第24話 封鎖の提案
「西区の古い共同井戸です」
私は記録帳を開いて、城下の管理官の机に置いた。「発熱患者の居住地域を記録していたところ、全員この井戸を使用していることが分かりました」
城下管理官のハルネット氏は、五十代の実直そうな男性だった。「侯爵夫人様が直接……」という顔で私を見てから、記録帳に目を落とした。
「……これは確かに集中していますね」
「はい。現時点で二十名を超える患者が記録されており、全員が同じ井戸を使用しています。確率からいえば、この井戸が感染源である可能性が高い」
「ただ、決定的な証拠ではなく、可能性ということですね」
「そうです。ですから提案したいのは「一時使用停止」です。完全な廃止ではなく、代替水源を確保した上で使用を止めて状況を観察する。それで患者の増加が止まれば、原因は確定します」
ハルネット氏がしばらく記録帳を眺めた。私は余計なことを言わずに待った。
数字があれば、感情で動かすより先に相手の頭が動く。前世で学んだことだ。
「代替水源の確保は、城からの水路を分岐させることで可能です」と私は続けた。「工事の費用と時間を計算してきましたが、一週間以内に確保できる見込みです」
「費用の計算まで……」
ハルネット氏が驚いた顔をした。
「夫人が直接提案されるとは、正直申し上げて驚いております。ただ、記録の数字が示していることは確かですので……」
「侯爵夫人という立場でお願いするのは気が引けますが」と私は言った。「このまま広がると、次の一週間でさらに二十人近くが感染するペースです。数字で見れば、動くタイミングは今しかありません」
ヘルダが「令嬢の言葉を聞くかどうか」と言っていた。だから最初から数字と計画を持って来た。感情に訴えるのではなく、「やるべきことの根拠」を示すこと。それが一番確実だ。
「……確認します」とハルネット氏が言った。「明日中に判断できるよう、関係者に連絡します」
「ありがとうございます」
診療所に戻ると、ヘルダが「どうだった?」と聞いた。
「明日確認する、という返答でした」
「動いてくれそうか?」
「記録帳を見て、「確認する」という言葉が出たので、動くと思います」
「……あんたが直接行ったのか。すごいな」
「ヘルダさんが「令嬢の言葉を聞くか」とおっしゃっていたので、記録と計算を持って行きました。数字があれば、立場より先に内容が伝わります」
ヘルダがしばらく私の顔を見てから「なるほどね」と言った。
城に戻る途中、カルルの配下の者が来た。「侯爵が状況をお聞きになりたいということで」という言葉を受け取った。
「今日、城下管理官に封鎖の提案をしました。明日返答があります」と答えた。
「侯爵にそのようにお伝えします」
夜、ハルネット氏から「明朝、井戸の封鎖と代替水源の確保を開始する」という返答が届いた。




