第5話 横流しの痕跡
数字は嘘をつかない。
四日目の午後、薬品庫の全数確認が完了した。記録帳に書き写した数字を最初の確認数と照らし合わせる。差が出ている薬品が七種類。そのうち五種類は有効期限の問題、一種類は虫食いの可能性がある。問題なのは残りの一種類だった。
〔鎮痛薬ヴェルタ草エキス:確認時64瓶 → 現在51瓶〕
四日間で十三瓶が消えた計算になる。だが、使用記録がない。補充記録もない。つまり誰がいつ何のために持ち出したか、記録が一切存在しない。
私は数字を見つめた。
前世の感覚では、これは二通りの可能性がある。一つは管理不備での紛失——要するに記録をつけずに使っていただけ。もう一つは意図的な持ち出し、いわゆる横流し。
どちらにせよ、問題だ。鎮痛薬は用途が広い。外傷にも、内臓の痛みにも使う。これが足りなくなれば、助けられたはずの人が苦しむ。
消費ペースを計算した。四日で十三瓶、月に換算すれば約百瓶。現在の在庫は五十一瓶。つまりおよそ半月で在庫が尽きる計算になる。
「ミレイ」
棚の整理を手伝ってくれていたミレイに声をかけた。
「はい」
「この薬品庫で、過去に何か問題があったことはありますか」
ミレイが少し黙った。何かを思い出しているような間だった。
「……以前、薬が急に足りなくなったことがあると聞いています」
「いつ頃の話ですか」
「私がこちらに来る前のことなので、二年以上前でしょうか。薬が必要な方に渡せなくて、兵士が一人……」
ミレイが続きを言いかけて止めた。言わなくても分かった。
「亡くなったのですか」
「……そう聞いています」
私は記録帳に視線を落とした。
一人死んでいる。記録がなかったせいで、補充のタイミングが分からず、必要な時に薬がなかったために。
放置できない理由が、もう一つ増えた。
「ありがとうございます」
「夫人……何か分かりましたか」
「いくつかは」と答えた。「でも今は補充計画を立てることが先決なので、それを始めます」
現状で何が不足しているか、何が三か月以内に尽きるか。それを書き出して、補充の優先順位をつける。ただし補充にはお金がかかる。どこからお金が出て、どこへ記録されているか——それは帳簿室を確認しなければ分からない。
記録帳に補充計画の欄を追加した。品名、現在数量、推定消費ペース、補充必要時期。この項目があれば「いつまでに何を補充しなければならないか」が一目で分かる。
作業が終わった頃には、夕暮れの光が薬品庫の小窓から差し込んでいた。今日はちゃんと夕食に行こうと思った。ミレイに念押しされたことを思い出して。
「次は帳簿室ですか?」
ミレイが聞いた。察しがいい娘だ。
「帳簿と、食糧倉と。どちらが先か考えています」
「食糧倉でしたら、明日の朝が荷物の受け取り日なんです。毎週決まった日に城下から届くので」
「そうですか」
それなら食糧倉を先に見るほうが良い。荷物が届く現場を見れば、入出庫がどう扱われているかが分かる。記録帳に書かれているかどうかより、現場の手順が見える。
「では明日の朝、食糧倉に行きます」
「分かりました。私も来ます」
ミレイが少し胸を張った。手伝う気になってくれているらしい。
廊下を歩いていると、向こうから白髪の人影が来た。ガストンだった。
「夫人、今日も薬品庫のほうにおられましたか」
「はい。在庫の確認を続けていました」
「……ずいぶんと念入りでございますね」
ガストンの目が細くなった。私を値踏みするような視線だったが、私は表情を変えなかった。
「記録を整えるには、少し時間がかかりますので」
「そうでございますか」
それだけ言って、ガストンはまた歩き去った。
私はその背を見送りながら、帳簿室の優先順位を一つ上げた。記録がどう管理されているかを把握することは、全ての問題の根幹に繋がっている。食糧倉の翌日には、帳簿室に向かおう。
夕食を食べながら、頭の中で順番を整理した。




