第6話 食糧倉の問題
翌朝、まだ霧が出ている時間に食糧倉へ向かった。
ミレイが言っていた通り、城下からの荷物が届く日だった。馬車が二台、城の裏手に回ってくる。積まれた麦袋と乾燥野菜の束を、担当の使用人たちが次々と倉へ運び込んでいた。
私はその様子を、少し離れた場所から観察した。
誰も、何も書いていない。
「何箱届きましたか」と使用人の一人に声をかけると、彼は「え? ええと……今日は多めで、十二か十三かと」と首を傾けた。「十二か十三」という答えは、数えていないという意味だ。
「記録はどちらで管理していますか」
「は? 記録といいますと……」
「今日何が何個届いたか、という記録です」
使用人は困ったような顔をして「そういうものは……頭が把握しておりますが」と答えた。
以前も聞いた答えだった。
「頭が、というのは書き留めていない、ということですか」
「書き留める習慣が……特には」
私は礼を言って、倉の中を見せてもらうことにした。棚に積まれた食料を見渡しながら、量を目で確認する。今日届いた分を含めて、ざっと計算した。
「ミレイ、この量で冬を越せますか」
隣にいたミレイが考え込む顔をした。
「例年だと、春前に少し不足するんです。三〜四年に一度は、冬の終わりに食糧が足りなくなって、城下から急いで調達することがあって……」
「その都度、どうしていたのですか」
「城下の商人から高値で買い足すか、配給を減らすか、と聞いています。去年は食糧が足りなくて厨房の使用人が一番つらかったとか」
私は棚を見たまま、頭の中で計算した。
記録がなければ、消費ペースが分からない。消費ペースが分からなければ、冬に向けて何をいつまでに補充すればいいかが分からない。分からないまま冬を迎えるから、足りなくなる。そしてその反省が記録されないから、翌年も同じことが起きる。
悪循環だ。そして、解決策は単純だ。
「記録をつけることと、消費ペースの計算を始めれば、来年の冬には間に合います」
「それだけで足りるようになるんですか?」
「足りなくなるタイミングが分かれば、その前に手を打てます。気づいてから動くのと、気づく前に動くのでは大きく違います」
ミレイが「なるほど……」と呟いた。理解しているかどうかは分からないが、聞いてくれた。
倉の担当者に「記録のつけ方をお手伝いしてもよいですか」と申し出ると、彼は戸惑いながらも「夫人がそうおっしゃるなら……」と受け入れてくれた。
その日の午後は、食糧倉の記録帳の様式を設計した。薬品庫のものと基本は同じ。品目、数量、入庫日、出庫日と出庫先。それだけで、どこへどれだけ消えているかが追える。
帳簿との照合も必要だ。食糧倉から出た記録と、帳簿の発注記録が一致しているかを確認しなければ、お金の動きが見えない。
そう考えた時、帳簿室が頭に浮かんだ。
あの部屋は、ガストンの管轄だ。薬品庫の時は「侯爵夫人の内務管理権」を根拠に入ることができた。帳簿室も同じ論理は使えるはずだが、あの白髪の家令がどう出るかは別の話だ。
「ミレイ、帳簿室は普段、どなたが管理していますか」
「ガストン様のご配下の方が担当していると思います。普段は鍵がかかっていますね」
「そうですか」
鍵がかかっている。薬品庫は開いていたが、帳簿室は違う。
食糧倉の記録帳の設計を書き終えながら、次の手を考えた。感情的に「見せてください」と言っても意味がない。根拠を揃えて、静かに申し出る。それが一番確実だ。
明日、ガストンに申し出てみよう。




