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黒毛和牛召喚記  作者: 卯堂 成隆
序章:黒毛和牛の初恋
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ドナドナに【黒毛和牛】荷馬車はいらない

ある晴れた 昼下がり


市場に続く道


荷馬車が ごとごと


子牛に粉砕されていた…。


 わけが判らないと思うので、何が起こっているのか説明せねばなるまい。

 剣と魔法はあるけれど、ちょっとした事情で神様が存在しない世界。

 その世界のどこかにある、ちょっと大きな大陸の、そのまた大きな国の、そのまた立派な大通り。


 その一角で、男も女も、老いも若きも、人も妖精(シー)獣人(ル・ガル)も、この世界に住む多種多様な民人が皆が分け隔てなく足止めを食らっている。


 その原因は…牛。


 端的に説明するなら、王都の中央市場も近い賑やかな通りは、今、たった一匹の暴れ牛によって完全に封鎖されていた。


挿絵(By みてみん)


ベッキャアァァァァァァァァァァァァン!!


 牛に蹴り上げられた車輪が、鉄製の車軸を引きちぎり、ヒュルヒュルと悲しそうな悲鳴をあげて向かいの酒場の窓に吸い込まれてゆく。


ズドオォォォォォォォォォン! バキャメキャボキッ…


 車輪はアンティークじみた年代物の家具や家屋を容赦なく蹂躙(じゅうりん)

 爆発こそしないものの、まるで砲弾である。


 土埃が晴れて視界がクリアになると、そこには馬がそのまま入れそうなほど大きな穴が出来上がっていた。

 当然ながら、着弾付近であるドアは全壊。


 カラン……カラカラカラカラ……

 引きちぎられたドアの留め金や砕けた壁の残骸が、呆然とする店主(マスター)の足元で乾いた音を立てて散らばる。


 そして凶器である車輪はというと、そのまま半壊した店内をゴロゴロと力なく転がり、ドスン……鈍い音とともに倒れた。


 その衝撃にあおられて、店主の頭からカツラがズルリと落ちる。

 15年もの間隠し通してきた彼の秘密が、衆目に晒された瞬間だった。



 そんな感じで、つい10秒ほど前に突如商店街で発生したこの災害は、瞬く間に周囲の店を臨時休業に追い込みながら、今なお物理的・精神的被害を拡大し続けている。


 まるで竜巻が発生したかのようなひどい有様だったが、不思議なことに死傷者は発生していない。


 とは言え、こんなところに居たらいつ大怪我をしてもおかしくない。

 すぐさま逃げ出すのが賢いのだが、その場を離れる者は誰もいなかった。


 いや、誰も離れられなかった。

 まぁ、暴れ牛は珍しく無いし、それで被害が発生することもよくある話だ。

 だが、それが大人の牛ではなくてまだ生まれて間もない子牛となるとちょっとおかしい。


 いや、かなりおかしい。

 誰もがその場を動くこともできず、呆然と成り行きを見守っていた。


 そんな中、いち早く我に返った一人の男が自らの同僚に声をかける。

「おい、何してる! このままだと荷物がぐちゃぐちゃになるぞ!?」

 男はこの荷馬車の一つを護衛していた傭兵だった。


「お前らもプロならさっさと仕事しろ!! はやくあの子牛を捕まえるんだ!!」

 男の声に促されて、周囲の人間も子牛を捕らえるべく自らの武器を構える。


 ……が、それは当然"この破壊の原因"の注意を引くこととなる。

 気づいた時にはすで遅し。

 黒い毛並みの子牛が、疾風のようなスピードで近くにいた護衛の後ろに回りこむと、その無防備なケツに、(つや)やかな蹄をそっと押し付けた。


「邪魔すんなオッサン」

 不機嫌な少年の声が響く。


「……へ?」

 男が、間の抜けた声をあげた次の瞬間。

 ズドン!!

 男は、ロケットよろしく空へと打ち上げられた。


 そして男は星になった……もとい、向かいの酒場に二つ目の穴をあけた。


 そして惨劇の張本人たる子牛と言うと「次はどいつが空を飛びたい?」とばかりに、護衛の男たちを睨みつける。


 姿かたちは幼いものの、その身に纏う威圧感はドラゴンと比べても遜色ない。

 まさに黒い悪魔だ。

 手に負える代物では無いと判断したのか、護衛全員がゆっくりと後退りする。


 邪魔する者がいなくなった事を確認すると、子牛はフンッと鼻息をひとつ鳴らし、お前らどっか行けと言わんばかりに周囲の野次馬をジロリと睥睨(へいげい)した。

 その愛らしい見かけと、あまりにもその姿からかけ離れた振る舞いに、その場にいる全員が同じ言葉を頭に浮かべる。

『……なに、このぷりちーな破壊神?』


 観客の不本意な評価を察したのか、

「おい、失せろ!! こっち見んな! ぶっ殺すぞ!!」

 突如その子牛が、10歳前後の男の子のような声で周囲に怒鳴り散らした。


 子牛が人語を口にしたという異常性はさておき、どうやら中身の年齢は外見と大差無いらしい。


 周囲の人間は戦慄を覚えた。

 子供というものは容赦を知らない生き物だ。

 ましてや、それにドラゴンのごとき戦闘能力が備わっているのである。


 ……そのとき人々は、騎士団を呼びに行くべきか保育士を呼びに行くべきかで大いに悩んだと言う。


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