第61話 いなくなるのが嫌だ
城に戻って、馬を降りた。
エドヴァルドが「書斎に来い」と言った。有無を言わさない言い方だったが、怒っている感じではなかった。
書斎に入ると、カルルが入り口で「後ほど確認の件を——」と言いかけた。エドヴァルドが「後にしろ」と言った。扉が閉まった。
「なぜ一人で城下に」
エドヴァルドが言った。窓の外を向いていた。怒りというより——心配の声だった。
「ミレイがいましたし、これまでも視察には何度か出ていました」
「今はそういう時期じゃない」
言いかけて、止まった。
沈黙があった。
窓の外、午後の光が城壁に当たっていた。私は立ったままエドヴァルドの背中を見ていた。
エドヴァルドが振り向いた。
「……あなたがいなくなるのが嫌だ」
言葉が来た。
私は息をのんだ。
「以前」とエドヴァルドが続けた。声が低かった。「以前、大切な人を失った。そのことがあってから——もう失いたくないと思っている。あなたも、その……」
言葉が続かなかった。
「その……」という途中で止まった言葉が、部屋の中に残った。
私は——エドヴァルドを見た。
言葉を整理しようとしたが、うまくいかなかった。「以前、大切な人を失った」という言葉。「あなたも、その……」という言葉。私が「その」に続く言葉の中に含まれているのか。
「いなくなるのが嫌だ」という言葉を、私に向けて言ったのか。
「……侯爵」
呼ぼうとして、声が出なかった。
* * *
エドヴァルドは「言ってしまった」と思った。
言うつもりはなかった。事実確認をして、今後の城下視察に制限をかけて、それだけにするつもりだった。
でも——城下から戻る馬の上で、「来てくれるとは思っていませんでした」という言葉を聞いた時に、何かが壊れた。
来るに決まっている。そう言った。
そして今、「いなくなるのが嫌だ」と言った。
「言えた」という奇妙な感覚があった。解放されたような。でも「なぜ今言えたのか」は分からない。
目の前に立っているレティシアが、こちらを見ていた。亜麻色の髪が乱れていた。城下で腕をつかまれた跡がまだ赤かった。
「……どうした」
レティシアの目に、何かが浮かんでいた。
泣いているわけではない。でも——目が、揺れていた。
「……どうして」
エドヴァルドが呟いた。「なぜ」という意味ではなかった。ただ、声が出た。
「分かりません」とレティシアが言った。静かな声だった。「ただ……」
続きが来なかった。




