第3話 薬品庫、夜の記録
「薬品庫の確認をしたいのですが」
翌朝、ガストンを見つけて声をかけた。彼は廊下を歩きながら書類を確認していたが、私の言葉を聞いて立ち止まり、目を細めた。
「……薬品庫でございますか」
「はい。現在の在庫状況を把握したいと思いまして」
ガストンは短い間を置いてから、穏やかに答えた。
「夫人がご心配なさらなくとも、城の管理は私どもが行っております。長年培ってきた方法でございますので、ご安心いただければ」
「そうですね」
私は一度頷いた。
「ただ、侯爵夫人は城の内務管理に責任を持つ立場と伺っています。確認することは、その職分に含まれるかと存じますが」
ガストンの表情がわずかに変わった。否定できないのだろう。侯爵夫人に内務管理の権限があることは慣例として定められており、それはこの城でも変わらない。
沈黙が少し続いた。
「……ご確認ということでしたら、申し訳ございませんが私どもの担当者がご案内を」
「構いません。一人で充分ですので」
ガストンの眉が動いた。何かを言いたそうにしていたが、私はすでに歩き始めていた。
薬品庫の扉を開ける。二日前に見たのと変わらない光景。棚の空白、ラベルのない薬瓶、記録のない棚。
私は持参した羊皮紙と炭筆を取り出した。
「……あの、夫人?」
廊下からミレイが声をかけた。「何をされているのですか」と顔に書いてある。
「在庫の確認です」
「在庫の、確認……」
「はい。何がいくつあるか、状態はどうか。まず現状を把握しないことには始まりません」
「始まる、というのは……」
「整理です」
ミレイはしばらく私の顔を見てから「手伝いましょうか」と言った。意外だった。てっきり止めるか、ガストンに報告しに行くかと思っていたので。
「ありがとうございます。では、棚の薬瓶を一つずつ読み上げていただけますか。私が書き留めます」
「分かりました」
二人で薬品庫の棚を端から確認していった。
前世では医療機関の薬品管理を担当していた。薬の名前、数量、有効期限、使用記録。それらを管理することが仕事の一部だった。まだ薬師に確認しなければ分からないことも多いが、まず種類と数量を把握することが第一歩だ。
「これは……なんて読むのですか?」
「解熱草エキス、だと思います。葉が原料の煎じ薬ですね」
「夫人はお薬に詳しいのですか?」
「少しだけ」
医療事務は医師や薬師ではない。でも、薬品の名称と用途くらいは覚えていた。業務上、知らなければ発注できないから。
一時間ほどかけて、棚全体の確認が終わった。私の羊皮紙には、薬品名と数量が並んでいる。
「……こんなに書いたんですね」とミレイが覗き込んで言った。
「これで現状が分かります。あとは、いつ何がどれだけ使われたかを記録していけば、補充が必要なタイミングが分かるようになります」
「なるほど……?」
分かっていないような顔をしている。まあ、説明が難しい話なので仕方がない。
その夜、部屋に戻ってから、私は記録帳の様式を設計した。
前世の在庫管理表を思い出しながら羊皮紙に線を引く。品名、初期数量、入庫日・数量、出庫日・出庫先・数量、残数。シンプルだが、これだけあれば「何がいつなくなるか」が見えてくる。
この世界の紙は羊皮紙で、インクは墨に近いもの。細かい線を引くには少しコツがいるが、慣れれば問題ない。
様式が書き終わった頃、廊下でミレイの気配がした。扉の前で立ち止まっている。少ししてから足音が遠ざかる。
そういえば夕食を抜いていた。気づいていなかった。
羊皮紙を重ねながら、翌日の計画を立てた。明日は在庫の全数確認をもう一度、数字を正確に記録帳に書き移す。それが終われば、次は補充計画を考えられる。
問題の全貌が少しずつ見えてきている。薬品庫だけではない。食糧倉も、帳簿室も。しかしまず一つずつだ。急いで全部に手をつけても、どれも中途半端になる。
まず在庫の全数確認から。
そう決めて、ペンを置いた。




