第7話 帳簿室への申請
「帳簿の確認をさせていただきたいのですが」
夕食前の時間、廊下でガストンを捕まえて申し出た。
彼は一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに穏やかな顔に戻った。経験を積んだ老臣の顔だ。感情を表に出すことを、長年かけて制御している人の表情だとわかった。
「……夫人が帳簿をご覧になっても、意味がありますか。複雑な記録でございますので」
「家計の管理は侯爵夫人の職責と存じます。食糧倉と薬品庫の発注記録を確認したいだけです」
「発注記録でございましたら、担当者からお聞きになれば」
「書面で確認したいのです」
ガストンは私を静かに見た。私も視線を外さなかった。
沈黙が続いた。
廊下の奥から使用人が通り過ぎる足音が聞こえた。それが遠ざかってから、ガストンが口を開いた。
「……食糧倉に関連する帳簿でしたら、ご覧いただくことは構いません」
「ありがとうございます」
薬品庫の時よりも言葉少なく片がついた。ガストンが引いたのは、「食糧倉に関連する帳簿だけ」という条件をつけたからだろう。全ての帳簿を渡したわけではない。だからこそ折れた。
翌日の午前、帳簿室に通された。
分厚い綴じ本が棚に並んでいる。担当者の使用人——二十代の若い男性だった——が、食糧関連のものだと思われる帳簿を三冊取り出した。
「こちらでございます。ご用が済みましたら声をかけてください」
彼は部屋の隅で待機しながら、私が帳簿を開くのを見ていた。監視されている。ガストンの指示だろう。私は気にせず、帳簿を広げた。
記録の形式は単式だった。
収入と支出が別々のページに分けて書かれている。左のページに入庫した食糧の品名と数量、右のページに出庫した食糧の品名と数量。ただ、対応関係がない。つまり「いつ入ったものがいつ出たか」が追えない。
前世でも、単式記録と複式記録の違いは基本的な知識として身についていた。複式であれば収入と支出が同時に記録されるため、どちらかが改ざんされると数字が合わなくなる。しかし単式だと、入庫記録と出庫記録がそれぞれ独立しているため、どちらかだけを書き換えても発覚しにくい。
私は自分の手帳に数字を書き写しながら、二つの帳簿を照らし合わせた。
入庫記録の合計と出庫記録の合計を計算する。差し引きが、倉の現在の在庫と一致するはずだ。私が昨日確認した実際の在庫数と比較すると——。
差がある。
約二十袋分の麦、干し野菜数十束分、塩漬け肉の一部。帳簿上の計算より、実際の在庫が少ない。
誤差の範囲とも言えなくはない。しかし毎年食糧が足りなくなるという事実と合わせると、偶然の誤差とは考えにくかった。
「ご不明な点はございましたか」
担当者が声をかけてきた。
「いいえ」と答えた。「大変参考になりました」
礼を言って帳簿室を出た。廊下でミレイが待っていた。
「どうでしたか?」
「記録の形式に問題があることが分かりました」
「問題、というのは……?」
「収入と支出が別々に記録されていると、照らし合わせることが難しいのです。食糧が実際にどれだけ動いたかを正確に追うには、別の形式が必要で……」
「難しいですね」とミレイが言った。「でも夫人は、難しいことがいっぱい分かるんですね」
「前世での習慣です」
「前世……夫人はどんな前世だったんですか」
「地味な仕事をしていました」
「それは変わらないですね」とミレイが真顔で言って、慌てて「あ、失礼しました!」と頭を下げた。
私は笑いそうになるのを抑えた。正しいことを言っている。
廊下を歩きながら、次の手を考えた。食糧倉の帳簿だけでは、城全体のお金の動きは見えない。全体の帳簿を確認するには、ガストンが今より大きく折れるか、別の経路を見つけるか——どちらかが必要だ。
今はまだ証拠が不十分だ。もう少し数字を積み上げてから判断しよう。
薬師のヘルダさんとも、早いうちに話しておきたい。診療記録の状況も確認しなければならない。




