第38話 二人が変わった
「飯の差し入れは、七年で初めてですよ」
カルルが言った。
廊下の端で、ミレイと並んで歩いていた。午後の仕事の合間の、短い時間だった。
「七年?」
「俺がここに来てからです。侯爵が誰かに食事を届けるように指示したことは、一度もなかった」
「……そんなに変わったんですね」
「変わったというより」とカルルは少し考えた。「変わっていることに、ご本人が気づいていない感じがします」
ミレイが「ああ」という顔をした。
「夫人も同じです。前は——来たばかりの頃は、ずっと灰色みたいな顔をしていたんです。何かを見ていても、どこか遠くを見ているような感じで。でも最近は、ちゃんとそこにいる感じがして」
「顔が明るくなった?」
「明るい、というより。……ちゃんと存在している感じ、と言えばいいのか。上手く言えないんですけど」
カルルがうなずいた。
「二人とも、当事者だから気づいていないんでしょうね」
「絶対に気づいていないですよね」とミレイが言った。「夫人は「侯爵がなぜ差し入れを」って不思議がっていましたし」
「侯爵は「寒い時期だから」と答えていました」
ミレイが少し笑った。「それだけですか?」
「それだけです」
「……不器用ですね、侯爵様」
「不器用ですね」
二人は少しの間、廊下を並んで歩いた。
「でも、良い方向ですよね」とミレイが言った。
「ええ。良い方向です」
* * *
同じ頃、レティシアは書庫で帳簿の旧記録を確認していた。
複式への切り替えを完成させるには、過去三年分の記録を遡る必要がある。地道な作業だが、やることが明確なので集中できる。
最近、仕事がしやすくなった気がする。
内心でそう思って、少し止まった。変わったのは何だろう。仕事の内容は変わっていない。むしろ量は増えた。でも、しんどいとは思わない。
正式委任があったから、動きやすくなった。それは確かだ。でも——それだけでもない気がする。
「また、いつでも」というエドヴァルドの言葉が浮かんだ。意味はよく分からなかったけれど。
私は帳簿に目を戻した。
* * *
同じ頃、執務室では。
エドヴァルドが書類の数字を見ていた。春の予算の草稿で、確認すべき項目が多かった。
目が滑った。
数字の上を視線が動いたが、内容が入ってこなかった。もう一度読み直した。
……あの人は今、何をしているのか。
ふと、そう考えていた。
自分でも気づかないうちに。
城のどこかで、帳簿を見ているのか。食糧倉の記録を確認しているのか。それとも、薬品庫を確認しているのか。
エドヴァルドは首を振って、書類に目を向けた。仕事だ。予算を確認しなければならない。
数字を追い始めた。
三行目でまた、目が止まった。
* * *
夜になって、エドヴァルドは城の廊下を歩いていた。
就寝前に一度、城内を確認することがある。習慣のようなものだ。警備の確認と、建物の状態を見て回る。
薬品庫の方向を曲がった時、気づいた。
薪倉の奥にある薬品庫の扉の下から、明かりが漏れていた。
こんな時間に。
「……誰だ」
足音を抑えながら、近づいた。




