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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
第一話:生贄の乙女と消えた守護神
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第五章:恐るべき捕食者【黒毛和牛】その名は妹

「あー くそ、気が重い!」

 その低くて野太いミノルの声が古い木造建築に木霊する。

 ……とは言っても、ここはシアナたちのいる神社ではない。

 そう、ここはミノルが生まれた世界にある彼の実家……牛島家にある彼の自室だ。

 その証拠に、その部屋にはテレビやオーディオセット、パソコン(+若干のエロいもの)まで鎮座している。


 いや、そこにあるのは現代人の必需品ばかりではない。

 『三国相伝陰陽輨轄簠簋内伝金烏玉兎集』や『若杉家文書』、『唯一神道名法要集』などと書かれた古い書物や訳のわからない地球儀に似たオブジェなどが所狭しと並んでいた。

 見るものが見れば、それらが主に東洋に伝わる呪術の書物や道具であり、さらに賢き者は陰陽道という言葉を思い出すだろう。


 そう、ミノルこと牛島(みのる)は、現代日本において忘れられた存在である魔術師と呼ばれる人種。

 その中でもかつて陰陽師と呼ばれた一族の末裔だった。

 家は『牛王院(ごおういん) 武塔(むとう)天社』と言う由緒ある神社であり、彼はその中でも宮司と呼ばれる要職をまかされている。

 

