第37話 不器用な優しさ
翌日の昼前、扉が叩かれた。
「夫人、侯爵様からの差し入れです!」
ミレイが盆を持って入ってきた。温かそうな汁物と焼いたパン、それから果物が乗っていた。
「……何故だろう」
「えっ」
「何の用件で昼食を?」
「差し入れですよ! ただの! 侯爵様が「あちらに届けるように」と指示されたそうです!」
私は帳簿から顔を上げた。差し入れ。エドヴァルドがわざわざ食事を届けるよう指示した。昨日の昼食を共にしたことと何か関係があるのだろうか。
「……いただきます」
「はい! 温かいうちに!」
ミレイが嬉しそうに盆を置いて、出ていった。私は少しの間盆を見た。
汁物は野菜と肉が入っていて、ちゃんと温かかった。パンは今朝焼いたものだろう、まだやわらかい。誰かに食事を「用意してもらった」という感覚は、辺境に来てからもあったが——「わざわざ届けてもらった」のは、初めてかもしれない。
素直に、嬉しいと思った。
なぜかは、分からないけれど。
* * *
その夜、部屋に戻ると暖炉の薪がいつもより多く積まれていた。
私は少しの間それを眺めた。薪の量が違う。いつもは夜中に一度補充が必要になるくらいの量だったが、今夜はそれより明らかに多い。
翌朝、ミレイが教えてくれた。
「侯爵様の指示で、夫人のお部屋の薪を増量するようにと。昨夜から変更になっています」
「……そうですか」
「冬が本格化してきたので、とのことです」
私は少し考えた。
注意してくれているのか。気温が下がってきていることを。私の部屋の薪の量まで。なぜ。
「侯爵様は夫人のことを、よく気にかけていらっしゃいますね」とミレイが言った。
「……そうでしょうか」
「昨日の昼食の差し入れも、今日の薪のことも。思いますよ、私は」
ミレイは言ってから、何か堪えるような顔をした。言いすぎだと思ったのかもしれない。
「仕事に戻ります」と私は言った。
* * *
昼過ぎ、私は執務棟に向かった。
「少しよろしいですか」
カルルが「侯爵はいます」と言ったので、扉を叩いた。
「入れ」
エドヴァルドが書類を見ていた。
「昨日の昼食と、薪の件です。ありがとうございます」
エドヴァルドが少し顔を上げた。視線が私を見て、それから窓の外に向いた。
「寒いだろう」
それだけ言った。
「はい。おかげで夜も暖かく仕事ができています」
「……そうか」
エドヴァルドが再び書類に目を向けた。それ以上は何も言わなかった。
私は礼をして扉を閉めた。
廊下に出ると、カルルが何か書いていた。
「お礼を言いに来たんですか」とカルルが聞いた。
「はい」
「……侯爵も、なかなかですね」
含みのある言い方だったが、私には意味がよく分からなかった。
「何かご存じですか」
「いえ、何も」
カルルが書類に目を戻した。
* * *
実は、カルルは少し前にエドヴァルドに聞いていた。
「侯爵、昨日の昼食の差し入れは何か理由がありましたか」
エドヴァルドが少し間を置いて答えた。「……寒い時期だから」
カルルは、はいそうですかとは答えなかった。答える代わりに書類を続けた。侯爵が嘘をついているわけではないだろうが、それが全部の理由でもないだろう、とカルルは思っていた。
廊下の端で、ミレイとカルルがすれ違った。ミレイが小声で言った。
「二人とも、変わりましたよね」
「……変わりましたね」とカルルも小声で答えた。
「良い方向に、ですよね?」
「良い方向に」
ミレイが「よかった」という顔をして、先を歩いていった。




