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誰の役にも立たないと言われて嫁いだ先で、私はようやく普通に仕事ができるようになりました  作者: ヲワ・おわり


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第64話 外交の駆け引き

 数日後、ヴォルダ公国の使者が辺境侯爵領に到着した。


 城の大広間に外交折衝の場が設けられた。ヴォルダ側の使者が三名。こちらはエドヴァルド、ガストン、カルルの三名。


「農産物の優先供給協定と、防衛協定の再締結をお願いしたい。辺境と公国の関係を安定させるために」


 使者の長が言った。穏やかな外交文体だったが、要求の内容は変わっていない。辺境の資源を差し出せ、という話だ。


 エドヴァルドは聞き終えてから、静かに書類を机の上に置いた。


「こちらの書類を、まずご確認ください」


 書類が使者の手元に届いた。


 数字が並んでいた。食糧。薬品。武器。輸送ルートごとの所要日数。在庫の最低水準。前提条件を変えた場合の試算が三パターン。


「……これは」


「現在の辺境侯爵領の兵站計算です。三十日分の補給を確保した上で、なお余剰がある。攻められた場合の持久戦も計算済みです。どのパターンでも、こちらが不足する状況にはなりません」


 使者が書類を見た。顔色が変わった。数字が、精密すぎた。曖昧に「備えがある」と言うのではなく、品目ごとに根拠が示されている。


「……こんな計算を」


「問題はありますか」


「いえ、その……」使者が一度言葉を切った。「誰がこれを?」


 エドヴァルドが少し間を置いた。


「私の妻です」


 大広間が静かになった。


* * *


 同じ頃、私は廊下の先の控え室で待っていた。


 「外交折衝の間、ここで待機するように」とカルルに言われていた。計算書を持って何か確認が必要になった場合に備えて、という理由だった。


 結局、呼ばれなかった。


 それはつまり——呼ぶ必要がなかったということだ。計算書だけで十分だったということか。


* * *


 夕方、エドヴァルドが報告してきた。


「あなたの計算を使った」


「……どのように、使われたのですか」


「そのまま出した。「誰がこれを」という問いが来たので、「私の妻です」と答えた」


 私は少し止まった。


「……そのまま、ですか」


「そうだ。あなたの仕事だ。誰の名前で出すべきか」


「でも外交の場で」


「だから出した」とエドヴァルドが言った。「外交の場だからこそ、誰の計算かを明確にする意味がある」


 ヴォルダの使者が「辺境侯爵夫人が」と驚いた顔をしたことを、エドヴァルドは話してくれた。数字が精密すぎて、使者が沈黙したことも。


「……ありがとうございます」


「礼を言うのはこちらだ」


「私こそ」


 少し間があった。


「使者は明日には帰る。交渉は続くが——」とエドヴァルドが言った。「今日のところは優位に立てた。それはあなたの計算があってのことだ」


 私はその言葉を受け取った。


 私の仕事が外交を動かした。数字が、言葉より先に相手を動かした。


「続けます」と私は言った。「計算の精度をさらに上げます。次の折衝でも使えるように」


 エドヴァルドが少し目を細めた。「……頼む」

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