 もっとも、彼の部屋はそのたいそうな肩書きに反して俗まみれ。

 山と積まれた書籍の中には、漫画はおろか彼の年齢では閲覧禁止な写真集までぐちゃぐちゃに入り混じっていた。

 しかも、どうやら多趣味な上に片付けの苦手な性格らしく、高そうな花瓶やら大皿の入った箱までもが乱雑に並べられ、部屋の中は混沌とした様相を見せている。

 見た目から言えばゴミ屋敷一歩手前と言って良いだろう。


 その中でも比較的マシな部分に座り込み、ミノルはノートとシャープペンシル、そして竹籤(たけひご)の束を持ち込んでなにやら作業を行っていた。

 竹籤(たけひご)を一本ずつ数えながら選り分け、ノートになにやら書き記してゆく。

 しばしば駅前の通りなどで見かける易占と言う占いの方法なのだが、大きな体を丸め、ため息をつきながら細かい作業をチマチマと行う姿は微妙に哀愁を誘う。


 カリカリとペンを動かし、傍らの古い和綴(わと)じの書物を(めく)りあげると、頭をガリガリと掻いて結果を読み上げる。

「くぅ……火雷噬嗑(からいぜいごう)上爻変(じょうさへん)地雷復(ちらいふく)()くと出たか」


 意味するところは、立ちはだかるものはなぎ倒してでも願いを叶えるべし。

 ただし、自らも手痛い思いをするだろう。

 願いはかなうが、努力なしに事が成就するとは思わないほうが良い……ぐらいの意味だろうか。


「最初からわかっちゃいるんだが、面倒だな」

 愚痴を言ってもキリが無い。

 ミノルは本とガラクタの山から空の薬缶を取り出し、その表面を軽く指で弾いた。

 カーンという金属音と共に、空だった薬缶からなぜか濛々(もうもう)と湯気が噴出す。


「あー ミノ兄ったら、またそんな下らない事に道術使ってる!」

 襖がガラリと開き、甲高い少女の声がミノルを非難する。


「なんだ藍か。 うるさい奴が来たな」

 そちらの方向を見向きもしないで湯呑みをとりだすと、ミノルは薬缶を傾ける。

 ありえないことに、薬缶からはそこからは滔々(とうとう)とお茶が流れ出した。

 道術や仙術と呼ばれる類の摩訶不思議な業の一つである。


「うるさい奴じゃないもん。 ミノ兄が変なことしてるからでしょ。 ……ちなみに今日は焙じ茶?」

 入ってきたのは、まだ中学に入りたてぐらいの愛らしい少女だった。

 長い髪の毛をリボンで二つに分け、Tシャツとオーバーオールというラフな格好ではあったが、そのシンプルさがかえって彼女愛らしさを引き立てていた。

 3歳年下のミノルの妹なのだが、やや垂れ気味のクリクリとした瞳はミノルとは似ても似つかない。

 ただし、この家の家計簿を一手に引き受け、力関係においてはこの家の中において最強を誇る(つわもの)であるため、使用人に影で羅刹女(らせつじょ)と呼ばれている。


「うるせぇなぁ……お茶がほしかったら自分の湯呑み取ってこい」

「残念でしたー 私がほしいのは、お茶じゃなくて金目の物。 昨日なにやら作業場にこもっていたけど、作っていたのはただの薬缶?」

 軽い口調と共に近づくと、ミノルの手から蜂の巣のように綺麗な槌跡のついた薬缶を取り上げる。


「茶を飲むのにちょうど良い大きさの薬缶がほしかったんだよ! 余計なお世話だ。 それにしても、なんで女ってやつは、こう人のやる事にいちいちケチをつけるんだ?」

 眉に皺を寄せ、ただでさえ鋭い目つきをさらに細めて睨みつけるが、さすがに慣れているのか、藍はそ知らぬ顔で受け流し、ガラクタの山から座布団を引っ張り出してミノルの隣に座る。


「ケチつけたくなるわよ! 高そうなもの作っていたら、あとでこっそり売り払おうと思ってたのに……ただの薬缶? そんな日用品じゃたいした値段つかないじゃない!」

「な!? おまえ、俺の可愛い作品を売り飛ばす気だったのか!? しかも、この俺が魂を込めて作った燕鎚起(えんついき)の魅力がわからんとは……お前の審美眼は最低だ!!」

 燕鎚起(えんついき)とは、一枚の銅版をハンマーで叩くことによって金属器を造形する伝統工芸品である。

 ちなみにお値段は、少なくとも諭吉さんが数名旅に出る程度から。

 その表面に浮かびあがる美しい槌の跡は、まさに芸術品なのだが……


「売れればいいのよ! 我が家は格式こそアホみたいに高いけど、経済的にはきっちり没落してるんですっ!!」

 そのまま後ろを向くと、襖の向こうに向かって手を叩き、

「あ、これデジカメで写真とってからネットオークションにかけといて。 ユーザー名はいつものやつで。 値段はそうね……市場の需要がわからないから適当でいいわ。 どうせ落札価格は変わらないとおもうし」

 製作者を前に無慈悲なことを口にしながら、後ろに控えた使用人に薬缶を引き渡す。


「お、お前はいったい何をしにきた!?」

「むろん、ミノ兄の作った高価なガラクタを(むし)りにきたに決まってるでしょ?」


 無骨な外見のミノルだが、その指先の器用さは並大抵ではない。

 さらに、幼少から徹底的に叩き込まれた陰陽道の秘術を流用し、家の蔵に大量に眠っていた芸術家の作品から、残留思念を読み取ってその技術とセンスを盗むと言う……とんでもない反則行為を繰り返し行ってきた。


 挙句の果てには、魯山人や半泥子の魂を呼び出してその教えを請うたり、千利休と芸術の何たるかを語り合うなど、まさに芸術(アート)にして反則(チート)の申し子。

 その頭の中には日本美術の粋が詰まっているのである。


 が、そういうものは、その価値を解っている人間にしか意味を成さないのをご存知だろうか。


「お前には俺の作品の価値が解ってないっ!!」

 聞く者を発狂に追い込むと言われたミノルの怒号も、妹にはまるで通じない。

「ふっ……」

 怒りの声を鼻で笑い、その目をまっすぐに見つめて問い返す。

「ねぇ、先祖代々我が家に仕える使用人が何人いるか知ってる? この無駄に広い敷地の維持費にいくらかかるか知ってる? ミノ兄こそ、この家を維持する大変さが解ってないようね!」

