第56話 並んで仕事をする
翌朝から、書斎に資料を広げた。
食糧備蓄量。薬品在庫。武器の補充スケジュール。輸送ルートごとの所要日数。気候による変動値。
「まず現在の数字を確認します」と私は言った。「次に、敵の兵数と対峙期間の想定から必要量を計算して、現在との差分、つまり不足分を算出します」
「手順を教えてくれるのか」
「あとで他の方が確認できるように。計算の経緯を残しておきます」
エドヴァルドが少し目を細めた。「……そういうことを、当然のようにする」
「記録があれば、次に同じ問題が来た時に早くなります」
「そうだな」
作業が始まった。
* * *
書類を一緒に見るために、自然と近い位置になった。同じ机の、向かい合わせではなく、隣り合う形で。
「この数字、どこから?」とエドヴァルドが指した。
「食糧倉の十二月の記録帳です。この欄に——」
「ここか」
「はい。ただ一月の補充が遅れたので、正確には」と私は別の記録帳を開いた。「こちらの数字の方が正確です」
「……詳細に管理されているな」
「管理しないと計算できないので」
エドヴァルドがそれを聞いて、何かを言いかけて止まった。
「この計算、どこで学んだのか」
「前の……いえ、若いころに覚えました」と私は答えた。前世のことを、どこまで言えるか、まだ分からない。「似たような計算を、別の場所でしていたことがあります」
「別の場所」
「……はい」
エドヴァルドが「そうか」と言って、書類に目を戻した。深く聞かなかった。
* * *
二時間ほど経った頃、カルルが書類を持って書斎に来た。
「失礼します、資料をお持ちしました——」
扉を開けて、一瞬止まった。
机の上に資料が広がっている。エドヴァルドとレティシアが並んで、同じ書類を見ながら話している。二人の間の距離が近い。書類を指さすために、レティシアが少し身を乗り出している。
「……あ、はい」とカルルが言った。資料を端に置いた。「お邪魔しました」
退室した。
廊下に出て、壁にもたれた。
侯爵が穏やかな顔をしていた。軍務の時の顔ではない。兵站の計算をしながら、でも、穏やかだった。
よかった、とカルルは思った。
* * *
「ここは三か月分ではなく、六週間で一度補充すべきです」と私は言った。
「なぜか」
「この品目は湿度に弱いので、長期保管に向きません。品質が落ちると計算通りの効果が出なくなります。六週間サイクルにすれば在庫も減らせて、品質も維持できます」
エドヴァルドが書類を見た。
「……それは今まで誰も言わなかった」
「気づかれていなかったのかもしれません。一見すると数量の問題に見えますが、品質管理の問題です」
「なぜあなたは気づく」
「記録を見ていると、品質劣化のパターンが出てくるので」
また沈黙があった。エドヴァルドが書類に何かを書き込んでいた。
仕事をしていると——「邪魔かもしれない」という考えが消える。この机の前に、この人の隣にいることが、自然だと思えた。
仕事をしているときが一番自然だ、と気づいた。
* * *
夕方に近い時刻、計算の大部分が終わった。
「あとは検証だけです」と私は言った。「数字の前提を変えた場合のシミュレーションを三パターン作れば——」
「今日は遅い」とエドヴァルドが言った。「明日でいい」
「……では、お邪魔しました」
立ち上がろうとした時、エドヴァルドが言った。
「食事はまだか」
私は少し止まった。




