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誰の役にも立たないと言われて嫁いだ先で、私はようやく普通に仕事ができるようになりました  作者: ヲワ・おわり


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第8話 単式帳簿の限界

 夜、自室で帳簿から書き写した数字を広げた。


 前世でも、こういう作業はよくやっていた。発注記録と実際の在庫の照合。数字が合わない時に、どこで差が生まれたかを追う作業。それ自体は苦ではなかった。問題は、この城の帳簿の構造そのものにある。


 単式記録の弱点は単純だ。


 入庫記録と出庫記録がそれぞれ独立しているため、片方だけ見ていると全体が見えない。例えば今日百袋の麦が入庫したとして、それが帳簿に記録されたとしても、どこへ出庫したかが別ページに書かれていると、対応関係が追えない。意図的に出庫記録を少なく書いても、入庫記録の担当者には分からない。


 複式記録であれば、収入と支出が同時に記録されるため、どちらかを書き換えれば数字が合わなくなる。不正を隠しにくい仕組みだ。


 私が書き写した数字を計算し直す。入庫の合計から出庫の合計を引いた値が、現在の在庫であるはずだ。しかし実際の在庫との差は——二十袋以上。


 数字の上では確かに差がある。ただし、これだけでは証拠にならない。記録の記入漏れという可能性もある。本当に横流しがあるかどうかを証明するには、全体の帳簿を見る必要があった。


「ミレイ」


 翌朝、朝食の後に呼び止めた。


「はい」


「少し聞いていいですか。例年、城の物資で急に足りなくなるものはありますか」


「えっと……食糧は毎年、冬の終わりに不足することが多いです。それから薬品も、急に切れることがあるとヘルダさんが愚痴っているのを聞いたことがあって」


「薬品も、ですか」


「はい。解熱薬とか鎮痛薬とか。急に必要になった時に手元にない、という状況が何度かあったと」


 私は手帳に書き留めた。薬品庫と食糧倉、どちらも同じ問題を抱えている。そして問題の根は帳簿の構造にある。記録がなければ管理できない。管理できなければ不足が防げない。不足が続けば、誰かが損をする。


「ありがとうございます。とても参考になりました」


「夫人、何か分かりましたか?」


「いくつか。ただ、確認したいことがまだあります」


「……夫人って、本当に何者なんですか」とミレイが呟いた。前にも一度聞かれた言葉だ。


「ただの侯爵夫人です」


「ただの、というのは絶対嘘ですよ」


 ミレイは何かを言いかけてから「いえ、余計なことを言いました」と頭を下げた。


「余計なことではありません。ありがとうございます」


 私は立ち上がって、窓の外を見た。オルダム城の庭が見える。今日は雲が多い。冬が近いのかもしれない。


 全体の帳簿を見る方法を、もう少し考えなければならない。ガストンに正面から申し出ても、今の段階では全てを見せてもらえないだろう。問題があることを数字で証明するには、もっと広い範囲の記録が必要だ。


 しかしガストンが動かない限り、帳簿室の鍵は開かない。


 別の経路を探すか、あるいは問題が表面化してから動くか——。


 今できることを積み上げていくしかない。次は薬師のヘルダさんだ。診療記録がどうなっているかを確認すれば、医療面での問題の全体像がもう少し見えてくる。


 その日の夜、私は城の問題を整理した一覧を作った。


〔薬品庫:在庫記録・補充計画、整備中〕

〔食糧倉:入出庫記録、整備中〕

〔帳簿室:単式記録の問題あり。全体確認が必要〕

〔診療記録:未確認〕


 解決するには、まだ時間がかかる。でも問題の形が見えてきた。それだけで、今夜は充分だ。

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