第31話 実家からの書状
封蝋の紋章を見た瞬間、分かった。
クレアモント家の紋章だ。
ミレイが「夫人、お手紙が届いています」と言って渡してくれた。私は部屋に持ち帰って封を開けた。父の文体で書かれた、丁寧な書状だった。
「娘が辺境で苦労しているのではないかと案じている。一度こちらへ戻ってきてはどうか。我が家の屋敷は常に開いている」
読み終えて、しばらく書状を持ったまま、壁を見た。
苦労。
この方たちは、私が今何をしているか知らないのだろう。辺境に来て、薬品庫を整え、食糧倉の管理を整備して、帳簿の問題を発見して、流行病の封鎖を動かした——そういうことは届いていない。「役立たずの三女が辺境に送られた」という話だけが、そちらには残っているのだろう。
「夫人、何か?」とミレイが心配そうに聞いた。
「実家から、一度戻ってくるようにという書状です」
「え——」
「おそらく何か理由があってのことでしょうが、私には分かりません」
ミレイが「……戻るんですか?」と不安そうな顔になった。
「判断は夫に委ねます」と私は言った。「これは夫が決めることです」
少し考えてから、「ここを離れることになれば、記録の仕組みを誰かに引き継がなければ」と思った。食糧倉の担当のレルムは記録帳の続け方を分かっている。薬品庫の担当者も、基本的な補充計画の仕組みは理解してくれている。ヘルダは診療記録を自分でつけ続けてくれるだろう。
帳簿の複式への切り替えがまだ途中だ。それだけが心残りかもしれない。
「夫人」
「なんですか」
「……戻ってほしくないです」とミレイが言った。直接的な言葉だった。「夫人がいなくなったら、薬品庫も食糧倉も、また前みたいになってしまうかもしれないし……私も、いなくなってほしくないです」
「ミレイ」
「すみません、余計なことを」
「余計なことではありません」
私は書状を折りたたんだ。
「夫に見せます」
エドヴァルドは執務棟にいた。書類に向かっているところに書状を差し出した。
「実家からの書状です。ご確認いただけますか。判断は侯爵にお任せします」
エドヴァルドが書状を受け取った。一読して、顔に何も変化がなかった。「分かった」とだけ言った。
「よろしくお願いします」
礼をして、執務棟を出た。
廊下を歩きながら、少し考えた。引き取りに応じると言われれば、応じなければならない。それは私には変えられない話だ。でも——「この場所にいていいかもしれない」という感覚が、最近になって少し出てきていた。まだはっきりとは言えないが、確かにあった。
その感覚が、消えるかもしれない。
それだけが、少しだけ、惜しかった。




