第57話 夜の食卓
「食事はまだか」
エドヴァルドの言葉に、私は少し止まった。
「……まだ、です」
「一緒に食べていくか」
書斎の小さなテーブルに、二人分の夕食が運ばれてきた。遅い時間だったので簡単なものだった。パンと汁物と、干した果物。
二人で食べ始めた。
「最近、一人で食事をしていたのか」
エドヴァルドが聞いた。
「……はい。侯爵が忙しそうでしたから」
「忙しかったのは本当だが」とエドヴァルドが言った。少し間があった。「……声をかければよかった」
珍しい言い方だった。自省を、この人がこんなに直接に言葉にするのは。
「侯爵は、なぜ今そうおっしゃるのですか」
「分からない」とエドヴァルドが答えた。迷わず。「ただ、そうすべきだったと思った」
私はしばらく汁物を見た。
「……私も、引きすぎていたかもしれません」
「そうか」
「邪魔になると思っていました。でも」と少し考えてから続けた。「遠慮していた、という方が正しいかもしれません」
「遠慮」
「侯爵が私のことを、仕事の面で必要と言ってくださいましたから。それ以上のことを求めてはいけないと思って」
エドヴァルドが少し止まった。「それ以上のこと」と繰り返した。
「……一緒に食事をするとか、そういうことです」
「それは求めていい」
短い言葉だった。でも確かに来た。
私は少し顔を上げた。エドヴァルドが前を向いたまま食事を続けていた。
* * *
しばらく静かに食べた。遠くで衛兵の声がした。城の中は静かだった。
「計算が終わったら」とエドヴァルドが言った。「また一緒に食べられるか」
「……はい」
答えてから、少し驚いた。
「喜んで」
続けて言っていた。
前世では、誰かと食事をすることを「喜んで」と言ったことはなかった気がする。誰かに誘われれば「はい」と答えていた。でも「喜んで」という言葉は、喉の奥でいつも止まっていた。
「……今、そう言えたのか」と内心で思った。
「そうか」とエドヴァルドが言った。声の中に何かが混じっていた。
「いつ終わりますか、計算は」とミレイが翌朝聞いた時、私は「明日には」と答えた。ミレイが窓越しに昨夜の様子を見ていたことは、顔色で分かった。
「よかったです、夫人」
「何がですか」
「一緒に食事されたんでしょう?」
「……仕事の続きです」
「顔が違いますよ、今日。昨日よりずっと、ちゃんと存在してる感じがします」
私は少し止まった。
「……そうですか」
「そうですよ」
帳簿を開いた。ミレイの言葉が頭に残った。ちゃんと存在している。
いてもいいと言われた気がした——昨夜。




