第26話 侯爵の確信
「薬品庫の整備、食糧倉の管理、帳簿の照合、そして流行病の封鎖。全部、夫人がやっていたのか」
エドヴァルドが確認するように言うと、カルルが「……そのようです」と答えた。
「ゼロから記録帳の様式を作って、在庫の全数確認をして、業者の控えを照合して。封鎖の提案では、代替水源の費用計算まで持って管理官のところへ行ったと」
「はい。管理官は当初戸惑っていたようですが、記録の数字を見て動いたと聞いています」
執務室に沈黙が落ちた。
エドヴァルドは窓の外を見た。城下の方向だ。発熱患者が全員回復しつつある。代替水源が確保されて、西区の住民がほっとしている。その全ての出発点が妻だったという事実を、頭の中で整理していた。
「なぜ夫人は俺に何も言ってこなかったのか」
「……侯爵が聞かなかったからではないですか」
カルルが遠回しに答えた。エドヴァルドは少し間を置いた。
「……そうか」
自分も「構う暇はない」と言い切っていた。妻が来た日、それだけ言って立ち去った。それから数か月、直接何かを聞いたことがあったか。——なかった。
「夫人はどういう人間なのか、と聞いてみたことがあります」とカルルが言った。「ミレイ——夫人の侍女に。そうしたら、「夫人はいつも問題があれば放置できないんです」と」
「放置できない」
「はい。誰に頼まれなくても、問題があれば解決しないではいられない、と」
エドヴァルドがカルルを見た。
「夫人は「役立たずとして送り込まれた」と自覚しているのか」
「……少なくとも、自分がすごいことをしているとは思っていないようです。「たいしたことはしていない」「在庫を管理しただけ」と言うそうです」
「……」
エドヴァルドは立ち上がって、書棚の前に立った。薬品庫の記録帳の写しがある。食糧倉の管理計画書がある。三点照合の書類がある。全部、妻が作ったものだ。
「直接話す」
「……はい」
「俺が聞かなかったのは確かだ。だから今日、聞く」
「承知しました。夫人は先ほど城に戻られたようです」
「夜に時間を取る。カルル、夫人に伝えてくれ」
「了解しました」
カルルは執務室を出ながら、内心でようやくと思った。侯爵がここまで積極的に妻のことを考えるのは、少なくとも自分が仕えてから初めてだ。
廊下を歩いていると、夫人の侍女のミレイが小走りで来た。
「カルル様、夫人に何かご用ですか?」
「侯爵から夫人へ伝言があります。今夜、少し時間をいただきたいと」
「え——侯爵様が直接……?」
ミレイが目を丸くした。
「ええ。直接お話ししたいとのことです」
ミレイが「……分かりました」と言いながら、小さく笑うのをカルルは見た。
夫人のもとへ行くために、ミレイが廊下を歩いていく。カルルはその後姿を見送りながら、「面白いことになってきた」とひっそり思った。
翌朝早く、エドヴァルドがレティシアとすれ違った。
「少し時間があるか」
静かに、でも確かに、彼はそう声をかけた。