 むしろ笑顔でジリジリと距離を詰めてくる。


「さぁ、無駄な抵抗はやめて、その背中に隠した金のなる木を残らずよこしなさいっ!」

 だが、無慈悲なその呼びかけに、ミノルが従うはずもない。

「断固として断る!!」

 ミノルは愛すべき作品を恐るべき妹の魔の手から守るため、両手を広げて敢然と立ちはだかる。

 だが、いかんせん守るべき存在が広範囲に散らばりすぎていた。

 人はこれを、自業自得と言う。


「あら、その絵皿高そうねー そっちの緑の壷も素敵!」

 あちらの荷物の山からひょい。

 こちらのダンボールの中からひょいひょい。

 部屋のどこをほじくり返しても何らかの宝物が出てくるのだから、まさに手当たり次第である。


「あっ、馬鹿! 触るな!! それは俺のお気に入りの九谷の大皿…… ええぃ、少しは遠慮しろ! うわぁぁぁ、それはよせ! 貴重な伊賀焼きの花瓶だぞ! うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!俺が半泥子師匠と合作した茶碗に、その小汚い指で触るんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!」

 ミノルの悲痛な叫びが木霊するが、藍は一切の容赦なく部屋を漁り続けた。


「あ、エロ本みっけ」

「それは無視しろ!!」


 その戦いは実に1時間にも及んだ。

 そして……


 ついにブチ切れた藍の怒声が、牛島家を震わせる。

「ごちゃごちゃうるさいわよ! 芸術などしるか! 我が家においては、大蔵省たるあたしこそが正義と知りなさーーーーーい!!」

 最終兵器『家計簿』を突きつけられて硬直したミノルの頭を、愛用のホルスタイン柄スリッパでペシペシと叩きながら黙らせると、藍はミノルの巨体の隙間に手を伸ばして美術品を拾い上げた。

 そして、国内ウケする信楽の小皿から、外国人ウケしそうな春画の絵巻物まで、よくぞ溜め込んだといわんばかりの美術品の山を、次々と廊下にいる使用人へ手渡してゆく。


「うふふふふ…… これで年内の予算は十分に確保できるわ。 気分は鬼退治後の桃太郎ね」

 荷物をあらかた運び終えた頃、パソコンでオークションのページを確認し、藍が満足そうに微笑む。

 

「鬼はおまえだ! ぐおぉぉぉぉぉぉぉ……俺の、俺の宝が……この悪魔め!!」

 広くなった部屋を眺め、ミノルはガックリと膝を突いた。


「悪魔? とんでもない。 あえて呼ぶなら妹様とお呼び。 ミノ兄はおとなしくパンツ一枚残らずあたしに貢ぐがいいわ」

 腰に手を当てて高笑い。

 そのパンツをどこに売りつける気だとは、恐ろしくてとても聞けない。

 げに恐るべきは妹様である。


「あ、雑誌の占い相談コーナーから原稿依頼もきていたんだっけ。 すごく評判いいらしいから、先月よりページ増えてるって。 締め切り明日だからさっさと片付けてね」

 血も涙も無い事台詞を当然の如く言い放つと、ノードパソコンを取り出してミノルに押し付ける。

 そして自分はさっそくミノルの部屋のパソコンを占拠して家計簿の修正を開始した。


「お、お前の血の色は何色だぁっ!?」

「さぁ? ピンクだったら可愛くていいかも」

 その答えにゲンナリしながらも、ミノルはノートパソコンを開いて雑誌の原稿を確認する。

 なんだかんだ言ってよく働く男だ。


「それにしてももったいないわねー 美術展にでも出品すればもっといい値段がつくのに。 ほんとミノ兄って才能の無駄遣いよね」

 会計ソフトのウィンドウの横に表示したオークションのページは、更新されるたびに値段が跳ね上がっている。

 すべての売り物を一度に出さず、市場の価格を維持しながら時間をかけて売りさばく。

 その微妙な駆け引きが、藍はこの上もなく好きだった。


「無駄とか言うな! これは趣味だ!!」

 趣味であるがゆえに、その作風は自由奔放。

 媚びぬが故に、その芸術のあり方は多くの人の憧れを生む。

 しかしミノルの名が売れていないために、その作品を通常のルートで売り捌くと、かなり安く買い叩かれてしまう。

 かと言って、売名行為に関してはミノルが頑として受け入れない。

 曰く、”自分用に作った物だから、売り物にされるのは不本意”なのだそうだ。

 おそらく、師匠である半泥子の影響に違いない。


 そこで藍が目をつけたのはネットオークションだった。

 こっそり出品しておけば、ミノルも買い手のついた物にまで口を出さない。


 そして、たまに売りに出されるその作品には、出品されるなり購入希望者が殺到し、回数を重ねるにつれてどんどん落札価格が跳ね上がっていた。

 目の肥えた購入者からすれば、まさに今しか買えない将来のお宝である。

 今では、『ネットに現れる謎の天才工芸職人』としてひそかな都市伝説になりつつあることを、ミノル本人は未だ知らない。

 

「まぁ、いい。 売れそうなものがあったらもうちょっと持って行って良いぞ」

 占いのために(さい)を振りながら、ミノルがポツリと漏らす。


 その気味の悪い発言に、おもわず手を止めて振り返る。

「どしたの? 何か悪いものでも食べた? ミノ兄らしくないんだけど」

 いつもならば、売り物にするぐらいならばと作品をすべて叩き壊しかねないほど激昂するミノルが、今日に限って妙におとなしいのも気になった。


「まぁ、ちょっとバイト先でな……」

 言葉を濁すミノルに、藍は姿勢をただして椅子ごと向き直った。


「また何か面倒な問題にクビ突っ込んだの? いい加減にしなよ、もう十五なんだから少しは分別を覚えてもいいんじゃない?」

 12歳の少女に言われるのだから、兄の威厳台無しである。


「そうは言っても、苦しむ者を見捨ててはおけんだろう? 仮にも俺は牛島家の長子だぞ? 牛頭天王の眷属にして、現人神と崇められる男なんだぞ!?」

 牛島家は代々牛頭天王と呼ばれる神の血を引く由緒ある家系であり、その長子は人ではなく牛頭天王、もしくはその眷属の現身(うつしみ)として崇められている。

 つまり、ミノルは人の身でありながら本物の神でもあるのだ。


「いいえ、ミノ兄は人間よ。 いくら牛頭天王の末裔だからって、あたし達がその役目まで引き継ぐこと無いじゃない! ミノ兄がどんなに強くても、あたしはミノ兄が現人神(あらひとがみ)として生きるなんて認めないからね!」

 スサノオ、もしくは牛頭天王と呼ばれる神の血を引く牛島の系譜は、とかく人間離れした肉体と呪力を持つことで知られているが、その中でもミノルは飛びぬけている。

 頑強な肉体は迫撃砲が直撃しても掠り傷一つ受けず、その一喝は山脈を天の彼方に吹き飛ばす。

 ひとたび怒りに身を任せれば、国の一つや二つ簡単に地図から消えてなくなってもおかしくはない。

 幸いにして、その有り余る破壊の力を最大限に振るう機会は未だ無いが、その身に受け継ぐ力はまさに神。


 だが、それを管理するのはちっぽけな人間の心、しかもまだ15歳の少年なのだ。

 人が神として振舞おうとすれば、どれだけ無理があるか……


「あんまり無茶なことすると、そのうち禍津神(まがつかみ)として処分されるわよ。 顔をあわせるのが、年に一度の御霊会(ごりょうえ)だなんて、ぜんぜん笑えないから」

 社会に災いをもたらす神と判断された牛島家の人間は、禍津神(まがつかみ)と呼ばれてその肉体を処分されてしまう。

 そしてその魂を、攻撃的な部分の象徴である荒御霊(アラミタマ)と、友好的な部分である和御霊(ニギミタマ)に分離し、和御霊(ニギミタマ)だけを残して封印するのだ。

 あとはご利益あらたかな祭神としてどこかの神社に祭り上げれば、人の願いにだけ耳を傾ける都合の良い神様の出来上がりである。

 御霊会(ごりょうえ)とは、年に一度行われる荒御霊(アラミタマ)の封印の儀式に他ならない。


「言われなくてもわかってる。 とりあえずバイトがクビになるかもしれんから、今のうちに金目のものを現金に変えておいてほしい」

 ボソボソとした言葉をイライラと聴きながら、藍は不機嫌そうに尋ねた。

「……で、一番高く売れそうなものは?」


 ミノルが無言で足を踏み鳴らすと、畳が(めく)れて、下から大量の木箱が姿を現した。


「まったく。 脳筋のくせにこういうところだけシッカリしてるんだから」

 呆れたようにため息をつくと、藍は美術品を運び出すため、家の使用人を呼びに部屋を出て行った。

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