第58話 城下の視察
兵站計算が完成した日の夕方、エドヴァルドがカルルを通じて一言伝えてきた。
「計算書を重臣会議に提出した。交渉においても優位に立てるという評価だった、と夫人に」
私は部屋でその言葉を受け取った。
交渉においても優位に立てる——兵站の数字が、軍事だけでなく政治的な判断にも使えるということか。計算をしながら、そこまでは考えていなかった。
「よかったです」と私は言った。
「夫人、「少し休んでもいい」とも侯爵から」
「……そうですか」
* * *
翌日、久しぶりに城下へ出た。
ヘルダの診療所が先だ。冬の薬草保存の確認を後回しにしていたことが気になっていた。
「最近、見ませんでしたね」とヘルダが言った。診療所の奥で薬草を整理していた。
「少し忙しかったもので」
「顔色がいいじゃないですか。最近、何かありましたか」と言いながら、ヘルダが私の顔を見た。
「……何かとは?」
「さあ。でも何かある顔だ」
ヘルダは鋭い。私は少し考えてから「仕事が増えました」と答えた。
「それでこんなにいい顔に?」
「仕事は好きなので」
「まあそれもそうか」
薬草保存の話を二時間ほどした。冬は乾燥させた薬草の品質が落ちやすい。保存の温度と湿度の管理について、ヘルダが経験から知っていることを記録して台帳に反映させた。
* * *
帰り道、城下の通りを歩いた。
変わった、と思った。
秋に来た時と比べると、市場の物資の並びが違う。品目が整理されている。売り手の顔に余裕がある。城下管理官のハルネット氏が整備した補給の仕組みが、ここにも出ているのかもしれない。
路地の端で、老いた女性が私に気づいて「奥方様」と声をかけた。私が軽く礼をすると、嬉しそうに笑った。
——自分がここで役に立ってきた。
「ここに来てよかった」という確信が、また少し強くなった。
「夫人、少し別の通りを見てきてもいいですか。すぐ戻ります」
ミレイが言った。視線の先に菓子屋の看板が見えた。
「どうぞ」と私は言った。「ここで待っています」
ミレイが駆けていった。
私は路地の脇に立って、城下の空気を吸った。冬の終わりが近い。少しずつ、空気が変わってきている。
「少しよろしいですか」
後ろから声がした。
振り向いた。見知らぬ男が二人立っていた。




