第27話 城下の声
城下の診療所に、人が集まってきた。
ヘルダに呼ばれて行ってみると、管理官のハルネット氏と、倉の担当のレルムと、薬品の受け渡しをしている使用人と、西区に住む二人の住民が来ていた。
「夫人、少しよいですか」とハルネット氏が頭を下げた。「皆で、お礼が言いたくて」
「お礼、と言いますと」
「今年は食糧不足もなく、病も最小限で済みました。薬品庫も整理されていて、今回の治療で薬が足りなかったことが一度もなかった。……夫人のおかげです」
全員が頭を下げた。
私はどう答えればいいか少し迷った。「私は何もしていない」と言うのは正確ではないし、「私がやりました」と言うのも違う気がした。
「皆さんが動いてくださったからです」と私は言った。「私は記録をつけて、数字を整理しただけです。実際に動いてくださったのはレルムさんも、ハルネット様も、ヘルダさんも、皆さんです」
「夫人が来る前は、記録をつけようという発想が誰にも……」とレルムが言いかけた。
「あったかもしれませんが、必要性を感じていなかっただけかと思います。何かきっかけがあれば」
「夫人がきっかけです」とハルネット氏が静かに言った。
私は黙った。言い返す言葉が思いつかなかった。
ヘルダが「あんたは本当に自分のことを分かってないね」と言った。いつもの、率直な口調で。
「そうかもしれません」
「「そうかもしれません」じゃなくて、本当にそうだよ。私が言うんだから間違いない」
ヘルダが腕を組んで「まあ、いい。そういう人だと分かった」と続けた。「でも、皆がこうして来たのは、あんたに感謝したかったからだ。それは受け取ってくれ」
私はしばらく、全員の顔を見た。
「……ありがとうございます」
それだけ言った。
以前は、こういう言葉をかけられると「たいしたことはしていないので」と打ち消していた。今日は違う返し方ができた。それが何かの変化なのかどうか、自分ではまだ分からない。
城に戻る道を歩きながら、ミレイが「夫人、よかったですね」と言った。
「何が」
「皆さんに感謝していただけて」
「……そうですね」と私は答えた。
「感謝されてどうでしたか?」
「……まだ、うまく受け取れていないような気もしますが」
「でも「ありがとうございます」って言えましたよ。前は「たいしたことはしていない」って言ってたのに」
「そうでしたか」
「はい。夫人、少し変わりましたよ」
変わった、か。自分では分からない。ただ、今日城下に来てくれた人たちの顔は、しばらく覚えていると思った。
翌朝、廊下でエドヴァルドに呼び止められた。「少し時間があるか」と、静かに。




