第15話 侯爵が知る
書類は翌日の午前中には執務室に届いた。
エドヴァルドは報告書の束を処理していたが、「食糧倉管理に関する記録」という表紙に目が止まった。手に取る。表紙をめくる。
最初の一ページで、手が止まった。
「発注記録・業者控え・実在庫数 三点照合表」。
三列に分かれた表に、日付と物資の種類と数字が整然と並んでいる。一番右の列に「差異」と書かれた数字がある。
「……これは」
食糧倉関連の帳簿は先日見たが、ここまで精密に照合した書類ではなかった。発注記録だけ、業者控えだけ、在庫だけ——それぞれ別々の記録を、三つ同時に並べて計算している。
「カルル」
「はい」
「この書類を誰が作った」
「確認します」
カルルが廊下に出て戻ってきた。
「食糧倉の担当者に確認したところ、侯爵夫人様が作成されたとのことです」
沈黙。
「……帳簿室には入っていないはずだが」
「はい。帳簿室は保留になっていましたので。ただ発注記録は倉の担当者が持っていた控えに、業者の納品控えは別に保管されていたものを照合されたようで」
「帳簿室に入らずに、これを作ったのか」
「……そのようです」
エドヴァルドは書類をもう一度見た。計算式が端に書き込まれている。三か月分の差異の合計が算出されている。
パターンが一定だ。金額は小さいが継続的。無作為な記録漏れではない。
「これは専門家の作り方だ」
「……そう見えますね」
「令嬢がなぜこれを」
カルルは何も言わなかった。エドヴァルドも自問に答えは出さなかった。
「ガストン」
「はい?」
廊下でガストンを呼んだのは夕方だった。
「帳簿室の全記録を出せ。俺が確認する」
ガストンの表情が一瞬固まった。「……侯爵、何かございましたか」と慎重な声で聞いた。
「食糧倉の三点照合書類を見た。確認することがある」
「それは夫人が……」
「ガストン」
エドヴァルドがガストンを見た。短い沈黙。
「明日の朝までに用意しろ」
「……承知いたしました」
ガストンが深く頭を下げた。その顔には「まずい」という内心が、かすかに透けていた。エドヴァルドはそれに気づいたが、今は何も言わなかった。
* * *
翌朝、その話を知らないまま、私はヘルダのところへ向かう準備をしていた。
診療記録の整備に着手するつもりだ。今朝、ミレイが「夫人、侯爵様が昨夜遅くまで帳簿室にいらっしゃったようですよ」と教えてくれた。
「帳簿室に?」
「はい、ご自分で確認されていたとか」
私は少し考えた。書類を提出してから、何かが動いたのかもしれない。
「そうですか」
「……夫人はそれで平静でいられるんですね」
「特に何かすることがあるわけでもないので」
ミレイが「やっぱり変わった方だ」という顔をした。私はそれを見て、少しだけ笑いそうになった。
城の外に出ると、冷たい秋風が吹いていた。




