ミノルの意志は固い。

 目指すは男の浪漫(ロマン)、ロリ巨乳である。


「みーのーくーん。 はーやーくー」

 甘えて声を出すシアナが手の届く距離まで近づいたことを確認すると、ミノルは上着を脱いでシアナに投げつけた。


「……なんて姿で歩いてやがるっ! ボケた事言ってないで部屋に帰るぞ!!」

 そのまま強引に抱き寄せて、両腕に抱える。

 いわゆる『お姫様だっこ』だ。


「あの、ミノルさん。 よろしいでしょうか?」

 意を決して、モルディーナは逞しい褐色の背中に声をかける。


「どうした?」

「昨日、一晩布団の中で考えたんですけど」

 振り返るミノルと、なぜか気恥ずかしくて目が合わせられない。


「もう結論が出たのか?」

「いえ。 その前に……」

 問いかけるこの優しい声を、昨日はなぜ恐ろしいと思ったのか不思議でならない。


「いちど貴方がどんな人なのか知りたいと思います。 わたし、まだ貴方達のことを何も知りません」

 言ってから気付く。

 『この宗派について』と言うはずだったのに、なぜミノル個人について聞いてしまったのだろう?

 恥ずかしさに目の前が真っ赤に染まる。

 この神殿の祭神がミノルなのだから、間違いではない。 間違いは無いのだが……


 うつむいたまま、モルディーナは言い訳のようにそんなことを考えていた。


「いいだろう。 女人禁制の場所もあるからすべて見せるとは言わんが、少なくとも俺に知られて困ることは何も無い。 時間も限られているだろうし、しっかり見てくれ」

 その間違いに気付く様子も無く、ミノルは男くさい微笑を浮かべて頷いた。


 横で見ていたシアナの眉がピクリと跳ねたが、それに気付いたのはようやく視界の晴れた神人(じにん)たちのみ。


「うわー 修羅場発生? 相変わらずの主人公補正だぜ」

「さすが俺達の祭神。 顔だけなら実は俺の次ぐらいにはイケメンだもんなー」

「気付いてないのが本人だけってのもお約束だよな」


 そんなことを小声で呟きながら、神人(じにん)達はそそくさとその場を後にするのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