第21話 侯爵の観察
「夫人の行動を把握しておいてくれ。理由は問わなくていい」
カルルがその命令を受けたのは、朝の報告の後だった。
「……承知しました」と答えながら、内心で驚いた。エドヴァルドが、妻の動向を把握しておくように命じる。普通ならば当たり前のことかもしれないが、この侯爵に関して言えば——珍しい。城の内務には元々関心が薄く、夫人が来てからも「構う暇はない」と言い切っていた人だ。
「侯爵、よろしいですか」
「なんだ」
「夫人に直接お聞きになるのが、一番確実かと思いますが」
「……それは分かっている」
それ以上は言わなかった。エドヴァルドは書類に視線を戻した。
カルルは一つため息をついてから、執務室を出た。
その夜、エドヴァルドは一人になってから窓の外を見た。辺境の冬の空だ。雲が多くて星が見えない。
以前、大切な人を失った。婚約者だった。急な重病で、あっという間に。それから——人を近くに置くことを避けてきた気がする。意識してではなく、気づいたらそうなっていた。
今の妻は、別に近くに置こうとしているわけでもない。ただ、気になる。それだけだ。
なぜ気になるのかは、まだ分からない。
* * *
「夫人、最近侯爵様がよく夫人を見かけるって、侍女たちが言っていますよ」
翌朝、ミレイが少し楽しそうに言った。廊下を歩いているときに。
「……気のせいではないですか」
「気のせいじゃないみたいですよ。廊下ですれ違う時とか、食糧倉の方向に向かってる時とか、視線を感じませんか?」
「特には」
「夫人は鈍いですね」
「鈍いとは失礼な」
「でも本当のことです」
ミレイが少し笑った。私も笑いそうになった。
侯爵が観察している、というのが本当であれば、それはそれで構わない。私の行動は侯爵夫人の職分の範囲内だし、問題を放置するよりは変えた方がいい。そう判断してもらえているなら、動きやすい。
ただ、観察されているという感覚が、少しだけ——居心地が悪いとは言わないが、慣れないものがある。前世でも、評価されることに慣れていなかった。
「ミレイ、城下の発熱患者の話は、どの地区でしたか」
「カルル様が言っていたのは西区だったと思います。古い住宅が多いあたり」
「そうですか」
手帳にメモした。ヘルダに会いに行く前に、地図を確認しておこう。記録が始まれば、地域の分布が見えてくる。それが今は一番重要だ。
「夫人、また仕事の話ですか」
「診療記録の整備を始めるので」
「……もう次に行くんですね」
「問題がある間は、動かないわけにはいかないので」
ミレイが「そういう人なんですよね」とつぶやくのを聞きながら、私は手帳を閉じた。
ヘルダへの訪問は明日にしよう。今日は地図と、西区の水道記録——もし残っていれば——を確認する。




